第57話 独立の条件
何とか、執筆時間が確保できました。
主人公 → 宮廷召喚術師の視点となります。
ブラーシュ領における、三代に渡ってのどんぶり勘定を精査するという、後ろ向きだが膨大な事務仕事から解放されたオリヴァーさんだが、お役御免と言うにはほど遠いものがあった。
近々に訪れる宮廷からの巡検史を迎える為の、その準備があるのだそうだ。
「道具は手に入れたものの、これじゃ薬液の材料集めをする暇も無いな」
などと意味の分からない愚痴を口にしつつ、一日を静養して過ごした後、オリヴァーさんはキロヴォフラート城の執務室に出仕することとなった。
そして、俺もそれに同行した。
耕地の検分をしていたマルタとカーヤが、未だに戻ってきていない――たぶん、あの場所だと三日はかかる――と言うこともあるが、なによりも、今回はブラーシュ領主からの正式な依頼なのだ。
「君には、と言うか、君の〈使い魔〉には、今後も色々と協力してもらう局面が増えるだろうからね」
何でも、ブラーシュ男爵夫人の相談役だか顧問と言う立場にあるオリヴァーさんの、その秘書か書記と言う役職が俺に用意されるそうだ。
冒険者という、一種の自由業だった筈の俺だが、いつのまにか宮仕えする羽目になってしまったことになる。
正直な話、面倒だなと思わないでも無いが、そんな俺に半分苦笑しながらオリヴァーさんが言った。
「色々と決まり事があるんだよ。法典局に目を付けられるのも厄介だしね」
俺が〈使い魔〉を駆使して整備した帳簿なども、しかるべき立場の者が携わったという形式が伴わないと意味が無いとのことで、これは諦めて受け入れるしか無い。
ちなみに、元騎士のヴェルナー氏も同様の役職だそうで、つまり、ヴェルナー氏とは同僚と言うことになる。
もっとも、オリヴァーさんを始め、三人とも期間限定の嘱託だか派遣のような位置づけになるらしい。
「代々続いた家臣以外の者が貴族に正式に登用されるとなると、法典局への手続きがかなり面倒だからね」
滅多に無い話だが、領主が跡継ぎを残さないまま死んだ場合に、有力な家臣が継承することもあるそうなのだ。
これは残された領地について、王家が召し上げるわけにも、他の貴族が横領するわけにも行かないと言うわけで、一種のバランスを維持する為に定められた決まりなのだが、その時に、他国の間諜が有力な貴族家を乗っ取ることを防ぐ為、継承権にも繋がる正式な家臣は精査する必要があるのだ。
この延長として、貴族の婚姻時も同様な精査があるそうなので、これは貴族間の連携を牽制する意味合いもあるのではないかとオリヴァーさんは見ている。
政治的な婚姻で貴族同士が結びつくなどという話は、このアンベルクに関してはあり得ないということになるようだ。
「出自やら何やら洗いざらい調査されるんだ。ヴェルナー卿は知らんが、私としてはぞっとしない話だね」
オリヴァーさんは、そう言って肩をすくめて見せた。
この人も、じつは結構な家柄の出身のようなんだよな。
常識外れな行動も取るけど、それって世間知らずと言えなくもないし。
とにかく振る舞いのひとつひとつに、そこはかとなく気品が感じられるわけで。
もっとも、本人が隠したがっているようなので敢えて尋ねることもしないでいるが、身体的特徴をガノンに分析させれば、高い確度で調査できると思う。
ともあれ、そんな経緯でキロヴォフラート城に出仕し、執務室の扉を開けた俺達が見たものは、なんとトゥーラ騎士団長を組み伏せて裸に剥いている、『漢の娘』たるローラ嬢の姿だったのだ。
ついに正しい性に目覚めた――わけでもなく、堂々とした姿勢でソファに座ったローラ嬢は、まるっきり悪びれた様子も無く言った。
「その方に最初にお目にかかったとき、ワタクシの感性を刺激するものがありましたの。部屋の中で二人きりと、ちょうどよい機会でしたから確かめさせていただいたのですわ」
そんなローラ嬢の対面に、恐れる気配も無く座ったオリヴァーさんは、憮然とした声を出した。
「君の感性には敬意を払うが、頼むから少しは常識をわきまえてくれないかな。怪我や痛い思いはしなかったようだが、それで良いというものでもないぞ」
「ワタクシは自由を愛し、自由に生きる女。常識などというつまらない制約に縛られたくありませんわ」
それを聞いたオリヴァーさんは、諦めたようにため息をつくと、ひとつの質問を口にした。
「で、トゥーラについて、何かわかったかね?」
「あのカーヤという娘と、ある意味では同じでしたわね。そう、魔導点の裏を直接確かめた感じですと、もっと強力な血脈を秘めておりましたわ」
オリヴァーさんの座席の後ろに隠れて、それを聞いた俺は、一瞬、横目でトゥーラさんを見やった。
仮眠用のベッドにあったシーツにくるまっている女騎士団長は、羞恥に顔を染め涙目になって呟いていた。
「くっ。あ、あんなところに……ゆ、指を二本も……」
ローラ嬢の無骨な手――特に太い指に視線を移し、俺はトゥーラさんに対して同情の念を禁じ得なかった。
だが、それを聞いたオリヴァーさんは興味深そうに身を乗り出していた。
「ほう、それはそれは。では、魔法具で何とかなりそうかい?」
「たぶん、あなたが購入した中の、亜龍型のアレが合うのではないかしら。サイズもぴったりの筈」
「あー、あれは蜥蜴かと思っていたが、亜龍だったのか」
「本当に失礼ですわね。ガイナスもガイナスだわ。ワタクシの閃きを信じないで、こともあろうにサイズを間違えただなんて」
「その点については、導師の分も含めて心から謝罪しよう」
なんだか論点がずれていってるようだが、常識云々を口にしたオリヴァーさんもオリヴァーさんだからなあ。
トゥーラさんには気の毒だけど、羞恥心が理解できないって言ってる人だから、これは諦めてもらうしかないか。
ともあれ、分野は違っても天才同士の会話ともなると、常人にはついて行けないところがある。
「しかし、君の閃きや、先を予見する力は凄いものだな」
つくづくと感心するといった口調のオリヴァーさんにローラ嬢も照れたのか、気まずそうに白状した。
「そうでもありませんわ。実を言えば、閃きのままにつくりましたけど、あの時は自分でも意味が分からなかったんですもの」
「いやいや、さすがはアンベルク屈指の魔道職人だ。実を言えば、王都でも長らく知己を得たいと思っていたんだが、ガイナスのおかげでそれが叶ったのは僥倖以外の何ものでもないよ」
「んもう、おだてても何も出ませんわよ」
何だかオリヴァーさんが、妙にローラ嬢をヨイショしているふうでもある。
ローラ嬢のほうもまんざらでもないようだが。
「聞けば、あの〈ビブリオ〉の鍵を改造したのも君だって?」
現在では俺とノインだけがアクセスできる、一種のアイテムボックス代わりとなった亜空間〈ビブリオ〉は、元々は冒険者ギルドにとっての隠し札と位置づけられた古文書の所在地でもあった。
漢の中の漢にして、Aクラスの冒険者でもあるガイナス導師が、そこへ出入りする為の鍵となる魔法具を管理していたのだ。
その魔法具たるや、あまり子供には見せられない形状となっていたわけだが、本来は巻物のような品だったそうだ。
「隠蔽と言いますか、目眩ましの為ですわ。まさか、あんなモノが『鍵』だなんて思いませんでしょう?」
つまり、〈亜空間〉への『鍵』となる巻物であった魔法具を、とんでもないシロモノに作り替えたのが、このローラ嬢だったということになる。
「ま、ガイナスも悦んでいましたし、ワタクシも楽しめたのですけど」
そっちが本音か。
俺はそんな突っ込みを入れそうになり、危うく自制した。
オリヴァーさんという頼もしい守護神がいるわけだが、念の為に不用意な刺激は避けるべきだろう。
それにしても、オムー文明の遺産を、その機能を損なうこと無く作り替えてしまえるのだから、ローラ嬢の魔道職人としての才能は桁外れというべきかもしれない。
「そんな君を見込んで、ひとつ頼みがある」
そう言ってオリヴァーさんがどこからか取りだしたのは、ノインが所持していたベルトだった。
「まあ!」
それを見たローラ嬢のアイシャドウに縁取られた眼が大きく見開かれ、次いでキラキラと輝きだした。
「これもオムー文明の遺産なんだが――同じものをつくってもらえないかな?」
「手にとってもよろしいかしら」
「いいとも。じっくりと見てくれたまえ」
オリヴァーさんがあっさりとベルトを手渡すと、ローラ嬢はじっくりと観察し始めた。
その表情を引き締め、鋭い視線となったローラ嬢は、いかにも熟達の職人といった風情がある。
しばらくして、ローラ嬢は首をゆっくりと横に振った。
オリヴァーさんが少し意外そうな声をあげる。
「さすがに君でも同じものは造れないか?」
「無理ではありませんけど……同じものを造っても無意味ですわ。これは特定の個人の為に造られた魔法具ですもの。時空魔法かなにかで自動修復する上に、持ち主の手に戻る仕掛けもあるようですから、スペアが必要というわけでもないのでしょう?」
そこまでを見抜くとは、さすがと言うべきだろう。
「そう……か。コウイチの為に、と思ったんだが」
「あら、そうでしたの。それを早く言ってくださらなくては」
ローラ嬢がぱっと顔を輝かせた。
つか、オリヴァーさん、余計なことは言わないで。
「お待ちあれ」
そこに口を挟んだのは、文字通りに、ようやく立ち直ったトゥーラさんだった。
シーツの巻き付け方がいい加減で、肝心な部分がまるで隠れていない状態だったのは困ったものだが、それには敢えて目を瞑ろう。
ともかく、トゥーラさん、グッジョブなタイミングです。
「本日ローラ殿を招いたのは、オリヴァー卿と詳細を相談の上で、クラウディア様の問題を解決する為だった筈だ。順序を取り違えて頂いては困るぞ」
つまり、ローラ嬢がここにいるのは、トゥーラさんのせいか。
俺の中で、それまでトゥーラさんに対して抱いていた同情の念が若干目減りして、自業自得という感想に取って代わった。
「あら、そうでしたかしら」
「ローラ殿!」
「わかりましたわよ。どのみち、その子の為に魔法具を造るには、いくつか試作しないといけませんもの」
ローラ嬢が考え込むようにそういうと、オリヴァーさんが首を傾げた。
「そうなのか?」
「ええ。このベルトの持ち主と違って、一つだけ、というわけでもありませんし。そう、六つ……いえ、七つはありますかしら」
そこまで分かるのか。
オリヴァーさんの肩越しに俺をねっとりと見るローラ嬢の目つきは、あらゆる意味で畏怖すべきシロモノのようだ。
「召喚魔法は、時空魔法の流れを汲む系統ですもの。扱いが厄介ですのよ。ワタクシの技量をもってしても、容易ではありませんわ。ですから、先にクラウディア様の要件を片付けて、ノウハウを蓄積しませんと」
「やはり、君にとっても召喚魔法や時空魔法は難しいものか」
オリヴァーさんの問いにローラ嬢は、その軽く逞しい肩を軽く竦めた。
「まぁ、時空系統でも、転移魔法は少し手をつけましたのよ。先だっての〈七大の勇者〉による小鬼討伐では、ワタクシの試作品であるプロムベが使われた筈ですもの」
それを聞いた俺は、美穗からもらった魔法具を思い出した。
カーヤを救うことにもなった、転移魔法を込めたプロムベは、このローラ嬢が造ったものだったのだ。
「このワタクシが、わざわざ王都からこちらへ来たのは、一つには魔導職人として閃くものがあったからですの。新たな技量を得る機会があると。このベルトを見られただけでも、それは正しかったと確信致しますわ」
ローラ嬢は、そのごつい手を逞しい胸の前で組み合わせ、せり出した額の奥にある瞳を、いっそうにキラキラと輝かせた。
「そう、ワタクシは、この地において、伝説に残る魔法具を造ることになりますのよ」
「私からも頼む。ぜひ、そうしてくれたまえ」
なんだか、勝手に盛り上がっている感じだが、余計な口を挟むのを俺がさし控えたのは言うまでも無い。
◇◆◇
七万騎からなる〈七大の騎士団〉というのは、世間に流布されたイメージでしかない。
むろん、〈七大の勇者〉を旗頭として編成される、史上に類を見ない大規模な軍勢となるのは事実だが、騎士だけで戦争が出来る筈も無いし、〈七大の勇者〉に一万騎ごとを均等に割り振るのは現実的に難しい。
「〈赤〉と〈青〉を主力として、前衛に〈緑〉、後衛に〈黄〉というところは今まで通りでよかろう」
このアンベルク宮殿にある参謀本部で開かれた作戦会議において、軍務卿たるジークベルト将軍はそう切り出した。
居並ぶ上級武官達も、頷くか賛同の言葉を呟くのみで特に異論は無いようである。
くしくも、地、水、風、火の四大元素に象徴される各々の騎士団に関しては、早々に結論が出た様子だ。
もっとも、これらは純然たる軍の管轄下にあるわけなので、それも当然というべきだろう。
問題は、残りの三つである。
「やはり、〈白〉は伝令という性質上、各部隊に分散すべきと考えますが……」
「あそこの指揮官級は宮廷貴族のどら息子どもですからなぁ。下手をすれば戦功欲しさに四つの騎士団とも振り回される恐れがありますぞ」
そんな会話が交わされ、参謀の肩書きを持つ彼らは一様に苦り切った表情を浮かべた。
魔物に関する意見を求められ、この場に招かれた宮廷召喚術師たる私としては、表だった態度を示すわけにも行かなかったが、その意見には同意せざるを得ない。
あの連中には、この私も幾度かちょっかいを出されたことがある。
口説かれるならまだしも、強引な真似をされたことも数え切れない。
もっとも、忍耐が限界を越えたところで、存分に礼儀作法を思い知らせて以降、そんな輩が近寄ることも無くなったわけだが。
ともかく、旗頭たる〈光輝の勇者〉の能力を遺憾なく発揮すべく、伝令として位置づけられた〈白の騎士団〉だが、現在では〈七大の騎士団〉における上位者集団とされて、そんな王家の血縁者や宮廷貴族が要職を占めるようになっていたのだ。
管轄も軍務卿の手を離れ、国王直属たる親衛騎士団に統合されてしまっていた。
本来であれば、軍務卿の政治的手腕は、そんな状況を許すことなど無かったであろう。
だが、魔物の上位種が頻繁に出現するという、まさに想定外の事態が全てを変えてしまった。
財務卿オットーが入念に算出した額を、桁違いに超えてしまった莫大な軍事費。
これを賄う為、貴族達と交渉した末に〈白の騎士団〉の指揮官人事については妥協せざるを得なかったと聞いている。
「その〈白〉もですが、〈紫〉も悩ましいところですな」
参謀の一人が口にした通り、同様のことは〈紫の騎士団〉についても言えた。
元々は神殿の管轄下にあった〈紫の騎士団〉だが、更なる費用の負担と引き替えに、神殿側は命令系統についての完全なる独立を条件に出したのだ。
そして、軍務卿も苦渋の選択として、それらを呑まざるを得なかった。
最初に編成に取りかかったのが、この二つの騎士団であることを思えば、こうして軍務卿が手離さざるを得ない結果となったのは、皮肉な運命とも言えるだろう。
残る〈黒の騎士団〉に関しては少し事情が異なり、旗頭たる〈冥闇の勇者〉が、直接に国王や宰相に申し出たという経緯がある。
その〈冥闇の勇者〉――タケフミが何を考えていたのかは窺うことすらもできないが、宰相直属となった〈黒の騎士団〉は、どこからも干渉を受けない、完全な独立部隊となったのだ。
もっとも〈黒の騎士団〉について言えば、軍務卿としては、あまり痛手と考えていないようだ。
「もともとが遊撃の位置づけにあったのだ。勝手にやるというのなら、それもよかろう。編成の手間が一つ減ったと思えば良い」
むしろ清々したとでも言うような口調で、軍務卿は〈黒の騎士団〉に関する言葉を口にした。
「ですが、あの闇系統魔法は惜しいところかと愚考致しますが」
「戦いにおいて有効であることは認めよう」
参謀の一人が反論するが、軍務卿は怒る様子も見せず、それどころかあっさりと首肯した。
「だが、人間相手ならばともかく、敵は魔物だ。ふむ、ちょうどよい機会だ。宮廷召喚術師殿、魔物の軍勢に闇系統がどれほど役に立つか、是非とも、ご意見を伺いたい」
この会議で初めて意見を求められた私は、少し考えこんだ。
「闇によって目や耳、鼻を塞がれても、大概の魔物は直感に優れております。影縛りにしても〈冥闇の勇者〉級であればともかく、普通の術者では人間相手がせいぜいでしょう。小鬼ていどならまだしも、猪鬼あたりを押さえつけるのは難しいかと」
「瘴気の類いはどうかな」
「知能ある上位種がいれば、いくらでも無効化できるでしょう。魔物には闇系統の使い手が多いですから」
「逆に、その闇系統魔法を使う魔物に対し、こちらが無効化する局面で役立つということか」
「それだけならば、光属性魔法でも同じです。手段は少ないのですが、対処法が皆無と言うわけでもありません」
軍務卿は事前に打ち合わせた通り、私から言葉を引き出す形で〈黒の騎士団〉が離れた事実が、さしたる痛手では無いことを、その場に居合わせた参謀達に示して見せた。
軍から離反した〈冥闇の勇者〉に対する意趣返しと言う点もあったかもしれないが、これ以上に士気を落とさぬ為に、軍務卿としては他に方法がなかったのだ。
私個人としても、タケフミに悪いと思わないでも無いが、ここは自業自得ということで諦めてもらおう。
「ですが、あの隠形は捨てがたいと思いますが」
「さようですな。魔物の直感すら欺くあれならば、奇襲にはうってつけでしょう」
それでも何人かの参謀が、未だに納得できないという様子で反論を口にする。
「奇襲によってもたらされる動揺や混乱は、人間相手の戦ならではの話だ。敵将を討って降伏する手合いならば、奇襲という手段も考慮しよう。だが、繰り返すが敵は魔物の軍勢だ。しかも、それを何者が率いているか、〈光輝の勇者〉ですら掴んでおらぬ状況となれば、少数による奇襲など、愚かしい兵力の分散にしかならん」
軍務卿は居並ぶ参謀達に、念を押すように言った。
「もう一度言う。敵は魔物の軍勢だ。駆け引きも交渉も不可能で、いわんや降伏などあり得ぬ相手だ。対処法は力で叩き潰すのみ。この事実を決して忘れるでないぞ」
むしろ静かともいえる口調で、淡々と語られる言葉に、全員が「ははっ」と力強く頷いたのだった。
参謀達に伝令と負傷者の治癒に関する課題を与え、本日は散会する旨を宣言した軍務卿の執務室に、私と、そして監史たるセリアが集まったのは、それよりしばらくして後のことだった。
その三人のみということであれば、お茶などの準備は必然的にセリアの担当と言うことになる。
むろん、私とて師匠に仕込まれた腕前を披露したいところだが、なぜかセリアが必死になって止めるので、それは次の機会に譲ることとなった。
「マチアス卿とバルテル卿から、まっとうな味覚と命が惜しくば、くれぐれも……と」
「うむ、よく知らせてくれた」
何事かをヒソヒソと話し合う監史と軍務卿だったが、つい自分の考えに没頭してしまった私の耳には、その会話もろくに入ってこない。
南方の海岸部を治めるポルタバ辺境伯の元には既に知らせが届いている筈で、数日後には兵力をまとめて北上を開始するであろう。
そうして、王都から離れた順に領地を発した諸侯の兵力が、アンベルクの北方にある、広大なバスルの荒野に集結するのがおおよそ十日後。
そこにはアンベルク以外の国々が派遣する軍隊も集結する予定で、拠点となる城塞の着工は、既に〈黄の騎士団〉を中心とした体勢で始まっている。
数日のうちには、前衛となる〈緑の騎士団〉がいち早く布陣し、先ほど聞こえたような気がしたマチアスとバルテルも〈緑の騎士団〉の一翼たる一角獣騎士団と飛龍騎士団に付き従う筈だ。
そうなると、順番から言って、王都に近いブラーシュ男爵の兵力は、王都から出陣する〈赤〉か〈青〉の騎士団に従軍することになる。
これらの順番や予定は、以前より決定済みとのことで、私が今更口出しする余地は無い。
正式な編成はバスルにて、諸侯と協議の上で決定されるわけだが、このままだと百にも満たないブラーシュ騎士団は、なし崩し的に〈赤〉か〈青〉に組み込まれてしまう公算が大きいのだ。
「まぁ、王都からは同時に〈白〉と〈紫〉も出陣するわけだが、既に儂の手を離れておるので、編成にまでは口出しできぬわい」
「あら、そうしますと〈黒〉はどうなりますの? 独立部隊と言えば聞こえは良いのでしょうが、勝手に動かれては、物資の調達なども困るでしょうに」
「それこそ、儂がどうこう言う話でも無い。まぁ、宰相閣下が采配なさるであろう」
そんな会話が軍務卿と監史の間でなされている。
要するに、軍の手を完全に離れた部隊については、補給などの面倒も関知しないというのが、軍務卿が出した条件のようだ。
有限な物資を計画外な動きをする部隊にも回していては、軍事行動そのものが瓦解するという言い分には宰相閣下も反論できなかったようだった。
「逆に言えば、だ。補給を含めて完全に独自で動けるならば、〈七大の騎士団〉とは別途に、独立した軍事行動も良しとする旨を通達で出しておる」
「意味の無い通達ですね。自領にいるならともかく、こんな遠征において、大規模な兵力維持に必要な補給路を確保するなど、軍務卿無しに可能とは思えません」
「小規模な、それこそ、百にも見たぬ軍勢ならなんとかなる筈だ」
「そんな少数で、あの魔物の軍勢に独自に当たるなど、将軍がおっしゃる愚かしい兵力の分散、いえ、自殺行為でしょうに」
「まぁ、よほどの精強な騎士団でも無い限り、無理な話だな」
それらの言葉を聞いた私は、思わず顔を上げ、軍務卿を見つめた。
だが、当の軍務卿は何食わぬ様子で、セリアの淹れた紅茶に、満足そうに口をつけていたのだった。
次回
『第58話 時の魔法具と晩餐会』
10/2 6時更新になります。
それ以降は11月上旬まで未定となる予定(?)です。




