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第68話 王太后と将軍の娘

薬師の視点→主人公の視点

となります。

 結果からいうと、私達の前に現れた猪鬼オーク達は、ノイン、トゥーラ、カーヤの三名で殲滅したことになる。

 彼女達が戦っている間、エッカルト、ゴットリープ、ミロン、イザークの男どもは、クララの命令で目を塞ぎ、ずっと後ろを向いてた。

 ゴットリープなどは不服そうだったが、クララに睨まれると慌てて素直に従っていた。

 例外はローラだけで、『彼女』に対しては、クララも大目に見たのかもしれない。

 私には今ひとつ理解できないところだし、実際にはマルタもその必要を感じていなかったようだが、副リーダーであるクララは違ったようだ。

 たしかに、獣人モードのカーヤはむろんのこと、幼女用の衣服をさっさと脱ぎ捨てて肉体年齢を十七歳に上げたノインなども、男どもの眼に晒すわけにはいかない、ということになるのだろう。

 それにしても、私も人並みにはあるつもりだが、成長したノインのそれは桁が違うとあらためて思い知る。

 いつぞやに見た〈聖祈の勇者〉に匹敵するサイズで、あれだけ好き放題に揺れ動いて、よくまあ大斧を振り回す邪魔にならないものだ。

 たぶん、男どもも、そちらに視線が釘付けになって戦うどころでは無くなる筈なので、その意味では戦線から外したクララの判断は間違っていないように思える。

 カーヤやノインに比べると、トゥーラは〈鋼龍の騎士〉の形態自体はともかく、その前後が色々と憚られると言えばそうかもしれない。

 そんな事情で、猪鬼オーク達を殲滅した後も色々と時間を要し、転移したコウイチを追って私達がプレニツァ王都に着いた時には全ては終わっていたのだった。



「ありゃあ、どこの軍だ?」


 半ば破壊された城門をくぐった後、その光景を見て、エッカルトがそんな疑問を持つのも当然だろう。

 王都のあちらこちらに、猪鬼オークの死骸が山と積まれ、その近くで見慣れぬ黒い甲冑姿の兵士(?)が微動だにせず、歩哨のように立っていたのだ。

 私の目からは、どうも人間ではないように見える。

 マルタに視線を向けると、うなずいて見せたので、間違い無いようだ。

 だが、王都の住民は恐れるふうでも無く、警戒する素振りすら見せず、むしろ、彼らに対しては敬意を払い、感謝すらしているように見える。

 何よりも首を傾げざるを得ないところだが、標準よりは遙かに大柄で、イザークに匹敵する彼らを指して、住民達は『おチビさん(プティ)』と称しているようなのだ。

 とりあえず、無原則に危害を加えるような手合いではないらしいので、こちらも必要以上に警戒するのは止めておいた。


「ちょっと、聞き込んできますね」


 そう言って、カーヤが衣服の乱れを直しつつ、住民達のところへ駆け寄っていく。

 相手の警戒心を解き、その懐のうちにするりと入り込むカーヤの特技は、冒険者よりも間諜か商人に向いているかもしれない。

 そんな彼女を感心したように眺めていたエッカルトだが、何かに気付いたような表情を浮かべ、大声で呼びかけた。


「おおい、アントニーじゃねえか」


 エッカルトと顔見知りの冒険者らしい男は、その呼びかけに応じてこちらに歩いてきた。


「エッカルトか。悪いが急いでいるんでな」

「すまん、クエストを終えて帰ってきたばかりなんだ。簡単に状況を教えてくれると助かる」

「そいつは、運が良かったな。王都はえらい騒ぎだったんだぜ」

「なんだと?」

「カブルーンの野蛮人どもが、突然やってきやがって――畜生め」


 そう言うアントニーの顔には、本物の憎悪が浮かんでいた。

 おそらくは、犠牲者が皆無というわけにもいかなかったのだろう。

 ミロンにカブルーンの兵装からエッカルトの予備に着替えさせて正解だった。

 カーヤと同様に旧ティアネティの出自で、生粋のカブルーン人ではないミロンだが、その正体がバレれば、確実に私刑リンチの対象となっただろう。


「まあ、あの『おチビさん(プティ)』達のおかげで、あらかたは無事に収まったよ。その『おチビさん(プティ)』達も、王宮からのお達しじゃあ、もう少ししたら還るって話だが」

「それだがな。どう見ても、図体のでかい連中だぞ。何で『おチビさん(プティ)』なんだ?」

「知らねえのか。見た目が、例の巨人族タイタン達からプレニツァを守った『個体』の、その縮小版だからさ。カブルーンの奴らや猪鬼オークどもを一掃したのも、あの『おチビさん(プティ)』達と、その、なんだ、アレでな」


 最後のところは、どういうわけか、妙に歯切れが悪い。

 それはともかく、『還る』という表現をするところを見ると、あの『おチビさん(プティ)』なる連中は、やはり召喚された存在であるようだ。

 コウイチから、グランボルグなる七番目は、黒い甲冑だったと聞いていたが、何か関係があるのだろうか。


「それで、宮廷からの依頼ってのは何だ?」

「見ての通り、猪鬼オークの死骸がどっさりあるだろ? 俺ら冒険者に、宮廷から解体やら後始末の依頼が来たってわけだ」


 遺跡が多いというお国柄のせいか、探索のノウハウを持つ冒険者に対し、プレニツァ宮廷は良好な関係を結んでいるようだ。


「それで、猪鬼オークはともかく、カブルーン兵はどうした? 見当たらないようだが」

「まとめて捕縛して、宮廷の庭に転がしてあるそうだぜ」


 そこで、アントニーの表情が忌々しそうなものとなった。


「あんな連中なんざ、どいつもこいつもぶっ殺せばいいと思うんだが、宮廷がいうには、そうもいかねえんだとよ。まあ、仲間をやったのは猪鬼オークどもだし、カブルーンの連中については、『おチビさん(プティ)』達と、その、なんだ、アレが、命だけは助けてやったわけだしな」


 やはり、歯切れが悪くなるところがある。

 どうも『おチビさん(プティ)』なる黒い甲冑以外に、何かが来援してくれたようなのだが、そちらに対しては、何というか、困ったような感じである。

 そこまで話したところで、その冒険者はせわしなさそうに言ってきた。


「ああ、すまん。本当に急いでいるんだ」

「悪かったな、引き留めちまって」

「いいってことよ。またな」


 別れの挨拶もそこそこに、アントニーという冒険者は、どこかへと慌ただしく歩いて行った。


「やれやれ。コウイチが何かをやってくれたようだが、どうにも、わからんな」


 私がそう呟いたところへ、カーヤが戻ってきた。

 彼女が聞き込んできた情報は、あのアンソニーと言う冒険者が語った内容とほぼ重なるものだったが、いくつかは初めて聞く話だった。


「なるほど。あの『おチビさん(プティ)』の他に、呪屍ゾンビの来援か。有り難いような、そうでないような……」


 アンソニーという冒険者の歯切れが悪かったのも無理は無い。

 だが、これでようやく話の道筋が見えてきた。

 あのオムー文明の遺跡である〈死者の迷宮(グラープ)〉の管理者となったコウイチが、新しく得た力。

 それが、呪屍ゾンビや『おチビさん(プティ)』なる黒い甲冑なのだろう。


「とりあえず、王宮に行こう。たぶん、コウイチも、そこにいるはずだ」


 あの『おチビさん(プティ)』の去就に関する通達が王宮からあったという事実から、コウイチの所在は明らかだ。


「非常時の真っ最中ならともかく、とりあえず片がついたようだからなあ。今の王宮に俺達みたいなのが行っても、まず門前払いだぜ」


 エッカルトがそういうのも無理は無いが、私には目算があった。


「いいから行こう。あてはあるんだ」


 そう言って、みんなを促した。

 カブルーンのおかげで、予定が大幅に狂ったが、この機会を逃すわけにはいかない。

 不本意ではあるが、私も覚悟を決めねばならないようだ。


    ◇◆◇


 目の前に出された紅茶は、素晴らしい香りを立ち昇らせていたが、俺はそれどころではなかった。

 再び背負った宿屋の女将に言われるまま、どさくさに紛れて入り込んだ王宮の中を進んでいたら、とんでもない場所――明らかに王族の居住区と思われるところに出てきたのだ。

 つか、この婆さんが指示してきた通路って、アンベルクの宮殿にもあった、王族用の避難経路じゃなかろうか。

 さすがに、隠し扉のような場所から数歩も行かないうちに警護の近衛騎士に出くわして、誰何される羽目になったが、宿屋の女将が懐から出したペンダントの紋様を目にした途端、その騎士は電流に撃たれたように身を震わせ、うってかわった丁寧な態度で、この応接間のような場所に案内したのだ。

 そして、この部屋付きと思われる侍女が淹れた紅茶を前に、俺はきょときょとと辺りを見回しているところだ。

 それが一番近い印象だったので、応接間のような、と表現したが、扉の前に二人の侍従が控える、この部屋の広さと豪華さは、そんな範疇のものではなかったのだ。


「ちったあ、落ち着いたらどうだい。ほら、せっかくの茶が冷めるだろ」


 小市民な反応を示す俺と違って、宿屋の女将は泰然としたものだ。

 まるで自分の家にいるように振る舞い、出された紅茶に口をつけている。


「とはいえ、蒸らしが足りないし、お湯の温度も、ちと高すぎる。お茶の淹れ方に修行が足りないねえ。それにお茶請けくらい、用意したらどうなんだい」


 それどころか、侍女に向かって、不機嫌そうにあれこれと注文をつけている。

 日頃は王侯貴族の相手をすると思われる年若い侍女は、宿屋の女将からの遠慮無い不平不満に怒るどころか、平身低頭の姿勢となった。


「ひっ、も、申し訳ございません」


 真っ青になり、涙を浮かべすらしている。

 状況の理解は今ひとつだったが、流石に侍女が可哀想になったので、俺はヴァルガンを呼び出し、紅茶を淹れ直させた。

 ついでに、〈ビブリオ〉から取り出したV・S・O・Pのブランデーを数滴垂らし、お茶請けとして、ドライフルーツにしたイチゴとメロンを添える。


「ほう、こりゃあ、たいしたもんだねえ」


 大鬼もどきを見て、さすがに目を丸くした宿屋の女将だが、その紅茶やドライフルーツを口にすると相好を崩した。

 つか、この婆さんが、こんな上機嫌な表情を見せたのは、初めてじゃなかろうか。

 いつもは不機嫌を絵に描いたような仏頂面だったので気がつかなかったが、若い頃は相当な美女だったかも、と思わせる笑顔だった。

 そんな宿屋の女将に、侍女も驚いている。


「う、噂に聞いていた、あの御方が、こんな表情をなさるなんて」


 そんなところに、控えめなノックがあり、扉の外と短く会話した侍従の一人が近づいてきて、恭しい態度で告げた。


「陛下。王女殿下と外務大臣のコルネーユ伯爵がお見えでございます」

「引退した年寄りに、そんな取り次ぎなんざいらないよ。用があるなら、さっさと入ってもらいな」


 それを受けて、もう一人の侍従が扉を開けると、上品なドレスに小さなティアラをつけた幼い少女と、貴族らしい壮年の男が入ってきた。


「お祖母様」


 幼い少女は入ってくるなり、顔を涙でくしゃくしゃにして、宿屋の女将の胸元にとびついてきた。


「お祖母様ぁ、お父様とお母様が……お兄様達も……」

「おう、よしよし。遅くなって悪かったねえ」


 さすがに泣いている幼女をなだめる様子は、普通のおばあさんな感じである。

 つか、この幼女、王女殿下とか言ってなかったか。

 その王女殿下の祖母ということは、この宿屋の女将は……。


「御無沙汰しております、王太后陛下」


 貴族らしい壮年の男――コルネーユ伯爵が、泣きすがる王女を抱いている女将に恭しく礼を取った。


(ええと、王太后って、たしか、王様の……お母さん!?)


 愕然となった俺が見つめる先で、宿屋の女将は、いつもの仏頂面で応えた。


「庶民上がりの年寄りに、陛下呼ばわりは止めとくれよ。だいいち、王位から何から全部息子に譲った時点で、王家との縁は切った筈だよ」

「陛下。そう言われましても……」

「まあ、身寄りが亡くなった孫を突き放すつもりはないけどねえ」


 いまだに泣き止まない幼い王女を抱いた宿屋の女将、いや、プレニツァ王太后はため息交じりにそう言った。

 俺が回復してからクエストに出発するまでの短い時間、ローグとザガードの偵察ドローンが収集したデータから、ガノンが関連する知識を整理して、送ってきた。

 それによれば、若かりし頃に巡検史に紛れ込んだ先代のプレニツァ国王――立場を考えずに現場に出てくるのは、もはや伝統のようだが、その先代国王が、プレニツァ北方にあるオランジュ公爵領に赴いた際、そこの宿泊施設ホスピタリアで働いていたアナベラという娘を見初めたのが、そもそもの馴れそめのようだ。

 そのアナベラが、つまり、このプレニツァ王太后だ。

 国王自らが現場に出てくるお国柄か、王侯貴族と庶民の垣根は、アンベルクと比べるとさほど高くは無いようだが、それでも紆余曲折を経て王妃となったアナベラは、持ち前の才媛ぶりで国家運営に手腕を発揮した。

 先代国王自身は凡庸と言っていい君主だったが、王妃アナベラの采配の元、百年前の鷲獅子グリフォン討伐で弱体化したプレニツァはアンベルクに匹敵する国力を築き上げ、現在に至る。

 先代が崩御した際、王位を譲って隠遁したアナベラは、ついでに王族に関わる諸々も放り投げて、王都の片隅でひっそりと宿屋を営んだのだ。

 国王が現場に出てきたり、引退した王妃――王太后が宿屋の女将になるなどは、プレニツァのお国柄や風土のおかげというべきか。

 もっとも、その風土も、長年にわたってプレニツァという国家自体が弱体化し、民間が台頭してきた背景から培われてきたようだ。

 とは言え、やはり庶民出のアナベラに対する宮廷貴族の風当たりは強いものがあったようだ。

 それが当代国王の治世に及ぼす影響を断ち切る意味でも、アナベラの隠遁は、度を超して徹底したものにならざるを得なかったのだろう。

 そんなアナベラ王太后に、コルネーユ伯爵が懇願するように言った。


「陛下と対立した宮廷貴族の主立った者は、例の巨人族タイタン騒ぎで、全て亡くなっておりますゆえ……」

「それで、この年寄りをもう一度担ぎ出そうってのかい? よしとくれよ、あたしゃ、ただ、親を亡くした孫に会いに来ただけさね」


 泣き疲れたのか、安心しきった表情で眠りこんだ幼い王女を優しく撫でながら、それでも相変わらずの仏頂面でアナベラ王太后は不機嫌そうに応えた。

 たぶん、この仏頂面や不機嫌そうな態度は、味方の少ない状況で、多くの宮廷貴族に互する中、自然に身についてしまったものだろう。

 便宜上とはいえ、宮廷内に限っては一種の恐怖政治を敷いていた側面もあるようだ。

 王太后が宮廷を去ることに支障が少なかったり、叱咤を受けた侍女が半泣きになったのも当然だろう。


「とは言え、このままじゃ、また、カブルーンがちょっかいをかけてくるかもしれないねえ」


 プレニツァと領土が隣接するカブルーンとは、幾度となく小競り合いを繰り返してきた間柄である。

 今回のカブルーン軍侵攻も、そうした歴史的背景に基づくもののようだ。

 アナベラ王太后は、そういった事情を踏まえ、何事かを考え込んだようだが、傍目には不機嫌そうに黙り込んだ王太后に対し、どう対処して良いか判らない様子のコルネーユ伯爵は、ここで初めて俺の存在に気がついたようだ。


「あの……こちらは?」


 恐る恐る尋ねるコルネーユ伯爵に、アナベラ王太后はようやく気づいたように言った。


「そういえば、紹介がまだだったねえ。コウイチだったけね。あたしの恩人、いや、プレニツァの恩人さ。あの黒い連中を呼び出したと言えば判るだろう」

「なんと!? この方が……」


 コルネーユ伯爵が目を見張って俺を見つめた。


「あ、いえ、むしろ恩を受けたのはこっちの方でして」


 慌ててそう言う俺に、アナベラ王太后が尋ねてきた。


「そういや、あの見てくれの悪い連中なんかは還したようだけど、黒いのはどうしたんだえ?」


 呪屍ゾンビや邪精霊に寄生された猪鬼オークは、見た目がアレなので、さっさと〈ビブリオ〉に戻したが、機人マシナドルには、カブルーン兵士を拘束させた後、万が一にも息を吹き返す猪鬼オークがいないよう、その死骸の見張りを命じている。

 そんな機人マシナドルも、そろそろ還した方がいいだろう。

 俺がそう告げると、アナベラ王太后はうなずき、コルネーユ伯爵が侍従を呼び、城下に伝えるよう命じた。

 それが済むと、今更だが、自己紹介することにした。


「あらためまして。コウイチと言います。アンベルクに召喚された〈七大の勇者〉の中で、〈光輝〉〈聖祈〉〈疾風〉の三人の縁者となります」


 麗香達の名を出すのは、いささか躊躇われたが、こっちの方が通りが良いだろうと判断してのことだ。

 はたして、コルネーユ伯爵も、そして、アナベラ王太后も驚いたようだが、コルネーユ伯爵からは、それまでの幾分は警戒するようなところが消え失せた。


「これはこれは。かの〈七大の勇者〉に召喚術師の縁者がいたという話は伺いましたが、まさか、このような形でお目にかかれるとは。いや、さすがは、〈勇者〉の縁者に連なる召喚術師。お見事でございました」


 コルネーユ伯爵の、その言葉に、俺の方も驚いたが、たぶん、次々に現れる俺の偽物への対処として、麗香達の方から「召喚術師」というキーワードをつけて逆に発信したものだろう。

 今後、偽物が現れても、少なくとも召喚魔法が使えなければ、そのまま追い返されることになる。

 ともあれ、コルネーユ伯爵は納得したようにうなずいた。


「うむ。王太后陛下がおっしゃるように、プレニツァの恩人でもありますな。遅ればせではありますが、こたびのことでは、何と御礼を申し上げて良いやら」


 遙かに年上の男性に深々と頭を下げられ、俺の方が恐縮した。

 つか、座ったままというのも失礼な話だった。

 俺は慌てて立ち上がり、礼を返した。


「いえ、こちらこそ、宿屋の女将……じゃなかった、アナベラ王太后にはお世話になりまして」


 幼い王女の元に来るのが遅れたのは、俺が世話をかけたことも理由の一つだろう。

 きょとんとするコルネーユ伯爵に、かいつまんで経緯を説明すると、伯爵は破顔した。


「ははは。王太后陛下は相変わらずですな。かくいう私も、若輩者だった頃は色々と助けて頂いたものです」

「今だって若輩者さね。外務大臣のくせに、カブルーンの動向を見誤ったじゃないか」

「これは手厳しい。確かに一言もありません。おっしゃるとおり、まだまだの若輩者ゆえ、なんとかご指導、ご鞭撻を願えませんでしょうか」


 コルネーユ伯爵は叱られながらも、どこか嬉しそうだった。

 ついでに、王太后の言質を捉えるところは、したたかというべきか。


「しょうがないねえ。このアンヌが独り立ちするまで、後見人くらいはやってやるさ」


 腕の中で眠っている幼い王女を見ながら、アナベラ王太后はため息交じりに言った。


「ありがとうございます、陛下。何とも心強い限りです」

「孫の面倒を見るのは、祖母の役目さ。礼を言われるこっちゃないよ」


 そう言うと、アナベラ王太后は思案する表情になった。


「さしあたりは、カブルーンに対する抗議だねえ。こんなふざけた真似を二度と許しちゃいけないし……」

「拘束した兵士達を全て処刑の上、ボリス将軍の首級を送っては?」

「莫迦をお言いでないよ。そんなことをすれば、あそこはかえってムキになるさ。それに、例のカラクルの話もあるだろう? カブルーンといえども、今は兵力が必要な時さ。プレニツァが兵力を送れない今では、なおのことだよ」


 そこで、アナベラ王太后は難しい表情になった。

 傍目にはいっそうに不機嫌になったように見える。


「そもそも、あのバカ息子が、とんでもないモノを召喚して、兵力が半減したのが原因と言えばそうなんだがねえ。噂では、あの黒いののデカいやつは、プレニツァが召喚したことになっているが、本当は違うんだろ?」

「おっしゃるとおりです」

「見た目が似ているけど、あのデカいのも、コウイチが召喚したのかえ?」


 何のことを言っているのか、まったく覚えが無かったので、俺は首を横に振った。


「そうかねえ……」


 アナベラ王太后が意味ありげに――つか、ますます不機嫌そうにギロリと睨んでくるが、俺としては否定するより他にない。


「まあ、いいだろ。要は抑止力というか、歯止めなんだよねえ。今のプレニツァだけじゃ、貫目が足りないか」

「アンベルクに支援を求めては?」

「それしかないだろうさ。だが、バスルへ兵力を拠出する約束を反故にしちまってるだろ? これ以上、借りをつくるのも得策とは言えないねえ」


 気がつくと、アナベラ王太后とコルネーユ伯爵は、俺の目の前で、プレニツァの行く末に関わるような、政治的な話し合いを始めてしまっていた。

 まっとうな首脳陣と言えるのが、この二人しかいない状況では、取り繕う余裕も時間もないのだろう。

 そんな中、アナベラ王太后が続けて懸念を口にする。


「アンベルクだって、余裕はないだろうしねえ。なにせ、バスルへの供出で最大規模の兵力はあそこだ」


 隠遁したと言っても、アナベラ王太后の情報収集能力は衰えていないようだ。

 宿屋での、俺の食材を調達できたのは、その余技というべきだったかもしれない。


「恐縮ですが、コウイチ殿のお力をお借りしては?」

「それも、一応はアンベルクに話を通す必要があるねえ。軍務卿のジークベルト将軍が国元にいれば、良かったんだけど。他の連中相手じゃ、下手なことは言えないよ」


 そうして、王太后とコルネーユ伯爵が議論しているところに、侍従がやってきた。


「お話中、恐れ入ります。あの、アンベルクのジークベルト将軍に所縁のあると言う者が面会を求めております。身分を証明する陣を所持しておりましたので、間違いは無いようですが」

「ほう、ジークベルト将軍の?」

「それはそれは」


 今し方の会話に出てきたアンベルクの軍務卿の名に、アナベラ王太后とコルネーユ伯爵は興味深そうに侍従の方を見た。

 そして、コルネーユ伯爵が尋ねた。


「して、その者の名前は?」

「ジークベルト将軍の娘で、オリビアと名乗っております」

次回

『第69話 カブルーンの召喚術師』

3/11 7時更新


感想欄にて鈴音の称号に関するご指摘を頂きましたが、二つの理由で当分は現状のままです。

ひとつは、〈大地の勇者〉と対になり、色々と影響が出てくること。

主人公はこれを憂えて、義妹達以外には告げていませんね。

もうひとつは、〈疾風の勇者〉の称号はアンベルクの宮廷が正式に定めたもので、簡単には変更できない、というお役所的な裏設定です。


もうひとつ、感想欄にてご指摘のありました〈操魔の勇者〉のルビですが、「トイフェル・マニプリーレン」になるでしょうか。

実は、元々の設定は〈操魔〉の方だったんですが、どうにもルビが気に入らず、あれこれ考えていたら、現在の設定に落ち着いたという……まあ、ここだけの話があったりします。

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