第66話 亜空間活用の超絶技巧
この〈グラープ〉と称するオムー文明の遺跡は、一種の保管庫のようなものだったようだ。
呪屍達もぱったりと出なくなった、その洞窟の最奥部。
その場所だけは、人工的な造りで、色々な品が置いてある。
中央にカプセルベッドのようなものがあり、おそらくは、ここに十四号がいたのだろう。
「んー、どっちかというと、使わないモノを放り込んだ物置じゃな」
それらの品を見ながら、ノインが落胆したように言った。
「維持結界の魔力が枯渇しておったとフィンレイが言っておった通り、ほとんどが『死んで』おる。それこそ置物くらいにしかならんな」
「それでも、変わった意匠のものが多いし、オムー文明のものとなれば、好事家とか、学術院が買ってくれるかもしれないぞ」
ゴットリープが、ノインと異なる意見を口にした。
〈暁の翼〉の出納係とでもいうべきポジションにいる、俺と同年代の冒険者は、こうした品々への目利きが、他のメンバに比べて突出しているようだ。
マルタはガイナス導師に認められた、冒険者として優れた『眼』の持ち主だが、ゴットリープの場合は商人のそれに近いものがあるのかもしれない。
胸算用をはじいているのか、ニヤニヤとしている。
「ふんふん、ほほん」
ローラ嬢もご機嫌である。
失われたオムー文明の、その技術の一端に触れる機会を得て、ウキウキとスキップしているようだ。
つか、ドスドス地響きするから、やめて下さい。
「ほう、なるほど、なるほど」
オリヴァーさんも興味津々だ。
プレートの一つを手にして、そこに刻まれた古代文字を熱心に追っている。
「古文書の文字……その原型か。ええと、これは『時間的に近い』か。こちらが『未成熟』もしくは、『成熟したばかり』で複数形だな。それで、こっちが『あるべき姿』か『規範』の、ああ、否定形なんだな」
「それは『最近の若い連中は、なっちょらん』という、年寄りの愚痴じゃ」
古代文字の記述を解析するオリヴァーさんに、ノインが身も蓋もない正解を口にする。
「それで、どうするよ。さすがに、全部持ち出すのは無理だぜ」
骨董品にも、学術品にも興味の無いエッカルトさんが、つまらなそうにそう言った。
「そうじゃな。とりあえず、〈ビブリオ〉に格納しておくか」
そう言って、ノインが亜空間を開こうとしたのか、手をかざすと、その指先に火花が散った。
同時に、無機質な女性の声が響いた。
「警告します。規範を逸脱するゲストの行動が認められました。再度、同様の行動があった場合、該当者のゲスト登録を抹消します」
物置とは言え、保管庫だけあって、何らかのセキュリティはあるようだ。
「むう。これでは、何も持ち出せんな」
ノインが指先をさすりながら、むくれたような表情になる。
「反対に、ベルトも斧も取り出せん。どのみち、聖双角への化身は無理だったか」
なおもブツブツと呟くノインを見やりながら、オリヴァーさんは軽く首を傾げた。
「管理者であるコウイチなら、どうかな?」
オリヴァーさんがそう言うので、今度は俺が〈ビブリオ〉にアクセスしてみる。
すると、何事も無く、亜空間を開くことができた。
「不公平じゃ、ずるいのじゃ」
地団駄を踏んで、そう騒ぐノインに、俺は〈ビブリオ〉に保管してあったイチゴを一つ手渡してやった。
現金にも、途端に上機嫌となり、さっそく赤い果実にかぶりつく幼女を見ながら、オリヴァーさんは「まあ、いいだろう」と、軽く肩をすくめた。
その時、何事かを調べていたマルタが声を上げた。
「こっちにもドアがあるわ」
頑丈そうな、金属でできた壁の一部を指さしている。
そこを探ったノインが、うなずくように言った。
「ふむ、暗証番号で開く仕組みじゃな。コウイチ、管理者権限で開けるよう、指示してみろ」
俺は言われたとおり、どこにいるか判らない〈グラープ〉の管理頭脳に向かって、この隠し扉を開くよう言ってみた。
「ええと、このドアを開けてもらえるか」
「その区域は、XXXの管轄下です。アクセスは可能ですが、ドアの開放には、XXXより伝えられた暗証番号の詠唱が必要です」
管理頭脳は、聞き取れない単語混じりに、そう回答してきた。
それが何ものだか不明だが、〈グラープ〉の管理者であっても、簡単には開けない場所のようだ。
「おそらく、魔導学者あたりが委託した区域ということじゃな。お主のガノンに開けさせてみろ」
ノインの言うとおりに、俺はスライムもどきを、そこに張り付かせてみた。
ガノンは、しばらく、うねうね、ぷにぷにしていたが、諦めた様子で、すごすごと俺の元へと返ってきた。
どうも、接続端子に該当する場所が見つからないようだ。
道具やノウハウがあっても、そもそも鍵穴が無いんじゃ、錠前破りは不可能だ。
俺も諦めかけたが、ふと思いついて管理頭脳に尋ねてみた。
昨日まで、衰弱して寝ることしかできなかった俺は、色々と考える時間だけはたっぷりあった。
その中で考案したアイディアを、この機会に試してみることにしたのだ。
「あちら側はどうなっている。ドアの厚みと、その付近の間取りで構わない。教えてくれ」
返ってきた回答によると、ドアの厚みは歩幅にして三歩――おおよそ、一メートル弱で、その向こうは十数歩ほどだけは開けた空間になっているようだ。
「そんだけの厚みがあるんじゃ、ぶち破るのも難しいな。いかにも頑丈そうだぜ」
「俺でも無理」
エッカルトさんとイザークが、揃って首を横に振った。
「これは金庫などにも使われる耐熱性の金属じゃな。魔導の火で焼き切るわけにもいかんな。ドアが溶ける前に、こちらが熱死してしまうわい」
ドアの材質を調べたノインが、そう結論づけた。
だが、俺としてはぶち破ったり、焼き切ったりなどするつもりもない。
単純に無視するだけだ。
「ガノン、できるか?」
俺がスライムもどきに尋ねると、肯定の意思が返ってきた。
ガノンは暇さえあれば何かしらの計算をしているらしく、俺が移動するたびに、その位置座標のような数値に変更が加えられている。
つまり、帰納的に行われているそれを、演繹的に算出させてみたのだ。
俺の指示に従い、ガノンはドアの向こうにあるという開けた空間に、計算上の座標的なマーカーを設置した。
俺は再び〈ビブリオ〉にアクセスすると、今度はその中に入り込み、ガノンの誘導によって、設置したマーカーに向かって亜空間から出る。
つまり、亜空間を経由した、いわば壁抜けを試みたのだ。
通常、〈ビブリオ〉へ入った時は、足跡のようなものというか、空間が歪んだ痕跡を辿って、元の場所に出る。
これを人為的に変更するには、四次元を含む演算を必要とするが、レベルアップしたせいか、ガノンはその域に達しているようだ。
ともあれ、初めての試みは、拍子抜けするほど、あっさりと成功した。
「うわ」
俺が出てきたところは、広大な倉庫のような場所だった。
こちらの方は魔力が十分に残っているらしく、かなり高い天井で、魔法具らしい灯りが内部を照らしている。
広さも高さも十分過ぎるような感じだが、余裕がほとんど無い。
管理頭脳が「十数歩ほどだけは開けた空間」という表現をしたが、そこより先に、ぎっしりと、とてつもなく巨大なモノがいくつも置かれているせいだ。
「ローグ」
飛龍もどきを放ち、俯瞰的な光景を脳裏に見た俺は絶句した。
「巨大な剣? こっちは大砲に見えるな。いったい、何じゃ、これは?」
思わず漏れた俺の呟きを、管理者からの質問と解釈したのか、管理頭脳が無機質な声で告げた。
「記録には、究極上位種専用の武装、とあります。扱いは試作品ですが、いくつかはテスト運用済みで、量産予定ともなっておりました」
「量産? こんなものが、もっとあるのか。つか、こんなにでかいものを誰が使うんだよ」
「その情報は記録にありません」
とりあえず、こちらも片っ端から〈ビブリオ〉に放り込むことにした。
いわゆるアイテムボックスとして使っている亜空間は、品物の出し入れにサイズ的な制約がない。
むろん、亜空間自体が有限なので、それを越えるものは無理だが、ここよりは〈ビブリオ〉の方が広いので、その巨大な何かは、あらかた格納できてしまった。
ただ、格納してから気がついたが、オリヴァーさんや、ローラ嬢に見てもらうにしても、これだけスケールがでかいと置き場所が無い。
「まあ、そこは後で考えるか」
そうやって視界を遮っていたものを〈ビブリオ〉に移すと、今度は見覚えのあるものが、大量に並んでいることに気がついた。
「これは何だ?」
その問いに対して管理頭脳が返した回答に、俺は考え込んでしまった。
「ふうん、つまり、これが正式な量産品ということか。人工的に産みだされた邪精霊も、防衛用の呪屍なんかの素材というより、こちらの方が本来の目的かもしれないな」
「所有者はXXXですが、運用に関しては管理者に一任されています」
こんなものを一任されたところで、俺にはどうしようもない。
あるいは、オリヴァーさんなら、何かしらの利用方法を考えてくれるだろう。
なんにせよ、使うまではここから動かすわけにはいかないものらしいので、〈ビブリオ〉に移すことは諦めた。
さて、ここのドアは、内部からならスライド式に開くそうなので、そろそろみんなのところへ戻ろうと考えたところで、ふと、〈ビブリオ〉を経由して、他の場所にも移動できないかと思いついた。
「ガノン、どうだ?」
またしても、肯定の意思が返ってきたので、試しに〈ビブリオ〉に入り、ブラーシュ男爵領の宿舎に繋げてみた。
「え?」
いきなり宿舎の中に現れた俺に、見慣れぬ少女が目を丸くしていた。
俺と同年代の、巻毛になった金髪に、翡翠色の瞳をした美しい少女だったが、何よりも肌色でたわわなモノが……てか、彼女の着替え中に、俺が飛び込んだ形となったようだ。
「わ、わわわ」
その少女の方も驚いただろうが、俺はもっと驚いたのだ。
目を逸らすことも忘れて、慌てふためく俺に、その少女は目を丸くしながらも話しかけてきた。
「コウイチ? あれ? お母様といっしょにプレニツァにいる筈じゃ……」
「え? ひょっとして、シャルロッテちゃんか」
ノインと同じく、自分の肉体年齢を変えられるようになったとは聞いていたが、記憶のいくつかが吹っ飛んでいる俺にとって、成長した彼女の姿を見るのは、ある意味、初めてだったかもしれない。
いや、綺麗になるとは思っていたが、これほど美しく、たわわになるとは……。
そこで、俺はようやく、自分の置かれている状況に思い至った。
「ご、ごめん。これ、お詫び」
慌てた俺は、メロンを取り出すと、近くのテーブルに置いた。
「あ、あの、ええと、もうちょとしたら、オリヴァーさん達と戻るからね」
そう言い繕って、何事かを言いかけるシャルロッテちゃんをそのままに、俺は〈ビブリオ〉に飛び込んだ。
ちなみに、イチゴでは無い方を渡したのは他意は無い。
俺は〈ビブリオ〉の中で、メロンにも匹敵する、たわわな光景を脳裏の記憶から削除すると、深呼吸しながら動悸が収まるのをまった。
けっこうな期間、俺を始めとする同居人が不在となる筈なのに、オリヴァーさんが平然とシャルロッテちゃんを一人で留守番させたのは、そういうことだったのかと、ようやく腑に落ちた。
もともと、年齢の割には大人びたところのあるシャルロッテちゃんではあったが、急な来客の対応など、本来の年齢では不都合もあるので、肉体年齢を大きくしていたのだろう。
落ち着いた俺は、とりあえず、迷宮にいるみんなのところへ座標を設定して、〈ビブリオ〉から出ることにした。
再び姿を現した俺に、みんなの視線が集中した。
「コウイチ。〈ビブリオ〉に何用だったのじゃ?」
ノインの問いかけに対し、俺は〈ビブリオ〉の新たな活用法と、ブラーシュ男爵領への転移に成功したこと、及び、ドアの向こうにあったものについて説明した。
むろん、シャルロッテちゃんの着替えに遭遇したことは省略する。
ただ、行ったことのある場所なら、座標設定は容易なことは付け加えた。
「へえ」
マルタを始め、〈暁の翼〉の面々やトゥーラさんは、座標云々が今ひとつピンとこないようだったが、オリヴァーさんは真剣な表情になって、何事かを考えている。
ドアの向こうにあったものについては、俺自身がよくわかってないので、うまく伝わってないようだが、亜空間の新しい活用方法は、美貌の薬師に大きな衝撃を与えたようだ。
「本人の移動もそうだが、量や距離に関係なく、物資が瞬間的に移送できる。うん、これは戦略が変わるぞ」
「ワタクシの転移魔法など、及びもつきませんわね」
ローラ嬢は半分呆れた様子で、逞しい肩をすくめて見せた。
一方のノインはふくれ面である。
「その活用法は、貴様限定じゃな。座標の設定とやらは、貴様のガノンでなければ無理じゃ」
そして、また地団駄が始まった。
「ずるいのじゃ、不公平なのじゃ。〈ビブリオ〉は元々妾のものだったのにぃ」
どうも泣く幼女には勝てそうにない。
再びイチゴを渡そうとした俺に、しかし、オリヴァーさんが首を横に振って見せた。
そういえば、現代日本における隣国に『泣く子は餅を一つ多く貰える』とかいう諺があったかな。
だが、少なくともアンベルクにおいては、泣き喚けば何かが得られるということは、無原則に通用するものではないらしい。
結局、ノインはオリヴァーさんに、めっ、とされて、渋々とおとなしくなった。
さすがはオリヴァーさん、伊達に母親をやってない。
まあ、シャルロッテちゃんが地団駄を踏んだり、わがままをいうところは、今まで見たことがないのだが。
「とりあえず、ここで得られるものは、他に無いかな。そろそろ、戻ろう」
オリヴァーさんの、その一言に反対するものは、当然のことではあるが、誰もいなかった。
俺がここを離れることで、また管理者不在な自爆モードにならないかという点は気がかりだったが、管理頭脳がいうには、俺の場合は、この装備のおかげで〈グラープ〉の外にいても所在を把握できるんだそうだ。
〈光輝の勇者〉たる麗香も似たようなことを言っていたが、まあ、深く考えてもしょうがない。
俺達はいったんプレニツァ王都に戻るべく、地上に向けて歩き始めた。
むろん、この時は、プレニツァ王都での出来事など知るよしも無かったわけだが。
◇◆◇
迷宮から地上に戻ると、既に日が暮れており、そこで野営することになった。
哨戒にあたったローグが接近する小鬼の群れを見つけたが、今の俺にとっては瞬殺対象だ。
そいつらの心臓に座標を設定し、小石が何かを転送してやればいい。
魔物の体内に〈ビブリオ〉の転移先を開くのは、魔力に弾かれる感じがするので、犬鬼くらいになると難しいかもしれないが、小鬼程度なら何とかなる。
野営地から数百メートル離れたところで、心臓に異物を押し込まれ、絶命した小鬼達に、皆気づくこと無く――いや、マルタやノインは何か首を傾げていたが、とりあえず危機を感じなかったようで、穏やかな野営となった。
そして、その翌朝のことである。
王都に向かう街道に出た俺達は、武装した集団に出くわした。
いかにも柄が悪そうで、山賊の類いかと思ったのだが、一応は装備がきちんと揃えてあり、何よりも軍旗を掲げているので、どこかの軍に所属する兵士達のようだった。
「あの旗は、たしかカブルーンのものだが、しかし、カブルーンの正規軍が、こんなところで何をやってるんだ?」
オリヴァーさんが不審そうに美しい眉をひそめたところで、向こうもこちらに気がついたようだ。
「そこから動くな」
指揮官らしい男が怒鳴ると、数十人の兵士達が一斉に矢をつがえ、こちらに狙いをつけてきた。
それ以外の兵士も剣や槍を構え、威嚇するように臨戦態勢をとっている。
「ずいぶんと乱暴な連中だな。何かの検問だとしても、弓を引く用意まではするが、一応狙いは外しておくもんだぞ」
不愉快な表情を隠しもせず、そう呟いたエッカルトさんは、前に出ると、その指揮官に向かって叫んだ。
「俺達は怪しいもんじゃねえ。依頼のクエストを終えてプレニツァ王都に戻るところだ。王都の冒険者ギルドに〈暁の翼〉の名で問い合わせてみれば、直ぐにわかる」
それを聞いても、指揮官は伝令を出すでも無く、伝書鳩を放つ様子も皆無だった。
ただ、こちらを睨んで一方的に言ってきた。
「怪しく無いなどと言われて、あっさりと信じられるものか。現に、お前らは武装しておるではないか」
「そりゃ、冒険者のクエストなんざ、危険と隣り合わせだからな。丸腰ってわけにはいかないさ」
そんなやりとりをするエッカルトさんの後ろから、オリヴァーさんが問いかけた。
「こちらからも聞きたい。そちらはカブルーンの軍とお見受けするが、ここはプレニツァの領土だ。カブルーン軍がなにゆえこんなところにいる」
指揮官の男は平然として応えた。
「我々はプレニツァからの来援要請に応じて、派遣されてきた。現在、プレニツァ全土の治安維持はカブルーン軍に委ねられている」
プレニツァが諸国に対し、そんな要請を行ったのは事実だが、巨人族が全て退治された時点で撤回された筈だ。
その点をオリヴァーさんが指摘すると、指揮官の男は、またしても平然と言い放った。
「我々が聞いておるのは、来援要請があった事実だけだ。それ以外のことは聞いておらん」
オリヴァーさんはあっけにとられたように呟いた。
「あきれたな。カブルーンはプレニツァ軍が弱体化した機会に乗じて、領土を併合しようとでもいうのか」
そして、直ぐに真剣な表情になった。
「なるほど、今ならアンベルクも兵力のほとんどをバスルに送っているから、障害は無いとみたか」
「でも、後で問題になりませんか?」
出自が旧ティアネティであるせいか、多少は国際事情に詳しいカーヤが疑問を呈する。
「既成事実をつくれば、後はどうとでも言い逃れがきくと思っているのだろう。あの国らしい考えだな」
オリヴァーさんがそう言った時、その指揮官らしき男が、高圧的な態度で要求をつきつけてきた。
「先ほども言った通り、プレニツァ全土の治安維持は、我らカブルーン軍に委ねられている。直ちに武装を解除して、こちらの指示に従ってもらおう」
「ふざけるな。こちらはギルド所属の冒険者集団だぞ。どこの国の軍にだって、そんな権限は無い筈だ」
エッカルトさんが、さすがに激昂したように叫んだ。
冒険者ギルドは、他のギルドと同じく、国家間を跨がった独立した組織だ。
本来であれば、エッカルトさんの言うように、一国の軍隊といえども、その権限を侵すことはできない筈なのだ。
「隊長、そいつの言うとおりですぜ。冒険者に武装解除ってのは、ちと無理筋じゃねえですかね」
さすがに常識のある人間はどこにでもいるもので、一人だけ臨戦態もとらずにいた兵士が諫めるように言った。
だが、指揮官の男は、かえって激昂したようだった。
「貴様の意見など求めておらん。出しゃばるな」
そして、指揮官の男は苛立ったように、手にしていた槍の柄で、地面を突いた。
「ええい、お前らと問答するつもりはないわ。四の五の言わんと指示にしたがわんか。さっさと武装解除して、男どもはおとなしく縄につけ」
そいつらの目つきをみると、男はそうするとして、女はどうするつもりか、などと尋ねる必要はなさそうだった。
「いやですわ。ワタクシ、どうなるのかしら」
ローラ嬢が自分の体を抱いて、大きく身を震わせた。
むろん、乙女としては当然の反応と、当人は主張するだろう。
だが、カブルーンの兵士達は、筋骨逞しい『漢の娘』の振る舞いに対し、別の解釈をしたようだった。
「おのれ、反抗するか。かまわん、矢を放て。女は息さえあれば、それで用が足りる」
「な……」
エッカルトさんが毒づく暇も無い。
何の躊躇も無く、数十本の矢が一斉に放たれたのだ。
敵意が無いことを示す為に、なんの構えもとっていなかった冒険者達に、これを防ぐすべはなかった。
対処できたのは、俺だけだった。
頭上に飛ばしていたローグの視認能力と、ガノンの演算能力を組み合わせ、放たれた数十本の矢に対し、言うなれば個別にロックオンした状態に移行した。
イージス艦が、接近するミサイル群をフェイズドアレイレーダーで捕捉するようなものだ。
同時に、傍らにあった、元は遺跡であったであろう瓦礫に右腕を当てる。
その右腕から、ヴァルガンの上半身が飛び出し、小さいながらも驚くべきパワーの拳で瓦礫を連打すると、ほぼ数瞬のタイムラグで、その瓦礫を亜空間に転移させた。
そして、亜空間の中で、ヴァルガンの連打によって砕けたそれらを、ロックオンした全ての矢の前方位置に出現させたのである。
これらの作業は極めて短い時間で行われた為、他の人間には何が起こったのか、まるでわからなかっただろう。
一斉に放たれた矢が、跳ね返ったり、あるいは、あさっての方向に逸れ、その後に、瓦礫の破片が地面に落ちるパラパラという音が聞こえた。
いくつかの大きな破片は、出現位置をカブルーンの兵士達の、その頭上に設定しておいたので、兜越しに直撃を受けた兵士が次々に倒れていく。
カブルーン側は大混乱になっていたが、オリヴァーさんやエッカルトさんは何事が起こったのか判らず、あっけにとられている。
もっとも、いちいち説明している暇は無い。
俺は亜空間を使って、指揮官の前に転移した。
滅多にないことだが、仲間に理不尽な真似をされて、さすがに俺は激怒していたのかもしれない。
後ろに振りかぶった俺の手に、袖口に出てきたヴァルガンが瞬時にして、斑土蜘蛛の糸で編まれたバンテージを巻くやいなや、俺は固く握りしめた拳を、指揮官の腹にたたき込んだ。
たしかに『なんちゃって体術』には違いないが、俺の身体をもっとも効率良く動かす為に、ガノンが細心の精度でもって計算し尽くした格闘術だ。
加えて、その身体能力もレベルアップと共に向上している。
俺の一撃を受けた指揮官は、胃の内容物をまき散らしながら、身体をくの字にして吹き飛んでいった。
「グロム」
さらに前進して、兵士達の中に入り込んだ俺は、目の前で両腕を交差させ、角鮫もどきの能力を解き放った。
レベルアップした今では、水を放つ方向は前方だけにとどまらない。
さすがに殺すつもりはなかったので加減したが、全方位に放たれた高圧、高速の連続した水塊は、ヘビー級ボクサー並みの威力があった筈だ。
ほとんどの兵士が悶絶して倒れる中で、一人だけ、未だに立っている奴がいた。
先ほど指揮官を諫めた兵士だった。
ローグの視覚を通して、そいつがすば抜けた反射神経で盾を斜めにかざし、グロムの水塊をことごとく受け流したことはわかっていたので、俺は別に慌てもしなかった。
「やれやれ。相手の力量も見定めず、闇雲に突っかかるから、こうなるんだ」
周囲を見回しながら、そいつは突き放すような口調で言った。
そして、俺、ローラ嬢、エッカルトさんの順に見比べたようだった。
「とはいうものの、意外な伏兵だったな。俺もまだまだか」
その兵士はあらためて俺に視線を向けると、少し考え込むような表情になった。
「変わった体術を使うな。普通は術に合わせて身体を鍛えたり、修行をするもんだが、お前のは逆だな。お前に合わせて練り上げられた、そんな感じがする」
装備には何の飾りも無い、ただの雑兵と見えたが、こいつはただ者じゃなさそうだ。
だが、全く戦意も感じられないし、俺も指揮官をぶん殴って、頭が少し冷えてきたので構えをとくと、そいつは安心したように、腰の剣を鞘ごと抜き、そのまま放り出して両手を上に上げた。
「降伏する」
カブルーンの闘奴にして、最強の武人と謳われたミロンとの、それが初めての会遇だった。
次回
『第67話 もう一つの称号』
2/25 7時更新




