第62話 七大の騎士団、出陣
宮廷召喚術師の視点に始まり、主人公の視点となります
ポルタバ辺境伯を始め、北上してきたアンベルク南部の諸侯軍がヴェレンカ大街道に到達する、その日。
ついに〈七大の騎士団〉――正確には〈七大の勇者〉と直属の親衛隊、総勢七百騎も王都を出立した。
この七百騎は、国王陛下自らによる出陣の儀や、それに続く王都内の行進などの祭典における、単なる許容量の問題で選抜された人員であって、七万騎とも言われる全軍が陣容を揃えるのは、集結地となるバスルにおいて正式に編成される予定である。
かつては大河が流れ豊穣であったと記録が残っているバスルは、過去における〈禍神の使徒〉との戦いによって、今ではろくに草木も生えぬ、広大な荒れ地でしかない。
そのバスルには、先行した〈黄の騎士団〉本隊によって拠点となる要塞が築かれており、アンベルク王国軍は南部諸侯軍とヴェレンカ大街道で合流を果たした後、北上しつつ、他の諸侯軍を組み入れる段取りとなっている。
ヴェレンカ大街道において、諸侯軍との合流を果たした〈七大の騎士団〉と、それに続く王国軍は、バスルまでの行軍の為に陣形を再編した。
〈七大の勇者〉の幾人かも、王都を出るまで騎乗していた一角獣から、別の専用騎に乗り換える。
当初バルテルと共に前衛の飛龍騎士団に加わる予定であった私が、中央に位置する集団で〈光輝〉と〈聖祈〉の両勇者と共にあるのは、新たな専用騎である天馬の制御について色々と指導する為である。
天馬は、宮廷召喚術師である私でも制御の難しい召喚獣だ。
しかし、〈光輝の勇者〉も〈聖祈の勇者〉も初歩的な手ほどきだけで、あっさりと天馬を手なずけてしまった。
これは技量云々以前に、勇者の持つ圧倒的な魔力の前には、天馬といえども従順にならざるを得ないというところだろう。
彼女達の光、聖の魔法属性が、聖獣である天馬の相性と合致していることも大きい。
こうした属性絡みの話は魔導の根本であるから、いかな勇者の魔力が桁外れであっても、例えば〈冥闇の勇者〉や〈大地の勇者〉では、天馬は従うどころか全身全霊をあげて反抗するだろう。
優美な外見をしてはいても、鷹獅子を凌ぐ力を持つ天馬である。勇者と争うような事態になれば、周囲は只では済まない。
そうした事情で、レイカとミホ以外には天馬を与えるわけにはいかず、〈疾風の勇者〉、〈火炎の勇者〉、〈氷雪の勇者〉の専用騎は以前と同様に飛龍であるし、〈冥闇の勇者〉、〈大地の勇者〉に至っては一角獣のままである。
「んー、でも、天馬ということなら、鈴音とは一番相性が良い筈ね。以前、光一さんが、鈴音は〈疾風の勇者〉ではなくて、本来は〈天空の勇者〉……いえ、なんでもないわ」
ミホが何事かを口にしたが、レイカの咎めるような視線に気づき慌てて口を閉ざす。
どうやら、コウイチが怪しげなことを吹き込んだようだ。困ったことをしてくれるものだ。
呼称というのは、これも魔導における根本の一つである。
おかしな呼称を使われてはスズネの風属性魔法に影響が出かねない。仮にも勇者であるミホが口にする『言霊』であればなおさらだ。
私の専用騎である天馬が、飛龍を駆って飛翔するスズネに興味を持ったような気がするのは、これは私の錯覚に違いない。
現在、三騎の天馬は翼を折りたたんで通常の馬と同じく地上を歩んでいるから、悠々と空を飛ぶ飛龍がうらやましいのだろう。
だが、従順にさせたとは言え、レイカとミホは天馬について、まだまだ初心者である。飛翔させるのは、もう少し慣れてからの方が良いだろう。
バスルへの行軍が順調であればこそ、このような習熟の余裕もある。
そして、それは軍務卿の采配によるところが大きい。
「ま、単に移動するだけだ。これぐらいは儂が仕切っても良いということだろうさ」
私たち三人に並ぶような形で、ひときわ逞しい軍馬に騎乗した軍務卿がそう言うと、その傍らで、それに劣らぬ見事な軍馬に揺られていたポルタバ辺境伯が、髭だらけの強面を、いっそうに厳つくさせて、ギロリと軍務卿を睨んだ。
「嫌みにしか聞こえんぞ、ジークベルト。人数も質もバラバラな諸侯軍を、ここまで連れてくるのに俺がどれほど苦労したと思っておる。今では、お上品な王国軍や、一角獣や飛龍までが加わった、じつに混沌たる軍勢だ。お主以外にまともな采配できるようなやつがいるものか」
規律正しく装備の標準化された王国軍を『お上品』と称するのも当然で、諸侯軍の中には山賊と見まがうような連中までいる。当のポルタバ辺境伯にしてからが、山賊の大親分もかくやという雰囲気の武人だ。
その辺境伯が大きく息を吐いてぼやくように言う。
「こんな大軍を順調に動かすというのが、いかに大変か。それを理解できるやつが、あと数人もおれば、お主から統帥権を奪うような事態にはならなかったじゃろうな。俺が、その会議の場に居合わせればな」
「なに、その代わりに資金以外にも、いくつかの条件を呑んでもらったからの。それに、直接的な指揮権がなくとも、戦場であれば連中を動かす手立てはいくらでもある」
軍務卿が涼しげな表情を浮かべて応えると、辺境伯の太い眉毛がひくりと動いたように見えた。
「ふん、この百戦錬磨の古狸めが。まあ、いい。それで、条件とはブラーシュ騎士団の独立した動きを認めるという、あれか。先代の頃から知っておるが、確かに、あそこは、このような大軍に組み入れるには不向きだが……」
「かの〈守護の龍〉と謳われたブラーシュ騎士団も、神殿に悉くを奪われ、今では見る影も無いようじゃな。聞けば、ろくに軍馬も無いという話だ。こちらも余分な軍馬があるわけでもなし、そんな連中を無理に〈七大の騎士団〉傘下に組み入れても全体が弱体化するだけよ」
「腹に一物あるような風情で、そんな台詞を吐いても説得力が無いぞ。あそこに何がある?」
ポルタバ辺境伯に、そう詰め寄られたジークベルト将軍は、軽く逞しい肩をすくめただけだった。
「正直なところ儂にもわからんのだ。あのガイナスですら、見えぬと言っておったそうだからな」
それを聞いた辺境伯の強面には、辟易を主成分とする複雑な表情が浮かんだようだった。
「ガイナスか。あの嗜好さえ無くば、俺も親友にもなれたと思うが。お主は未だに付き合いがあるようだな。まあ、いい。ガイナス絡みとなると……そうか、冒険者に加わったという例の八人目だな。どんなやつだ?」
「儂の主観で言えば、ガイナスと同じかの。あれは、何ものをも持たぬ、ただの凡人だ。いや、何ものをも持たぬゆえに、あるいは、未知の可能性を持っているのかもしれん」
「お主らしくも無い、判じ物のような言い方だな。つまり、それだけ、底が見えんということか」
「なんでも〈装魔の勇者〉なのだそうだ。もっとも、〈七大の勇者〉のような、儂らが想像する〈勇者〉とはだいぶ毛色が異なるようだがな」
中央と辺境の、武人の代表者同士が交わす、そんな会話を聞くともなしに聞いていた私は、ちらりと傍らを進む二人の勇者を見やった。
レイカもミホも、軍務卿達のコウイチに関する会話は耳に届いていた筈だが、何ものをも窺わせないよう表情を消している。
ブラーシュ男爵領との境界となるケレル河がそろそろ見える頃だが、そちらの方を見向きもしない。今まで定期的に行われていたコウイチとの交流を断つように、宰相マインラートと神官長ディートハルトから強く言われたことが関係しているのだろう。
例の、庇護下においた幼い少年達をカブルーンに送り返す事無くアンベルクに留め、さらには遠征で勇者が不在となる期間における生活の保証を条件に出されては、いかな〈光輝の勇者〉と〈聖祈の勇者〉といえども従うしかない。
打算で近づく貴族や大商人と関わらぬように、勇者として清廉な立場を貫いた彼女達の、これは一つの弱点である。搦め手で来られると、全く対応ができないのだ。
その点で言えば、〈冥闇の勇者〉であるタケフミは、したたかな処世術を発揮していた。
宰相の直属となる一方で、大貴族や大商人の、あまり表沙汰にできないような依頼にも積極的に応え、この短期間で、いつのまにか宮廷内にがっちりとした政治勢力を築いているようだ。彼が率いる〈黒の騎士団〉が恐れられている所以でもある。
清らかな飲み水にしか使わない筈の水差しやグラスであっても、手入れを怠ればいつの間にか澱がつくように、先代の勇者に由縁のあるアンベルクといえども、二百年以上も続けば様々な暗部を抱え込むようになる。
先日、レイカが壊滅させた店も、それらの一つにしか過ぎず、あるいは、〈禍神の使途〉という途方も無く凶暴な嵐でもなければ、全てを根こそぎ吹き飛ばすのは不可能なのかもしれない。
そう考えると、神殿の企み――〈禍神の使途〉に既存の国家を滅ぼさせた後、新たな秩序を打ち立てるという話も、あながち悪いことでも無いようにも思える。もっとも、現在の神殿首脳が主導する秩序では、今とさしてかわらないとも思えるのだが……。
そんなとりとめの無い思惟を、私は軽く頭を振って打ち切ることにした。
ともあれ、今はバスルを目指すのみだ。
プレニツァやカブルーンを始めとする諸国の軍勢も同様にバスルを目指している筈だが、街道を始めとする各要所の整備がなされたアンベルクがもっとも早くバスルにおいて陣を張れるだろう。
それは〈七大の勇者〉を召喚せしめたアンベルクの優位を、そのまま示していることともなる。
(してみると、私は、他国に先んじて勇者の召喚に成功した自分自身を、もっと誇っても良いのかもしれない)
そんなことを考えてもみる。
後から振り返ると、この時の私は、あまりにも脳天気に過ぎたと言えるだろう。
勇者召喚に成功したアンベルクを見た各国が、相応しい星辰を得られず、鍵である聖遺物が無いからと言って、全てを諦める筈もなかったのだ。
◇◆◇
ついに〈七大の騎士団〉が動き出したそうだが、少なくともブラーシュ男爵領の中で慌ただしく動いているのはフェルナー氏やパトリックさんくらいのもので、その他の面々は平常運転という感じだった。
というのも、ブラーシュ騎士団は独立しての行動を承認する旨の通達があったそうで、つまりはマイペースでかまわないというお墨付きをもらったようなものなのだ。
特に、新たに家臣として加わった文官達のおかげで激務から解放されたオリヴァーさんは、我関せずという態度を貫き、宿舎として与えられた家でゆったりと過ごしているように見える。
確かに〈鋼の騎士団〉は色々な意味で規格外なので、他の軍勢と共にあるのは問題が大きすぎるところはある。
そのあたりを解決する為か、今日も〈鋼の騎士団〉の装備品を製作したローラ嬢を客人として招き、話を聞いているところだ。
その装備についてだが、稀代の魔道具職人にして『漢の娘』でもあるローラ嬢は、ブラーシュ騎士団の血脈を活性化するにあたって、新たな魔導方式を開発したのだそうだ。
「魔導点と呼ばれる、臍の下にある部位を起点とする魔力の経路については、ご存知でしょう?」
俺たちの世界での、いわゆる臍下丹田のことを、この世界では魔導点と称するらしい。
魔力を発動する時は、この部位から湧き出してくる暖かい何かをいったん尾てい骨付近に溜め、そこから背筋を上昇させて眉間から放つような感覚であるが、魔力の経路とは、そのことを言っているらしい。
「今までは、その『溜め』の部分で増幅させれば、魔力の乏しい人間でも魔法を操ることができる。そう考えて試行錯誤してきましたの」
「ふむふむ」
オリヴァーさんは、ローラ嬢の話に熱心にうなずいている。
「まあ、その過程で、ワタクシは新たな自分に目覚めたわけですけれども」
ローラ嬢のアイシャドウを塗った目が、一瞬、遠くを見るような感じになった。
オリヴァーさんに無理矢理に同席させられている俺は、なんとなく背筋に走った悪寒に体を震わせるところをようやく自制した。
「でも、ノインちゃんのベルトに刻まれた魔方陣は別のアプローチでしたわ。魔導点――つまり、魔力の起点から仕掛けていますのよ。むろん、ワタクシも、そのアプローチは検討したのですけれども、起動する魔力に何かが混じるのをどうしても克服できなくて、諦めた経緯がありますわ」
「ふむ。しかし、異形の力を目覚めさせるには、そちらの方が正解だったというわけか」
「その力の種類によりますわね。あのカーヤと言う娘の場合、血脈に潜む力は純然たる増幅によって発動しますけれど、騎士団の女性達は外付けで増幅させた方が良いようですわね。ただ、トゥーラ騎士団長は、併用した方がいっそうに力が増すと思いますわ」
「コウイチの場合はどうかな?」
だから俺の名前を出さないでくださいよ、オリヴァーさん。
ローラ嬢は俺を見やり、上品に膝においた節くれ立った拳を、口惜しげに固く握りしめた。
ついでに、腕や肩の筋肉も盛り上がり、デザインだけは上品で可愛らしいドレスの、その布地が一気に裂けるんじゃ無いかと思った。
「残念ですけど、この坊やについては、外付けでの増幅で無ければ本来の力を発揮できませんわね。本当に不本意ですけど、魔導職人として嘘はつけませんもの」
何が残念で、どこが不本意なのかは考えたくもなかったが、俺は(心の中で)安堵の息をつくのを隠しきれなかった。
「まあ、それはそれ、これはこれ、ですわ。魔導の諸々とは別に、色々と開発しがいがありそうな気はするのですけど」
な、な、ナニを開発するつもりなんだ、この『漢の娘』は。
身震いを押さえられない俺の隣で、オリヴァーさんは断固たる口調で宣言した。
「コウイチを『そちら』に持って行かれては困るぞ。彼の本質が変わるような真似をすれば、どんな結果を生むか、わからんわけでもあるまい?」
「ええ、これも残念ですが、認めざるをえませんわね。それこそ〈真の勇者〉どころか……」
「あ、いや、その話は、ここまでにしよう」
オリヴァーさんは、俺の方に一瞬視線を向けて、その話題を打ち切った。俺の知らないところで、フィンレイ――正確には彼女が宿したという実装試験体と、ローラ嬢を交えて何事かの話をしたようなんだが、それ以来、何かを隠しているようなのだ。
ザガードの能力で会話を収集させ、ガノンに類推させれば、あるいは、オリヴァーさんが隠していることを突き止めるのは難しくはなかったかもしれないが、そんな盗聴じみた真似をオリヴァーさんに仕掛ける気にはなれない。
いずれ機会があれば明らかにしてくれるものと信じて、その問題には触れないようにしている。
「それで、ちょっと相談があるんだが」
オリヴァーさんが身を乗り出して、真剣な表情になる。どうやら、ローラ嬢を招いたのは、これが本題だったようだ。
「そのう、『例の品』なんだが、私のもマルタのも少し太過ぎないかな。何とか調整してもらえるとありがたいんだが」
それを聞いたローラ嬢は、あからさまに不機嫌な表情になった。
「ワタクシの見立てに間違いありませんわ。そちらの問題ではありませんの」
詳細がよくわからないのだが、オリヴァーさんやマルタに合わせた特注品に関わる問題らしい。
なんだかサイズが合わないということのようだが、職人気質のローラ嬢にとっては、自分の技量を否定されたとも思える話だったようだ。
なんでも『ほぐす努力』なるものが足りないとかで少し言い合いになりそうだったが、最終的には拝み倒すような形で仕様に関するオリヴァーさんの意見が通ったようだ。
その代わり納期については、別件の仕事を理由にローラ嬢が首を縦に振らず、そこはオリヴァーさんが折れざるを得ないと言うことで何とか合意したみたいだ。
その『例の品』が何なのかがわからない俺には、まったくもって理解不可能なやりとりだったわけだが。
ともあれ、おかしな雰囲気になった、その場を和ませようと、俺は別の話題をふってみた。
「しかし、盟約だか何だかしりませんけど、男爵夫人もおかしなことを言ってましたよね、夜伽がどうとか、騎士団の女性なら誰でもいいとか。中にはすでに御結婚されている女性もいると聞いていますし、あんなこと言われてもねえ」
困った話だという思いもあったので、そのことを口にしたのだが、オリヴァーさんの反応は違った。
「そ、そうか。人妻を寝取るという状況も……ふむ、それはそれで有りかもしれん。いや、あれの入手が遅れるとなれば……」
例によってブツブツと意味不明のことを呟きつつ、何かを考え込んだようだ。
そして、唐突に妙な事を聞いてきた。
「あ、あの、だな。えーと、クララのことをどう思う」
エッカルトの奥さんでもある女冒険者について尋ねられたのだ。
「クララさんですか? 綺麗で素敵な女性ですよね。それに、どこか気になるところがあって……」
そこまで言って、ようやく自分で気がついた。
確か、アンベルクの王女殿下もクララと言う名前だった筈だ。
以前から何かが引っかかっていたのだが、つまり、そんな他愛も無い話だったのだ。
しかし、オリヴァーさんは違った受け取り方をしたようだ。
「や、やはりか。うむ、これは私も……しかし、相手のいる話だしな」
またしても、意味不明なことを呟いて考え込んでしまった。
俺も、ローラ嬢までも、どう反応していいかわからない状況のところへドアがノックされ、そしてフェルナー氏が顔を出した。
「失礼。オリヴァー卿がこちらだと伺ったもので。至急の話なんですが……」
「おお、フェルナーどの。ちょうど良いところへ」
そんなフェルナー氏に、オリヴァーさんが顔を輝かせて言った。
「どうだ。私と夫婦にならないか? 今すぐにでも」
「はい?」
いきなり、とんでも無いことを言われ、フェルナー氏は目を白黒させたのだった。
むろん、俺も愕然としたことはいうまでもない。
◇◆◇
その日の夕食の席。
ローラ嬢との『例の品』に関するやりとりを聞いたマルタは、その顛末を聞いて呆れたように言った。
「本当に呆れたわね。いくら何でも短絡すぎるでしょう」
「……返す言葉も無い」
結局、フェルナー氏は、オリヴァーさんの唐突な求婚に、こう言って済ませたのだ。
「まことに光栄なお申し込みですが、あの方の義理の息子となり、パトリック卿と義兄弟となるのは、さすがに過分な話です。それに、これでも許嫁のいる身ですので、せっかくですが御遠慮申し上げます」
地顔が笑っている感じなので少しわかりにくかったが、明らかに苦笑しているようでもあった。
そもそもオリヴァーさんが、どうしてそんなことを言い出したのかが俺にはわからないのだが、マルタはいくつかの言葉のやりとりだけで理解したようだ。
「フェルナーも困ったでしょうに。あんたって、やっぱりズレているのよね」
「だが〈七大の騎士団〉が既にバスルに向かっている状況だ。一刻も早く〈装魔の勇者〉を完全にしなければならない点は理解してもらえるだろう?」
「まあ、それはそうね」
そんな会話をしている二人に、もう一人の同居人であるカーヤが口をはさんできた。
「あの、私の方は準備できてますが……」
「あんた一人に任せるのは、場所が場所だけに、ちょっとキツいんじゃないかしら」
「うむ。一応、あれでも勇者だからな。いざとなったら、とてつもない絶倫ぶりを発揮するやもしれん。下手をすると三日三晩立て続けということもあるぞ。たしか〈勇者〉に関する古文書の中に、ほんのわずかだが、そんなことを伺わせる記述があったはずだ」
「ひ……そ、そんなに? いくら何でも、壊れそうですぅ」
「ノインとか、今のシャルロッテなら平気かもしれないけどね」
「正直な話、その状況も有効と認めざるを得ないが、さすがに母親としては忸怩たるものがある。あの娘達を頼るのは、可能な限り最後の手段にしたい」
「あら、ノインなんか、無理矢理にされた、なんて言ってたじゃない」
「よく話を聞いてみたら、それは違っていたよ」
女同士の会話というのは、さっぱり訳がわからないものだが、今のオリヴァーさん達のそれも何のことやらである。
ノインやシャルロッテちゃんの名前が出てきたようだが、もう二、三日は男爵夫人のお世話とかで、おつきの侍女をやるそうだ。
幼い彼女らの侍女姿も可愛らしいものだったが、いったい、何のお世話をしてるんだろう?
ともあれ、女三人で姦しいのはいいとしても、時々ジト目で俺を見るのは勘弁して欲しい。
ただ、今ひとつ理解できないものの、どうやら俺の、勇者としてのレベルが低いことが原因になっているようなので、俺としては力量不足、修行不足を猛省せざるを得ない。
「それで、フェルナー卿の用事って何だったの?」
「ひとつは、ルオウ商会からの連絡だったよ」
「ああ、ゴットリープがフィンレイの名で毛皮や斑蜘蛛の糸を売ったところですね」
「その伝手で、まとまった数の軍馬が手に入りそうだとかいう話だった」
「あら? 〈鋼龍の騎士〉には軍馬は不要でしょう」
「彼女達だけならね。さすがに騎士だけで軍は編成できないよ。補給を始めとする物資の調達には、軍務官僚、つまり、専任の文官が必要だしね」
戦時における物資の調達には、固有の手続きが必要なのだそうだ。
そうした手続きを経ないと、正当な取引で得た物資であっても略奪品とみなされ、没収されるケースもあるらしい。
つまり、その役割を担う目的もあって、本来は武人であるパトリックさんは、文官としてブラーシュ男爵領に来たと聞いている。
「それと、〈鋼の騎士団〉には冒険者ギルドからも参加してほしいと考えている。魔物相手の戦いなら、むしろ、軍よりも冒険者の方がノウハウがあるだろうしね」
「否定はしないけど、くせ者揃いだから、統率するのは大変よ。師匠だって無理じゃ無いかしら」
「もともと〈鋼の騎士団〉は正規軍じゃないから、それこそ略奪でもしない限りは自由にやってもらってかまわないさ」
オリヴァーさんには、何かしらの戦略があるようだ。
その時、カーヤが首をかしげて言った。
「ひとつには、と言いましたが、ルオウ商会の件以外に何かあったんですか?」
「う~ん、未確認なんだが、隣国のプレニツァで妙な動きがあるとか」
オリヴァーさんも首をかしげて、考え込むように言う。
情報が少なすぎて、判断に困るという風情だった。
そのプレニツァ王国で、とんでもない企てが進行中だったと俺達が知るのは、もう少し後になってからだった。
次回
『第63話 荒れ狂う巨人達と七番目の化身』
2/4の7時更新予定です。




