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第69話 カブルーンの召喚術師

 王都の中に積み上げられた猪鬼オーク達の死骸が、全て片付けられてから数日後。

 プレニツァ王宮の謁見の広間には、巨人族タイタン騒ぎによって当主を失った宮廷貴族の、その世継ぎとなる人々が招集されていた。

 若干の例外はいるものの、構成人員が一気に若返ることとなったのは、戦争とか騒乱の、これは数少ないメリットなのだろうか。

 旧弊を一掃するには、荒療治が必要なこともあるかもしれない。

 もっとも、彼らは世継ぎであって、未だ爵位を継いだわけでは無い。

 爵位の継承については、この場で正式になされることとなるが、その前に一つ、プレニツァ宮廷はやることがあった。

 武装解除され、拘束したままで広間の中央に引き出されたのは、カブルーンのボリス将軍だった。

 近衛騎士に囲まれ、憎悪の視線が集中する、そんな状況でも、不敵な笑みを浮かべている。

 あちこちの骨折は完治していない筈なので、このあたりはさすがと言えるかも知れない。

 そして、小姓の一人が先触れを告げる。


「アナベラ王太后陛下、お出ましでございます」


 ボリス将軍と、警護の近衛騎士を除いて、広間にいる人々が一斉に平伏する。

 むろん、プレニツァ近衛騎士の格好をした俺やエッカルトさんも平伏の対象外だ。

 ちなみに、エッカルトさんは近衛騎士姿が妙に似合っていた。

 俺はと言えば、みんなが明後日の方向を向くので、それで理解せざるを得なかったわけだが。

 そして、一段と高い壇にしつらえられた玉座に腰を下ろした王太后が、御自おんみずから張りのある声を放った。


「皆の者、面をあげよ」


 過去に恐怖政治を敷いていた影響か、その場の人々が恐る恐ると顔を上げ、そして息をのんだ。


「あれが王太后陛下か!?」

「まさか……」

「だが、あのお声は紛れもなく、アナベラ様のものだったぞ」


 人々がざわめくのも無理はない。

 アンヌ王女が成人し、王位を継ぐまでの間、玉座にあることが決まったアナベラ王太后は、不機嫌そうで皺だらけだった、あの宿屋の女将とはまるで別人だった。

 俺が提供したクロルの実――ドレイグが改良したそれの効果で、一気に若い外見となった王太后は、四〇代、いや、ことによると三〇代と言っても通用するだろう。

 もはや、強面を装う必要がなくなった為か、王太后の正式な衣装に身を包み、うっすらと微笑みを浮かべる彼女は、妖艶とも言える美熟女ぶりを遺憾なく発揮していた。


「ほほほ。さすがは霊薬と名高いクロルの実じゃの」


 扇子で口元を覆ったアナベラ王太后は、あっさりとネタをバラしたが、そうでもなければ、広間にいた人々の混乱は収まらなかっただろう。

 ボリス将軍も度肝を抜かれたのか、いまだに呆気にとられていたが、やがて、ある事実に気づいたのか、表情を引き締めた。

 兵力の半減に加えて、首脳陣も壊滅したプレニツァであればこそ、与し易しと見てカブルーンは侵攻したのだろうが、プレニツァ中興の祖とも謳われるアナベラ王太后が健在であり、しかも、若々しい活力を得たとなれば話は別だ。

 しかも、アナベラが王妃だった頃に障害となっていた宮廷貴族が一掃され、彼女が手腕を振るうにあたって、何の枷も無くなったのだ。


「ボリス将軍」


 そのアナベラ王太后は、鋭いものを宿した美しい眼で、カブルーンの将軍を見据えた。


「こたびのカブルーンの振る舞い。プレニツァは厳重に抗議するぞ」

「承りました、陛下。その旨は、小職が確かに本国に報告するでありましょう」


 しかし、ボリス将軍は悪びれた様子も無く、ふてぶてしい笑みすら浮かべて、そう言ってのけた。

 実力を伴わぬ抗議など、何ほどのものは無い、というわけなのだろう。


「言っておくが、プレニツァだけでは無い。この件についてはアンベルクからも抗議の声がある」


 アナベラ王太后はそう言うと、その白い手を招くように差し出した。


「紹介しよう。アンベルク軍務卿の息女オリビア卿、並びに、アンベルクがブラーシュ男爵の騎士団長トゥーラ殿だ」


 その声に応じて、姿を現したのはオリヴァーさんと軽甲冑姿のトゥーラさんだった。

 オリヴァーさんは、いつもは下ろしている髪をきちんと結い上げ、美しく着飾り、うっすらと化粧までしている。

 ちなみに、髪型やら衣装やら化粧やらは、全てローラ嬢の手によるものだ。

 素顔も綺麗な人なのだが、そうして装うと数倍増しの威力である。

 エッカルトさんは、ヒューと口笛を吹きかけて、あやうく自制していた。


「アンベルクの軍務卿、ジークベルトに成り代わり、娘であるオリビアが申し上げる。アンベルクも今回の盟約違反について、厳重に抗議する。よろしいか、ボリス将軍。厳重に、だぞ」


 オリヴァーさんは、大事なことなので二度言ったようだ。

 一国の武官の長である軍務卿の関係者がこのような発言をしたということは、武力行使も辞さないと言う決意の表れなのだそうだ。

 さすがにボリス将軍も顔を引き締め、返答した。


「承知いたしました。アンベルクからも抗議があった由、本国に伝えましょう」


 さすがにアンベルクも加わっては、態度をあらためる必要を感じたのだろうか。

 だが、その直後、ボリス将軍は再びふてぶてしい笑みを浮かべて言った。


「ですが、我らはプレニツァの来援要請に応えたまで。今回はいささかの行き違いがあったようですが、再度の要請があれば、カブルーンはいつでも兵力を派遣しますぞ」


 その論法で押し通し、責任問題は回避する腹づもりのようだ。


「何しろ、魔物というやつは厄介です。全て退治したつもりでも、いつの間にか現れますからな」


 近隣諸国の危険な魔物は〈七大の勇者〉によって殲滅されたとするアンベルクの発表を当てこすった上で、今回の襲撃に使った猪鬼オークは、カブルーンと無関係としらばっくれるつもりだろう。

 確かに、拘束したカブルーン軍の中に、それを行った召喚術師を見つけることができず、因果関係を証明できなかったのは事実だ。

 だが、オリヴァーさんは大きくうなずいて見せた。


「さよう。魔物は厄介なものだ。猪鬼オークもそうだが、呪屍ゾンビもそれに劣るものではないな。まあ、ごく希に、こちらの味方もする変わり種もいるようだが」


 これを聞いたボリス将軍の顔が強張った。


「ま、まさか、あの呪屍ゾンビは!?」

「プレニツァの新たな召喚魔法が、巨人族タイタンだけと思うたか」


 今度はアナベラ王太后がプレッシャーをかけ始めた。


「まあ、その巨人族タイタンの制御に失敗したのは事実じゃから、偉そうなことは言えん。アレは制御が難しいらしくてな。とは言え、失敗を恐れては何もできぬからの」

「おや、アナベラ陛下におかれては、再び、巨人族タイタンの召喚を行うおつもりで?」


 オリヴァーさんが驚いたように、つか、少し芝居がかった表情で、アナベラ王太后に問うた。


「うむ、前回は場所が悪かったでの。次は被害が出ぬよう、プレニツァの国外で試みるつもりじゃ」


 そこまで言ったアナベラ王太后は、意味ありげにボリス将軍に尋ねた。


「おお、ボリス将軍。カブルーンで巨人族タイタン召喚に適当な場所は無いかな? むろん、被害については充分に考慮するぞ」


 言外に、被害の出るところで、巨人族タイタンを召喚してやろうか、と露骨に匂わせている。

 例えば、カブルーン王都のど真ん中で行えば、とんでもないことになる。

 さすがに、これにはボリス将軍も蒼白になった。


「い、いえ、その、やはり、危険が大きいのではと……」


 一転してシドロモドロである。


「そうかの。もう少しで制御もできようかと思うのじゃがの。ほれ」


 アナベラ王太后が合図をして見せたので、俺は広間の中央、つまり、ボリス将軍の近くに亜空間を開き、機人マシナドルを一体呼び出した。


「こ、これは!?」


 ボリス将軍が目を見張る。

 自分達をコテンパンに叩きのめしたのが、プレニツァの兵士などでは無いとようやく気づいたようだ。

 その機人マシナドルは胸に手を当てて、アナベラ王太后に向かって騎士の礼をとった。


機人マシナドルという。これの大きなやつも、何とか制御に成功したのじゃが、まだまだ研究が必要でな」


 むろん、嘘とハッタリだが、アナベラ王太后の口調から、そんなものは微塵も感じられない。


「アレに比べると小さくはあるが、便利じゃぞ。飯も食わんし、疲れもしらん。眠る必要もないようでな」


 ボリス将軍は、その言葉に含まれる事実に気がついたようだ。

 補給が不要な上、不眠不休で動き続ける軍隊。

 そんなものを相手にするのは容易は話では無い。

 何より、魔法も通用しない強力な相手であることは、自身が身をもって経験済みなのだ。

 これが人間であれば、いくら強力でも飯を食ったり眠ったりで、何らかの隙をつけると考えていたかも知れないが、機人マシナドルにそうした弱点は無い。

 これが駄目押しになったのか、ボリス将軍が力なくうなだれた。


「では、カブルーン本国への、プレニツァとアンベルクからの抗議。しかと伝えてもらうぞ」


 念を押すようなアナベラ王太后の言葉に、弱々しい声で「承知……致しました」と応えるのが精一杯の様子だった。


    ◇◆◇


 宮廷貴族の爵位継承は、滞りなく終わった。

 継承の儀式にあたって、次代のプレニツァを担う若者達は、一人残らず忠誠を誓う言葉を口にしたが、美しく妖艶なアナベラ王太后を仰ぎ見る視線からは、嘘偽りは皆無であったと思われた。

 全てが片付いた後、王太后の個人的な部屋に招かれた俺とオリヴァーさんは、そこに控えていたコルネーユ伯爵からあらためて礼を言われた。


「今回の国難にあたってのご協力、プレニツァは忘れるものではありませんぞ」


 その一方で、ソファにゆったりと腰かけているアナベラ王太后は、異なる意見があったようだ。


「ただねえ、こう言っちゃあなんだけど、あのクロルの実は効き過ぎじゃないかねえ。いくら何でも見た目が変わり過ぎだよ。アンヌが近寄ってくれないじゃないか」


 外見こそ変わっても、性格はおいそれと変わるものでは無いようだ。

 謁見の間では装っていた口調も、元に戻っている。


「何をおっしゃいます、陛下。世の女性から恨まれますぞ。それに、私としては若かりし頃に憧れていた陛下の……いや、その、ごほん」


 本音が出そうになったコルネーユ伯爵は、慌てて咳払いでごましたようだ。

 それが聞こえなかったふうで、アナベラ王太后は、素っ気ない口調で礼の言葉を述べた。


「まあ、それ以外は、いくら感謝してもしたりないさね。おかげで何とか収まったよ」


 あまり素直な言い方ではなかったが、その思いは伝わってきた。

 そして、王太后は、いくぶん申し訳なさそうに、化粧を落として、いつもの格好に戻ったオリヴァーさんに言った。


「オリビア……いや、オリヴァーだったね。意に沿わない真似をさせて、すまなかったねえ」


 オリヴァーさんの出自を明らかにした上で、あの糾弾の場に立たせたことを言ってるようだ。

 詳細な事情はわからないが、オリヴァーさんが、その出自に嫌悪を抱いているのは確かである。

 プレニツァ宮殿に訪れた時に出自を名乗ったのは、そうでもしないと取り次いで貰えなかったからで、一種の非常手段だった筈だ。


「でも、必要だったんだよ。アンベルクからも強い抗議があった為に、撤収せざるを得ない、っていう建前がね」


 実際には、カブルーン領土内での巨人族タイタン召喚という脅迫や、機人マシナドルの脅威に屈したわけだが、カブルーンとしては、そんなことをあからさまに認めるわけにはいかないそうだ。


「下手をすると、面子を保つ意味でも、次回はもっと大規模な軍勢で侵攻してくるだろうよ」


 アナベラ王太后は、ため息交じりに、カブルーンの行動様式を予想してみせた。

 じつに面倒な国である。


「いえ、陛下のおっしゃる通りかと存じます」


 本音はさておき、オリヴァーさんとしては、アナベラ王太后の正しさを認めざるを得ないようだ。


「その、事後承諾にはなりますが、軍務卿も同様に考え、私と同じ声明を出したでしょう」

「色々と世話をかけるね。本当にありがとうよ」

「むしろ、礼を申し上げるのはこちらです、陛下。一刻も早くアンヌ王女の元に駆けつけたかったでしょうところを、コウイチの為に。コウイチが今あるのは、陛下のおかげです」


 オリヴァーさんがそう言い、頭を下げた。

 むろん、俺もそれに倣う。

 あの衰弱していた時に宿屋を放り出されていたら、こうして俺が生き永らえることができたかどうかは判らない。

 〈真の勇者〉だの、〈装魔の勇者〉だのと言われても、〈使い魔〉も呼べず、〈ビブリオ〉にもアクセスできない俺など、無力極まりない存在なのだ。


「加えて、あの場で、賠償責任に触れなかった点も、御礼を言わせて頂きたく存じます」

「あんたが礼を言う筋合いでもないだろうがねえ。ま、どのみち、あのカブルーンが素直に払うわけが無いだろうさ」


 これは、ミロンからの懇願でもあった。

 カブルーンに賠償を求めた場合、カブルーンの支配層は、単純に税を重くして対処するだろう。

 それは、身分階級の厳しいカブルーンにおける、最下層の人々にとって、文字通りの死活問題らしい。

 王太后がしみじみと言った。


「あの国も、そのうちに何とかしたいもんだ」

「その点については、私も心の底から同意致します」


 オリヴァーさんが、そんな本音をこぼしかけるのも無理はない。

 当初は、自分が表に出るつもりは全くなかったようだ。

 だが、カブルーンの侵攻などという、あまりにも想定外の事態は、美貌の薬師が立てていた計画を台無しにしてくれたようだ。

 オリヴァーさんが、出自を名乗らざるを得なかったのも、元はと言えば、カブルーンのせいである。

 ただ、そんなオリヴァーさんの計画や行動は、つまるところは俺の為であるらしかった。


「それで、陛下。お願いした件ですが……」

「ああ、コウイチが〈装魔の勇者〉として、その化身アバタルとやらになった時の話かい」


 オリヴァーさんのお願いと言うのは、俺が〈装魔の勇者〉として力を振るっている時に、他の国から攻撃を受けないよう、プレニツァに抑止して欲しいというものだった。

 つか、攻撃されるほどのことをやらかしているのか!?

 記憶が吹っ飛んでいる間の俺を、小一時間ほど問い詰めたいところだ。


「今回の件で、プレニツァは巨人以外にも召喚可能な存在があると知れ渡る筈です。その上で、これを目印として、プレニツァが召喚したものであると御主張頂ければ、アンベルクを含む諸国から、敵と見なされないかと思うのですが」


 そう言いながら、持ってきた包みを開き、中のベルトを示して見せる。


「ふうん、それは……ああ、やはり、そうだったんだねえ」


 王太后は、そのベルトの魔法陣に見覚えがあるのか、ベルトと俺を見比べるようにして、納得したようにうなずいている。

 コルネーユ伯爵の方は訝しげな表情だが、王太后の様子を見て口を閉ざしていた。


「ただ、やっぱり、その〈装魔の勇者〉ってのを見てみないとねえ。あの呪屍ゾンビ機人マシナドルとは違うシロモノなんだろう?」

「ご覧になりたい? ふむ、それも当然ですな」


 アナベラ王太后の要望を受けて、オリヴァーさんは少し考え込んだ。


「ベルトの方は、ローラが太鼓判を押しているし、私、マルタ、カーヤに……トゥーラも加わってくれる筈だな。カーヤとトゥーラは準備ができてるようだし、私やマルタも、いざとなれば……。しかも、今の王太后陛下に見られながら、か。状況としては、まずますだが、トゥーラは若干抵抗があるかもしれないな。いや、嫌がったり恥ずかしがったりするところを無理矢理に、と言うのも、それはそれでありかもしれんが……」


 例によって、だんだんと意味不明なことをブツブツ呟いている。

 これにはアナベラ王太后もコルネーユ伯爵も、さすがに呆気にとられたようだ。

 そんな王太后に、ようやく考えをまとめたらしいオリヴァーさんが言った。


「その、特殊な補助が必要でして。私と二名は衆人環視でも構いませんが、一名は少し難しいと存じます」

「はあ? そう、なのかい?」


 アナベラ王太后は、よくわからない様子である。

 もちろん、俺だって、なんのことやらだ。


「ですので、プレニツァ側の立ち会いは陛下だけ、と言うことであれば」

「それは構わないさ」


 あっさりとうなずいた王太后に、黙っていられなくなったらしいコルネーユ伯爵が口を挟んできた。


「へ、陛下。軽率に過ぎますぞ。いえ、コウイチ殿やオリビア卿を疑うわけではありませんが……」

「コルネーユ」


 アナベラ王太后の口調に、有無を言わせぬものが混じった。


「どうやら、プレニツァは、このコウイチに一度ならず、二度も救われたということになるんだよ。結果としちゃあ、あたしがコウイチの世話をしたのも、当然のことだったんだ」

「はあ?」


 コルネーユ伯爵は納得しかねる様子だったが、さすがにそれ以上は何も言わなかった。

 そして、アナベラ王太后は少し考え込むようだった。


「とはいうものの、そうなると、王宮の中ではまずいかもしれないねえ」

「屋外……野外ですか。ますます、状況としてはよろしいかと」


 オリヴァーさんは、我が意を得たりとばかりにうなずいている。

 つか、その状況って何のことなんですか。

 そんな判ったような判らないような話をしているところへ、ノックも無しにドアが開かれ、血相を変えた近衛騎士が飛び込んできた。


「も、申し上げます」

「何事か!」


 さすがの非礼に一喝するコルネーユ伯爵を、アナベラ王太后が押さえるように言った。


「かまわぬ、非常事態じゃな。申せ」

「は、宮廷内に猪鬼オークの群れが現れましてございます」

「なに!? どこじゃ」

「宝物庫の付近にて」


 それを聞いたオリヴァーさんは、即座に反応した。


「そうか、行方の知れなかったカブルーンの召喚術師だ。隠形か何かで潜んでいたのか」

「召喚術師!? まずいぞ。確か、宝物庫には、あの巨人族タイタンの召喚術式を記した文書があった筈」


 さすがに才媛を謳われただけあって、アナベラ王太后も相手の目的を瞬時に察知したようだ。


「ええい、ボリスに申した脅し文句を、そのままやり返そうとでもいうのか」

「コウイチ、行け」


 傍らにあったベルトを差し出して、オリヴァーさんが言った。


「非常事態だ。完全で無くとも、多少のところは免じてもらおう。少なくとも、コウイチが犠牲者を出したことは無い」

「はい」


 記憶は無いし、色々とやらかしているらしいが、犠牲者を出したことは無いというオリヴァーさんの言葉に力づけられ、ベルトを受け取った俺は、王太后の部屋を飛び出した。


 ザガードがキャッチする、悲鳴や争う音で場所を特定した俺は、ガノンに命じ、その座標に向かって呪屍ゾンビの群れを転移させた。

 ますます悲鳴が多くなったが、そのあたりは我慢してもらおう。

 屋内では機人マシナドルは強力過ぎるし、狂戦士化バーサーカー猪鬼オークは論外だ。


 逃げてくる侍女や使用人をかき分け、その場所にたどり着くと、近衛騎士と呪屍ゾンビ、そして猪鬼オークが入り乱れた混戦状態となっていた。

 俺はローグとガノンに猪鬼オークの群れをロックオンさせると、グロムを呼び出し、高速高圧の水塊を一斉射出した。

 全くの手加減無しに放たれた水塊は、元が水なので、ホローポイント弾よりも貫通力が無い。

 その分、44マグナムにも匹敵しようかという破壊力を発揮して、猪鬼オークの群れを瞬時にして一掃した。

 ローグの視認能力は、そんな中にあって、慌てて逃げだそうとする、一人の男を捕捉した。

 こいつが、潜んでいた召喚術師に違いない。

 俺は、そいつを追いかけて駆け出した。


 痩せぎすで小柄な男は、身体能力がさほどでも無く、王宮の庭で息を切らせて立ち止まった。


「もう逃げられないぞ」


 そう声をかけながらも、いやな予感を感じて、その男の数十メートル手前で俺は立ち止まった。


「くふふ。逃げる? いやいや、逃げないよ、ボクは」


 異相というべきか、骸骨のように痩せ細り、眼だけが異常に大きい男は、息を切らしながらも、そう言った。

 そして、嬉しくてたまらぬというふうに、手にしていた巻物をかざして見せた。


「そうさ、ついに見つけた。はは、プレニツァも莫迦だねえ。せっかく、巨人を呼び出しながら制御で失敗するなんてさ」

「それは未完成な術式なんだ。大人しく返すんだ」

「はん、返すもんか。ボクなら、この術式を使いこなして見せる」

「窃盗罪に、著作権違反まで罪を重ねるつもりか」


 我ながら、説得の仕方がピント外れな自覚はあるが、交渉人ネゴシエーターなんてやったことないし。

 いっそのこと、ドレイグの麻痺毒でも撃ち込んでやろうかと思ったが、あまりに痩せ細っているので、麻痺毒をくらったら、そのまま死んでしまうかもしれない。

 俺が躊躇している間、男は巻物をほどいてしまった。


「ふん、この術式の使い方を、ボクが見せてやるよ」


 そして、男は何の躊躇いもなく、巻物にあった召喚術の呪文を唱えた。

 あるいは、多少のアレンジを加えているのかもしれないが、俺には判断できない。

 凄まじい魔法陣が輝き、それが見る見るうちに巨大化していく。

 俺は全ての〈使い魔〉をいったん還し、魔法陣を裏返すと、持っていたベルトを締めた。


『主よ。今こそ、神酒ソーマと〈証の短剣〉を』


 脳裏に響く声に従い、〈ビブリオ〉から取り出したブランデーを口にすると同時に、物入れから、例の鞘に収まった短剣を取り出した。

 そうしているうちに、巨大な魔法陣が消え、青銅巨人タロスが姿を現した。

 その青銅巨人タロスの胸の部分に、先ほどまでの男が融合しているのが見える。


「くははは。どうだい、これが巨人族タイタンの制御方法さ」


 カブルーンの召喚術師は狂ったような笑い声をあげた。


「この巨大な力がわかるか。偉大なるボクに、世界はひれ伏すがいい」

「デカけりゃいいってんなら、こっちだって負けないぞ」


 脳裏に響く声に導かれるままに、俺は短剣をベルトの魔法陣に押し当て、盟約の言葉を叫ぶ。


「出でよ、グランボルグ」


 それと同時に、いまだかつて無いほどの強力な何かが、俺の臍下丹田で炸裂した。

えー、感想欄にてお見通しでございましたが。

王太后はエステされましたようで。


次回

『第70話 装魔の勇者』

3/18 7時 更新

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