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第67話 もう一つの称号

 呻吟するカブルーンの兵士達に、うねうねと動き回る雑草もどきが軽い麻痺毒を打ち込み、大鬼もどきが手際よく縛り上げる光景を横目で見ながら、ミロンと名乗った男は呆れたとも感嘆したともつかぬ、大きな息を吐いた。

 そのミロンを〈暁の翼〉とオリヴァーさん達は取り囲むような形で、色々と質問を浴びせた。

 もっとも、捕虜に対する尋問のような感じではなく、ミロンが協力的なので、雰囲気としては穏やかなものだ。


「ふーん。お前さんが噂に聞く〈闘奴の武王〉ミロンか。とても、そうは見えねえなあ」


 エッカルトさんがそういうのも当然で、ミロンの外見は、武人と言うよりも、農村で働いている方が似つかわしい、平凡で穏やかそうな男だった。


「まあ、よく言われるな」


 ミロンは気を悪くした様子も無く、あっさりと応えた。


「純粋なカブルーン人にも見えねえが」

「そこの嬢ちゃん同様、先祖はティアネティの出身だ。カブルーンにティアネティが滅ぼされた時、奴隷として捕らえられたって話だ。そんなわけで闘奴なんてやってるのさ」


 それを聞いたカーヤが複雑な表情になる。

 百年前の鷲獅子グリフォン襲来によって弱体化し、最終的にはカブルーンに滅ぼされた旧ティアネティ王国の民は、カーヤの祖先のように他の国への難民となるか、ミロンの祖先のように捕らえられ、奴隷となることを強いられたのだ。

 そのミロンに、オリヴァーさんが尋ねた。


「カブルーンはプレニツァにどのくらいの兵力を派遣したんだ? 聞き及んだ範囲からの推測でかまわん」

「それこそ、俺のような一兵卒がわかる話じゃねえが……」


 首筋をあたりをポリポリとかきながら、ミロンは考える素振りすら見せず、あっさりと言った。


「もともと殿しんがりに配置された俺達が、ここで検問を張るように命じられたってこたあ、バスルに回す筈だった兵力の全部がこっちに来たんじゃねえか」

「呆れたな。バスルへの兵力派遣と相互不可侵は、諸国が取り決めた盟約だぞ。カブルーンは、その二つとも破棄するつもりか」

「取れるモノは、機会があったら根こそぎ取る。俺が言うのもなんだが、そんなお国柄だからな」


 俺達の世界でも、条約とか国家間の取り決めを、平気で反故にする国は珍しくない。

 ちなみに、母さんが言うには資本主義の根幹は、金儲けとかなんかではなく、「契約、約束を守る」「働くこと自体を尊いとする」の二つなんだそうだ。

 当時は意外に思ったことを鮮明に覚えているが、まあ、それはさしあたり関係の無い話か。

 ミロンの話を聞くと、オリヴァーさんは難しい顔になった。


「まずいな。プレニツァ軍は、半分は残っているとはいえ、ほとんどは負傷兵だし、再編が済まないうちは、指揮系統もろくに無い烏合の衆だ。カブルーンに対して、どこまで抵抗できるか……」

「んー、プレニツァにとっては災難だろうけど、しょせんは余所の国でしょう? あたしらには関係ないわよ」


 マルタが、けっこうドライなことを言ってきた。


「むろん、私とてプレニツァへの同情だけで、こんなことを言ってるわけじゃない。いや、むろん、同情はするが、それ以上に、条件に当てはまるのが、プレニツァしか無いんだ。この機会を逃すわけにはいかない」


 そう言うと、オリヴァーさんは腕を組んで考え込んだ。

 すると、けっこう豊かな胸が強調される感じになり、ミロンが眼福とばかりに鼻の下を伸ばしている。

 つか、そんな目でオリヴァーさんを見るんじゃ無い。

 ちなみに、イザークは即座に目を逸らし、エッカルトさんとゴットリープはクララさんとマルタに睨まれてから、目を逸らしていた。

 むろん、俺も目を逸らしているのだが、ローグの視界には映っているんだからしょうがない。

 もっとも、当の本人は、そんな視線など全く気にしていないようだったが。


「ふむ、確かパトリック兄様は、カブルーンのバスル派遣軍は八千人規模と言っていたな。一方のプレニツァ軍は全兵力が一万だったから、残りは五千か。攻撃三倍の法則に則るなら、負傷兵の比率や指揮系統のハンデを考慮しても、互角よりは分が悪いというところだな。いや、魔導師の数はプレニツァの方が多い筈だから、これを加味すると……」


 例によって、ブツブツと呟きながら考えをまとめていくオリヴァーさんだった。


「そうだな。今から、パトリック兄様に連絡を取り、その伝手でプレニツァ諸侯に残った兵力を糾合して対処するか。他国からも調停軍を派遣してもらうかな。それまでの期間くらいは、王都も何とか持ちこたえられるか? 微妙なところだな」

「なんだか、いろいろとご苦労なこったが、プレニツァの王都は二、三日も持たないと思うぜ」


 オリヴァーさんの、諸々を検討した試算を台無しにするように、ミロンがあっさりと断じた。

 だが、美貌の薬師は、少しも気を悪くした様子も無く、素直に尋ねた。


「おや。私が見逃していた要素があったか。――それで、どういうことなんだ?」

「アンベルクの〈勇者〉や、プレニツァの巨人族タイタンほど派手じゃねえが、カブルーンも召喚魔法についちゃ、それなりに工夫をこらしてるようだぜ」


 詳細は後で知ったが、アンベルクの〈七大の勇者〉召喚は、諸国に衝撃と、そして召喚魔法の更なる研究を促したのだ。


「カブルーンの召喚術師が目を付けたのは、あの猪鬼オークだな」

猪鬼オークの制御に成功したのか? それは凄いな」


 隷属の紋も効きにくい、愚鈍で粗暴な猪鬼オークだが、もし完全に制御できるのなら、兵力としては極めて有効だろう。確かに〈七大の勇者〉あたりに比べると地味だが、それだけに作戦に組み込みやすいんじゃなかろうか。

 だが、ミロンは首を横に振った。


「制御ってのとは違うな。俺が聞いた限りじゃ、召喚した猪鬼オークに、自軍の兵士を同族と錯覚させるんだそうだ。そんな猪鬼オークを、一度に数百は召喚できるって話だ」


 俺の中では既にやられキャラと化しているが、一般には猪鬼オークが、極めて危険な脅威であることに変わりが無い。なにしろ、要討伐対象なのだから。


「プレニツァだけに牙を剥く猪鬼オークか。それが数百だと!?」


 オリヴァーさんの顔色が変わった。

 他の面々も同様だ。

 一種の馴染みがあるだけに、その深刻さが想像しやすいのだろう。

 その時、俺の〈使い魔〉達が警報を発した。

 マルタも緊張した声で警告する。


「噂をすればってやつね。――来たわよ」


 プレニツァ王都の方向から、ゾロゾロと現れてきたのは、まさに猪鬼オークの群れだった。

 それこそ、数百はいそうだった。


「あー、言い忘れていたな。召喚できるのは一度に数百だが、回数制限は特に聞いていなかったなあ」


 ミロンが、今になって、そんなことを言ってくる。

 これだけの数が、ここまで現れるとなると、プレニツァ王都の状況は推して知るべしか。


「ふん、どれだけ来ようが、妾が粉砕してくれるわ」


 〈ビブリオ〉から大斧を取り出したノインが、そんな大見得を切っているが、これだけ数があると瞬殺というわけにもいくまい。

 ノインに並ぶべく、前に踏み出しかけた俺を、オリヴァーさんが押しとどめた。


「コウイチはプレニツァ王都の方に行ってくれ。ここはノインやトゥーラがいれば大丈夫だ」

「え、いや、しかし……」

「カブルーンの召喚術師をなんとかするんだ。それができるのは、転移の手段を持つコウイチだけだ」


 たしかに、元を絶つ必要性は理解できる。

 だが、オリヴァーさんや仲間を置いていくのは……。


「コウイチ殿。ここはお任せを」


 腰にベルトを巻きながら、トゥーラさんが力強く請け負った。


「ちと頼りねえかもしれねえが、俺達だっているんだ。こっちのことは心配するな」


 エッカルトさんも、愛用の大剣を抜いて、男臭い笑みを浮かべた。


「いちおう、お前もパーティーの一員だ。そのリーダーとして命じる。行ってこい」


 そのエッカルトさんの言葉を肯定するかのように、戦槌を手にしたイザークも、クララさんもうなずいていた。

 ゴットリープは少しきょとんとしており、そして、カーヤは……カーヤは、なんで猫耳を被って服を脱ぎだしているんだろ?

 マルタとローラ嬢が、慌てて布で覆ったので、カーヤが何をしているのかよくわからなかったが、そのマルタも俺に向かって親指を立てて見せていた。

 そして、オリヴァーさんが、きっぱりと言った。


「いざとなったら、やってしまえ。コウイチがその気になれば、カブルーンの軍勢全てを叩きのめすこともできる」


 これには、ミロンも目を丸くした。


「こいつは大きく出たな。その坊主はなかなかに使うようだが、かの〈七大の勇者〉でもなけりゃ、たった一人で一国の軍隊をどうこうできるもんじゃねえぜ。おまけに猪鬼オークの群れだっているのに」

「彼は〈勇者〉だよ。〈装魔の勇者〉にして、〈魔を鎧いし者トイフェル・リュストゥング〉だ」


 そんなオリヴァーさんの言葉に覚悟を決めた俺は、みんなにうなずいて見せると、〈ビブリオ〉に入った。


 俺は直接にプレニツァ王都に転移するのでは無く、一度〈グラープ〉に寄って、管理頭脳ゲヒルンにある命令を下し、ひとつ、いや、ふたつの作業をすませることにした。

 今回、魔法陣を裏返すのは無しだ。

 なんとなくレベルアップした自覚のある俺だが、まだ、いくぶんは身体が馴染んでいない感じがする。

 思惟がなんとなく感じられるようになったガノンからも、忠告めいたものが伝えられてくる。

 そうなると、カブルーン兵はともかく、猪鬼オークの群れを相手取るには、俺の〈使い魔〉だけでは絶対的な打撃力が足りない。

 正直、『これ』を使うのは気が進まないのだが、他に手段が無いのだからしょうがない。

 管理頭脳ゲヒルンから作業が終了した旨の報告がきたところで、〈ビブリオ〉からプレニツァ王都の、あの宿屋付近の座標に転移した。

 そして、目の前に広がる、想像以上の惨状に思わず絶句したのだった。


 巨人族タイタンによって被害を受けた王都の城壁は、その修復が十分で無く、俺が泊まっていた宿屋近くの一カ所から、猪鬼オークの侵入を許してしまったようだ。


「早く、早く王宮へ避難しろ。急げ」


 急ごしらえらしい防衛線を張ったプレニツァ兵や冒険者達が必死で応戦し、その中の幾人かが声を枯らして叫んでいる。

 たいていの国では、王都が外敵に襲われた場合に、王宮が避難所としての役割を持つそうなので、彼らの指示は妥当と言えるだろう。

 だが、訓練された兵士と違い、指示を受けたからと言って、一般の住民が速やかに行動できるものでも無い。

 家財道具を抱えたり、あるいは、家族を探したりして、人々の流れはいっこうに進まない。

 親とはぐれたらしい幼い子供が一人泣き叫んでいるが、それに構っている余裕のある者は皆無だ。

 いや、そうでもないか。

 その泣き叫ぶ子供のところへ駆け寄ろうとしているのは、あの宿屋の女将だった。

 だが、人の流れに突き飛ばされる形で、彼女は倒れてしまった。


「大丈夫ですか」


 慌てて近づき、助け起こそうとした俺を、宿屋の女将はジロリと睨んだ。


「ふん、こんな老いぼれに構っている暇があったら、あの子をなんとかしてやんな」


 宿屋の女将は、泣いている子供を指さすと、ぶっきらぼうにそう言った。

 こんな状況でも、こういう性格らしい。

 兵士達や冒険者達の、悲鳴と絶望の叫びが聞こえたのは、その時だった。

 ついに、防衛線が破られたのだ。

 もはや気が進まない、などと言ってる場合じゃなさそうだ。

 俺は〈ビブリオ〉を開き、そして命じた。


「襲え。目標、猪鬼オーク!!」


 俺の周囲で、新たな悲鳴があがる。

 開かれた亜空間の中から、わらわらと出てきたのは、〈グラープ〉で準備し、転移させた呪屍ゾンビの群れだったのだ。

 〈ビブリオ〉に生きたまま出入りできるのは、管理者であるノインと、俺や〈使い魔〉を除くと、せいぜい植物くらいのものだが、これに邪精霊や呪屍ゾンビが加わったことになる。

 ただ、これは〈ビブリオ〉に生命体として認識されなかったというべきだろう。


 ――後に、俺には〈装魔の勇者〉とは別に、〈操魔の勇者〉なる称号が使われることもあるわけだが、〈使い魔〉を別として、その由来となる力を振るったのは、この時が最初だった。

 凄まじいまでの腐臭については、管理頭脳ゲヒルンに命じて改善させたが、それで見た目のインパクトが減じるわけでもない。

 住民達の悲鳴の中、押し寄せてきた猪鬼オークの群れに呪屍ゾンビ達が襲いかかる光景は、混沌とか狂乱以外のなにものでもなかった。

 呪屍ゾンビは聖属性系統の魔法や、それが付与された聖水の類いには全くの無力だが、それ以外の武器では倒すことは難しい。

 魔物の中では、さほど強力でも素早くも無いし、引っ掻くか、噛みつくくらいしか攻撃手段も無いが、数で押されると洒落にならないことになる。

 いかな猪鬼オークと言えども、まとわりついてくる呪屍ゾンビには手こずっているようだ。


「え? まさか」

「あれって、味方なのか」


 王都の住民達は、あからさまに困惑していた。

 そんな中で、いち早く我に返ったらしいプレニツァ兵や冒険者達が、チャンスとばかりに口々に声を張り上げる。


「今のうちだ。王宮に逃げろ」

「家財道具など放っておけ。命あってのものだねだぞ」

「はぐれた家族は、王宮に入ってから探せばいい」


 インパクトのあり過ぎる光景に、ある意味で毒気を抜かれたのか、王都の住民達は、それらの指示に素直に従い、王宮へと歩き出した。

 俺も、倒れた拍子に足を挫いた宿屋の女将を背負い、泣いている子供の手を引いて王宮へと向かう。

 その一方で、なかなか死なない相手に業を煮やしたのか、呪屍ゾンビを頭から囓っていく猪鬼オークが出てきた。

 確かに喰らってしまえば、いくら死なない呪屍ゾンビといえど、それまでである。

 他の猪鬼オークも、それを真似て、呪屍ゾンビを次々と貪り喰っていく。

 味のほどは不明だが、悪食でも知られる猪鬼オークは、気にも留めていないようだ。

 だがそれは、呪屍ゾンビの中にいる邪精霊を、体内に取り込む行為に他ならない。


「uGa!?」


 呪屍ゾンビを喰っていた猪鬼オークの一匹が、不意に身震いを始めた。

 その眼が、たちまちのうちに昏い闇色に染まっていく。


「おっぱいのペラペラソース!!」


 としか聞こえない、意味不明の咆吼と共に、その猪鬼オークは、それまでの仲間に襲いかかった。

 そして、それは呪屍ゾンビを喰らった他の個体にも伝播していった。

 そんな状況になっても、愚鈍な猪鬼オークには因果関係が判らないようで、呪屍ゾンビを喰らう猪鬼オークがいなくなることはない。

 かくして、邪精霊に寄生された猪鬼オークは、その数を増やしていった。

 闇色の眼となった個体は、一種のリミッターが外れるようで、通常の猪鬼オークと比べても強力となっているようだ。

 ただでさえ、粗暴な猪鬼オーク狂戦士化バーサークしているのだから、これはもう始末に負えない。

 呪屍ゾンビと闇色の眼をした猪鬼オークの連合軍は、侵入してくる猪鬼オークの群れを押し返し始めた。

 おかげで、王都の住民達は、避難するに十分な余裕を与えられたのだった。

 だが、その流れも王宮に入る手前で、再び滞ることになる。

 王宮の巨大な正門は堅く閉ざされたまま、脇にある通用門からしか入れないのだ。


「さっさと正門を開けろ」

「莫迦を言うな。正門を開けている間に、敵がなだれ込んできたらどうする。簡単に閉められるものじゃないんだぞ」


 住民を率いてきた兵士の指揮官と、王宮の衛士が怒鳴り合っている。

 このあたりの判断は難しいところで、揉めるのもしょうがないだろう。


「いつまで、この年寄りを背負ってるんだい。どのみち、しばらくは足止めだよ」


 背中の女将が、面白くもなさそうに言うので、俺はそっと下ろしてやった。

 それにしても、呪屍ゾンビを見ても平然としていたし、けっこう豪胆な婆さんだ。


「ママ!」


 不意に、ここまで手を引いていた子供が声をあげ、赤ん坊を抱えながらも必死の表情で誰かを探しているらしい女性に向かって、走り出して行った。

 どうやら、はぐれた母親に再会できたらしい。

 ともあれ、宿屋の女将がいうように、しばらく足止めである。

 俺も一息入れようとして――ローグからの警報で、それどころでは無いことを知った。

 猪鬼オークと共に侵入した数人のカブルーン兵が、ついに王都の城門を開いたのだ。


 開かれた城門からは、それまでとは比べものにならない数の猪鬼オークと、そして、カブルーンの騎兵が突入してきた。

 俺は迎え撃つべく、走り出した。

 とはいうものの、さすがに呪屍ゾンビは品切れである。

 あの局面を何とかする為に、全部放出してしまったのだ。

 いや、もう一つ、あるにはあるが、それを亜空間から出す前に、カブルーンの騎兵達は王宮の前まで到達するだろう。

 そうなれば、住民達は一方的に蹂躙されてしまう。

 突入してきたカブルーンの騎兵は、それほどの勢いとスピードだった。


「ザガード」


 俺の肩口から姿を現した剣牙狼もどきが、モルモット並みのサイズに似合わぬ、凄まじい咆吼を放った。

 背中から出てきたヴァルガンが、咄嗟に俺の耳をしっかりと押さえていなかったら、鼓膜が破れていたかもしれないほどの大音量だった。

 だが、そのおかげで、カブルーン騎兵達の馬が恐慌状態になったようだ。

 急停止しようとして倒れたり、棹立ちになったりで、乗っていたカブルーン騎兵も次々と放り出されてしまう。

 敵の勢いがとまったところで、ザガードが再度の咆吼を放つ。

 今度のは音波を絞り込んで指向性を持たせた、言わば音響兵器(LARD)のようなものだった。

 騎兵を始め、まともにくらった後続のカブルーン兵や猪鬼オーク達が、次々と耳を押さえ、のたうち回っている。

 敵が混乱している隙に、俺は再び〈ビブリオ〉を開いた。

 そうして亜空間の中から出てきたのは、黒い甲冑――あのグランボルグにも似た外見で、邪精霊が憑依して動く、いわゆる魔導人形ゴーレムの一種だった。

 〈グラープ〉の管理頭脳ゲヒルン機人マシナドルと呼んでいたそれは、〈ビブリオ〉の中から数百体が姿を現した。

 そう、あの閉ざされた倉庫のような場所で、邪精霊の本来の用途として大量に保管されていたのが、この機人マシナドル達である。

 機人マシナドル呪屍ゾンビとは比較にならぬほど俊敏で強力だ。

 見た目が甲冑で、何よりも数があるので、カブルーン兵達は新手のプレニツァ兵と判断したらしい。

 王宮の前にいる住民達よりも、こちらへの対処を優先としたのか、その大半が向かってきた。

 だが、生身の兵士が何人がかりで当たろうとも、機人マシナドルに勝てるわけもない。

 剣の刃は通らないし、戦槌でもびくともしない。

 猪鬼オークも同様で、その豪腕が繰り出す拳も、機人マシナドルには一切通用しない。

 その一方で、機人マシナドルの腕が一振りされるたびに、カブルーン兵や猪鬼オーク達が吹き飛んでいく。


「関節部だ。そこは装甲が薄い筈だ」


 突入してきたカブルーン軍の後方で、目立つ飾りのついた将校らしいのが、声を張り上げて指示を下している。

 こいつが、カブルーン軍の総司令官だろう。

 ガノンが過去の記憶をサーチし、幾度かアンベルクを訪れた、カブルーンのボリス将軍であると、その身元を特定する。

 そのボリス将軍が発した命令は、確かに目の付け所は悪くない。

 構造上、一定の自由度を確保するために、関節部までは装甲が及んでいないのは事実である。

 だが、オムー文明の魔導学者が、そんな弱点を放置する筈も無い。

 機人マシナドルの関節部分は、ガノン並みの耐刃、耐衝撃仕様の柔らかい素材で覆われているのだ。

 自分の指示が一向に成果をあげないと見て取るや、ボリス将軍は再び命令を発した。


「魔導士よ、焼き払え」


 ついに、麾下の魔導士を繰り出してきた。

 もっとも、機人マシナドルに通用させるには、一体あたりに上級魔導師が数十人は必要だ。

 それだけの魔導師を抱えている国家など、まず存在しない。

 機人マシナドルには、あの木乃伊ミイラと化した実装試験体アオスフューラーの大鎌――対魔法用武具を、さらに数倍以上増幅させた能力が付与されているのだ。

 正直な話、機人マシナドルが〈グラープ〉の防衛機構として配備されていたら、俺達は全滅していただろう。

 かくして、猪鬼オークの群れを擁するカブルーン軍と、機人マシナドルとの戦いは、圧倒的な機人マシナドルの優勢のまま決着したのだった。

前々回に引き続き、今回もバイオなネタでした。


次回

『第68話 王太后と将軍の娘』

3/5 7時更新

→ 3/4 7時更新の間違いでした。orz

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