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第56話 聖なる機人

いやもう、一週間ずらした上に時間も遅くなりました。

申し訳ありません。


主人公 → 薬師 の視点となります。

 俺がキロヴォフラート城の、オリヴァーさんの執務室に居座るようになったのは、ひとえにローラ嬢対策の為である。

 あの『おとこの娘』に対しては、装備に潜んだ〈使い魔〉どもも全く歯が立たないのだ。

 僅かでも悪意や害意を向けられたり、物理的に深刻な危害が及ぶ局面ならば話は別だが、溢れんばかりに親愛の情を向ける相手に対しては〈使い魔〉達の反応が鈍いのが理由の一つ。

 加えてガノンの分析によれば、ローラ嬢の逞しい身体はガイナス導師に匹敵するパワーを秘めているようなのだ。

 身につけている装飾品も防御用の魔法具らしく、俺の切り札ともいうべきグロムの突貫すら無効化される可能性もある。

 要するに、Aクラスの冒険者に匹敵する身体能力を秘め、鉄壁とも言うべき防御陣を持つ『おとこの娘』に対して、精神面でも物理面でも今の俺では完全に太刀打ちできないということになる。

 そんなローラ嬢を気迫だけで圧倒するのだから、俺はあらためてオリヴァーさんの凄さに感じ入った次第である。

 そのオリヴァーさんが領主の私的な顧問係だか相談役などという役職に就く羽目になったのは、俺のせいでもあるようだ。

 俺自身にはさっぱり記憶に無いのだが、〈装魔の勇者〉は、この領地に来た途端に色々とやらかしたらしい。

 その後始末をする為もあって、オリヴァーさんは日中はこの執務室に詰めているのだ。


「まぁ、元々が領地の運営に協力するという約束だったからね。君が気に病むことは無いさ」


 と言ってくれるオリヴァーさんには、俺としては返す言葉も無い。

 その態度こそ淡々としているが、この執務室におけるオリヴァーさんの仕事は激務と言って良い。


「しかし、よくまぁ、こんな大雑把な帳簿で監史バーシェの査察をくぐり抜けたものだな。いや、大雑把過ぎて、まともに査察もできないのか」


 山と積まれた書類を見やって、オリヴァーさんは、今日だけでも何度目になるかわからない溜息をついた。

 文官の乏しい、いや、皆無と言っていいブラーシュ男爵領における諸々の事務作業は、本格的に取り組むと際限が無いらしい。


「ともあれ、今までは逆さに振っても何も出てこない貧乏領地だからと大目に見られたかもしれないが、これからはそうもいかないな」


 言わば再開発された形となった城下の状況は、巡回騎士団や隊商の人々から噂が広まっていく筈だ。

 実際には〈装魔の勇者〉がやらかした結果だそうだが、そうと知らなければ、これほどに大規模な整備を行うだけの財産を隠し持っていたと見なされるだろう。俺としてはますます肩身の狭くなる話だ。

 鉱山の所在を隠していたクリスト伯爵や、耕作地の面積を誤魔化していたダンクマール子爵は、〈光輝の勇者〉たる麗香の能力によって、その事実を白日の下にさらされた後、莫大な追徴税を課されたそうだ。

 他の貴族も多かれ少なかれ似たような状況ではあったのだが、この両家はとりわけ悪質だったようで、宮廷と貴族達との駆け引きの結果、一種の見せしめにされたと聞いている。

 もっとも、あの葡萄酒造り職人の娘みたいに、そのしわ寄せは全て庶民の方に回っているのが現実だ。


「王に屈することなく、高貴なる義務の具現者たるを以て独立貴族と呼ばれていたんだが、堕落したものだなぁ」


 とオリヴァーさんも嘆いている。

 そこへいくと、ブラーシュ男爵家は数少ない、本物の独立貴族なのだそうだ。


「いつかだったか百年前の鷲獅子グリフォン討伐について話したけど、それ以降の数十年は動乱の時代でね」


 連合討伐軍を派遣したアンベルク、プレニツァ、ティアネティのほとんどの兵力が失われた為、他の魔物や盗賊が跳梁跋扈した上に、カブルーンを始めとする他の国家も弱体化した隙を狙って侵攻して来たそうだ。

 この時にティアネティという国が滅亡し、避難民が溢れたことで、混乱にいっそうの拍車がかかった。

 ちなみにカーヤの先祖は、そのティアネティ出身なのだそうだが、それはともかく。

 そんな混沌とした時代にあって、鷲獅子グリフォンとの苛烈な闘いにも生き残った精強な騎士団を擁し、アンベルクの秩序維持と守護を担った地方領主こそが、現在のブラーシュ男爵夫人の曾祖父であった。


「そしてアンベルクの復興に目処がたったと見るや、さっさと元の地方領主に納まったんだ」


 だが、当人の考えがどのようなものであったかはともかく、その功績があまりに大きすぎて、王家の地位すら脅かされないほどだと見なされ、爵位は男爵のままに据え置かれたのだという。


「そんな仕打ちに不服を申し立てるでも無く、むしろ民の為に、これ以上の混乱を招かぬならば、それで良しとした節もある。清廉な人だったんだろうね」


 ただし、オリヴァーさんとしては、この点については少し評価を辛くせざるを得ないと言う。


「個人としてならともかく、この振る舞いは領主として、いささか問題があったと思うよ」


 水清ければ魚棲まず、とのことわざもある。

 その高潔とも言える価値観が、領民全員に受け入れられるとは限らないのだ。

 俺達の世界で言えば、企業の社長が社会貢献と称して、利益の大半を慈善団体に寄付するのと一脈通じるところがあるだろうか。

 それ自体は結構なことなのだが、利益を上げても給与や賞与へ一向に反映されないとなれば、家族を養っている社員の中には不満を持つ者もいるだろう。


「忠誠を誓った直属の騎士団はともかく、後方でそれを支えた家臣や商人の中には、相応の見返りを期待した人々もいた筈だ。当時の領主は、そうした期待を絶望的なまでに裏切ったわけだからね。今のブラーシュ領に人材――特に商才に秀でた人間がいないのは、それも遠因の一つだろうさ」


 領主には清濁併せ呑む器量が求められるし、利の無いところに人材は集まらない。


「まぁ、記録を見る限り、当時はそんな領主を支えようとする物好きが多かったようだね。人間的な魅力も相当なものだったんだろう。だが、代替わりした息子は、そんな魅力に欠けていたのかな。この頃からの帳簿がだんだん大雑把になってきているね」


 ぱらぱらと書類をめくりながら、さすがにオリヴァーさんはうんざりしたように言った。


「先代に至っては、かなりの資産を神殿に寄付したようだけど、それらの目録を探すところから始めないといけないからなぁ。人材の引き抜きもそうとうあったようだし、何にせよ、今の状態で査察を受ければ、神殿に寄付した筈の資産にまで課税される羽目になりそうだ」


 免税特権やら何やらを持つ神殿は、寄付された諸々は一括して浄財として扱うので、それら資産の照会をしても、まず、まともな回答はかえってこないそうなのだ。


「ええと、それらの課税って、物品で納めても良いんですか?」


 俺は井戸造りが落ち着いた後に、ドレイグにこっそりと掘り出させ、アイテムボックス代わりの亜空間にどっさり隠した〈クロルの実〉を思い浮かべながら尋ねてみた。

 中央市場マルクトで見かけた粉末の値段から考えれば、あれだけの量だと国家予算なみの値がつくような気がする。

 いや、それ以外にも亜空間〈ビブリオ〉には、神鋼オリハルコンで造られた碑文が残っているわけで、あれを潰して素材とすれば、どれほど莫大な額を請求されようが、何とかなるのではなかろうか。

 だが、そんな俺の考えを見透かしたような表情を浮かべ、オリヴァーさんは首を横に振った。


「単純に払えば済む話なら、君の〈使い魔〉が何とかしてくれるかもしれないな。だけど、今の財務卿は根拠のある数字を求める人物だし、それに明確な根拠も無しに莫大な課税を払ってしまえば、今後はその支払額を基準とされてしまうよ。あまり褒められた話じゃないね」


 つまり、どうしても、三代に渡ってのどんぶり勘定を精査して、きちんと帳簿を造らないといけないと言う事になる。


「でも、いくらオリヴァーさんでも、一人じゃ無理だと思いますけど」

「一人じゃ無いさ。手伝ってくれる人もいるしね」


 そんな会話をしていると、執務室のドアをノックする音がした。

 オリヴァーさんの「どうぞ」という応えと共に姿を現したのは、元騎士にして軍の参謀本部に勤務していたヴェルナー氏だった。

 侍女や脳筋な女騎士しかいない惨状を見かねて、手伝いを申し出てくれたのはいいが、焼け石に水と言うか、それより質が悪いというか。

 そのヴェルナー氏は、分厚い書類の山を抱えていた。


「ええと、こっちは地下室にしまわれていた分で、こっちが新たに耕地を検分した資料です」

「……地下室の分は、それで最後かい?」


 げっそりした表情を隠せなくなったオリヴァーさんに、追い打ちをかけるようにヴェルナー氏は告げた。


「いえ、古びた武器の格納庫と思われていた場所に、別の書庫が見つかりまして。これの十倍は残っているようですね」


 際限が無いとは、これである。

 城内の主立った書庫から様々な書類をかき集め、足りない部分を類推して辻褄を合わせた途端に、とんでもないところから、それを台無しにするような書類が出てくるものだから、最初からやり直しになるのだ。

 城内の書類以外にも、土地の測量や検分をやり直して整合性を確認しないと行けないわけで、ヴェルナー氏が手伝えば手伝うほどオリヴァーさんの仕事が増えていくのだ。


「わかった。残りの仕事は、それを全部運んでからにしよう。ええと、ここには入りきらないだろうから、また、隣の広間に積んでおいてくれ」

「了解しました、相談役殿」

「土地の検分はどうなのかな?」

「さきほど、エッカルト殿から進捗の連絡が届きましたが、なかなか芳しくないようです」


 そう、《暁の翼》の面々も手伝ってくれているのだ。

 冒険者ギルドの男爵領支部――正確には事務員一人だけの出張所で、そちら経由でクエストとして領地の再測量をしてもらっているのだが、地形のせいで耕地が飛び地になっているとかで、これもうまくいっていない。

 おかげで、マルタやカーヤもオリヴァー宅に帰れずにいる。

 俺が一人でローラ嬢の訪問を出迎えざるをえなかった理由の一つがこれだ。


「それと、男爵夫人……クラウディア様の具合について、何か聞いているかな?」

「少し落ち着いているようですが、指導役のノインが言うには、立ち振る舞いには、まだ危ないところがあるようですね」


 この話を初めて聞いたとき、俺は唖然としてしまった。

 なんと、ノインが領主たるブラーシュ男爵夫人に、泊まり込みで立ち振る舞いの指導をしていると言うのだ。

 シャルロッテちゃんも、その手伝いで泊まり込んでいるそうだが、しかし、これって普通は逆じゃなかろうか。


「シャルロッテと違って、元の身体と年齢差がありすぎたのが原因かもしれないが、早いところ、あの身体での力加減を覚えてくれないと、せっかく綺麗に修理したキロヴォフラート城が、また壊れてしまうなぁ」


 オリヴァーさんは、しなやかな指で形の良いあごをかきながら、そんなことを言っているのだが、俺には何のことやらさっぱりだ。

 詳しい経緯は不明ながら、不治の病に冒されていたブラーシュ男爵夫人が、めでたく治癒に至ったとの話は聞いている。

 つか、治らないからこそ不治の病と言う筈だけど、それ自体は結構な話なので敢えて突っ込むまい。

 ただ、その副作用ともいうべき症状で色々と困っているそうで、そこにノインやシャルロッテちゃんが関わる理由は皆目不明だ。

 ブラーシュ男爵夫人自身は、どういうわけか、一刻も早く俺に会って色々と申し述べたいらしいのだが、オリヴァーさんを始めとする周囲がそれを引き留めているようなのだ。


「今のところ、あの二人以外だと、龍種の血を引くブラーシュ騎士ですら近寄るのも命がけだからね」


 ともかく、俺の理解を超えた事情で、ブラーシュ男爵夫人が完治した姿を披露するのは先延ばしになっているようだ。

 そんなわけで、幼女の二人組もオリヴァー宅を留守にしているという次第だ。


「では、相談役の仰せの通り、残りを隣へ運んでしまいます」

「頼むよ」


 ヴェルナー氏が出て行くと、オリヴァーさんは執務席から立ち上がり、「私は少し休むとするよ」と執務室に設けられた仮眠用のベッドへ向かった。

 いや、休むのは構わないんだが、俺の目の前で脱がないでほしい。

 面倒になっているのか、簡略なワンピース以外は下着すらつけない状態なのだ。

 それにしても、見事な裸身をベッドの上に横たえた途端、毛布を被りもせずに寝入ってしまったのだから、相当に疲労がたまっているのだろう。

 俺はヴァルガンを呼び出すと、感覚の共有を遮断した上でオリヴァーさんの世話を命じた。

 ろくに湯浴みもできないオリヴァーさんの全身を濡らした布で拭き清め、肌の手入れ用にドレイグが合成した化粧水や乳液を丁寧に塗りつつ、凝った肩や腰を柔らかく揉みほぐす大鬼もどきに背を向けて、俺は積み上がった書類を眺めやった。

 オリヴァーさんの指導もあって、この世界の文字については、読み書きに不自由は無いが、それだけに、この事務作業が膨大なものだと言うことは見当がつく。

 デザイナー事務所の経営者でもあった母さんの影響で簿記とかを多少聞きかじっているので、全ての書類に目を通し、必要な数字を拾って突き合わせ、足したり引いたりするんだろうなとは見当がつくが、俺にはとても手が出ない作業だ。

 そんな計算を電卓どころか算盤も無しに、紙とペンだけで進めていくのだから、オリヴァーさんの頭脳は超人的と言えるだろう。


「つか、これだけの量の事務なんか、短時間に済ませようと思ったらコンピュータでもないと無理……」


 そう呟きかけて俺はふと思いつき、失礼だとは思ったがオリヴァーさんの執務席に腰を降ろした。

 ちょうど、オリヴァーさんの世話が終わったらしく、ヴァルガンも手元に戻ってきた。


「ガノン、ローグ。ええと、ザガードとドレイグも手を貸せ」


 グロムを除く〈使い魔〉を呼び出すと、ローグの視認能力をガノンに接続した。

 そして、ザガードとドレイグとヴァルガンに、山と積まれた資料を片っ端からめくらせたのだ。

 三つ同時に平行で見ていくことになるが、ローグの視認能力はそれらを個別に、しかも正確な映像情報として捉え、そして、次々とガノンの内部に蓄えられていく。

 言ってみれば高速スキャナーにかけるようなもので、とりわけザガードの動きは素早く、この執務室にあった分はものの十数分で済んでしまった。

 隣の広間に足の踏み場も無いほどに置かれた書類も、同様にして次々と取り込んでいく。

 そうしながら、ガノンの内部では、仮想的に造られた項目別の一覧表に、それらの視覚情報から転記していく作業が進められていた。

 スパコン並みの演算機能を持つガノンにとって、映像資料のデータベース化や、四則演算だけで済む計算処理などは、容易いものであったようだ。

 俺達の世界で三位のGDPを誇る日本の情報流通量、つまり、メディア放送やインターネットでやり取りするデータ量は、一日当たりDVD約三億枚相当だそうだが、それに比べれば、それらの資料や書類の情報量は紙としては膨大でも、データとしてはCD一枚にも満たない程度の分量でしかない。


「ええと、他にもあるような話だったかな」


 俺はドローンコンビを部屋から放ち、当主の私室を除いた、地下室を始めとする城内のあちこちを探索させた。

 城内には侍女や女騎士の寝室、更衣室の類いもあるので、視覚情報に関しては俺自身からカットしたのは言うまでも無い。

 その結果、書類に関してはヴェルナー氏が報告した分で最後だったと確認できた。

 ついでに、書類に記載されていない備蓄や武器の所在も判明したので、それらの情報もデータベースに取り込んでいく。


「おっと、土地の検分もあったんだっけ」


 現地を回るより、上空から測量した方が早い。

 木々に隠れて見えない部分もあるが、そこは高度を下げれば済む話だ。

 そんなドローンコンビによる航空測量を進めていく中、《暁の翼》の連中が検分している現場にも遭遇した。

 遥かな上空にいるローグから、マルタがこちらを見つめている映像が送られてくる。

 さすがはガイナス導師が認める『眼』の持ち主だけあって、こちらの視線に気づいたようだ。

 ともあれ、そんなこんなで、決して広くは無いブラーシュ領の耕作地に関する資料は揃ってしまった。

 手を入れれば耕作に使えそうな土地も見つけたわけだが、そこについては保留扱いにしておく。

 データが揃ったところで、後は新たな帳簿を起こすだけだ。

 オリヴァーさんが作成しつつあった書類を参考に書式を整え、俺はガノンから送られる情報を、器用なヴァルガンに清書させたのだった。



    ◇◆◇



 寝ている間に、仕事をしてくれる妖精の話を聞いたことがあるが、今時は、そんな妖精を召喚できる召喚術師は皆無だろう。

 だが、召喚術師でもある筈のコウイチが、私が休んでいる間に済ませてしまった仕事は、そういうレベルのものでは無かったのだ。


「う~ん、これは財務卿も唸るほどの出来ですねぇ。あの人も、つくづくと判断を誤ったものです」


 ヴェルナー卿は感じ入った様子で手元の書類に見入っている。


「分野や項目ごとに、僅か二、三枚で概要を把握できるレベルでまとめられているし、この『ぐらふ』と言う図なら、数字に明るくない武官でも理解しやすいでしょう。何より、具体的な細かな数字は別資料に整理されて、検算や検証がしやすいところが何とも。私が今も参謀本部にいれば、このような文官は手放すことはいたしませんな」

「私も同じ意見だ。大きな組織を動かすのは、結局は書類と数字だからね」

「あるいは、〈七大の騎士団〉を円滑に動かすには、彼の力を借りる必要があるかもしれませんな。あれは多数の国家が参加する連合軍です。規模と言い、内情の複雑さと言い、いかな数字に関する秀才ぶりを謳われた財務卿と、彼が率いる精鋭揃いの財務局と言えども、簡単に手に負えるとは思えません。平時であればともかく、刻々と状況の変わる戦時においては、後手に回るのは避けられないでしょう」


 そう言いながら、呑気そうに寝入っているコウイチを見るヴェルナー卿の眼は、複雑な感情に揺れているようだった。

 ちなみに、執務席に座ったままで居眠りしている彼を、トゥーラに手伝わせてベッドまで運び、膝枕の体勢を整えたのは私である。

 目を覚ました時の表情が、今から楽しみだ。

 それはともかくとして、そんなヴェルナー卿に、私は釘を刺すことを忘れなかった。


「断っておくが、今更、アンベルク宮廷に彼を引き渡すつもりは無いぞ。卿の上司にも、その旨は伝えておいてほしいな」

「はて? 何のことやら」

「とぼけるなら、それもいいだろう。敢えて問い質すことはしないさ。どのみち、彼の本来の能力は、宮廷とは相容れない筈だ」


 私がそう言うと、ヴェルナー卿は少し黙っていたが、やがて降参したというように両手を挙げた。


「おっしゃるとおり。その御仁の化身アバタルですか、それに対して、アンベルク宮廷は敵として認定しております。国王陛下自らの御決定ですから、軍務卿と言えども何ともなりませんな」

「やれやれ。陛下におかれても困ったものだな」

「ですが、いずれは何らかの形で〈七大の騎士団〉に組み込まれることになりますよ。アンベルクの立場としては挙国動員令も検討されておりますから」

「戦える者は、老若男女の区別無く武器を取れ、というあれか? 総力を上げての防御戦ならともかく、全てを兵力として前線に送り込むなど正気じゃないぞ。補給なんかの後方支援はどうするつもりなんだ」

「そこは〈紫の騎士団〉を始めとする、各国の神殿組織が担当すると聞いています」

「神殿なんかに機動的な行政能力などあるものか。安全な後方で、それこそ縄張り争いを始めるのが関の山だ」


 いつぞやの〈黒の騎士団〉の襲撃を思い出しながら、私は吐き捨てるように言った。

 あのガイナス導師の店は、〈聖祈の勇者〉の親衛隊が修行(?)に出向く場所でもあったのに、そうした情報が共有されていないようであったのだ。

 まぁ、おかげで、というべきか。

 神殿勢力の一角とも言える親衛隊がガイナスに取り込まれてしまえば、それはそれで面白い話になりそうだが。

 それはともかく、神殿と言えば確かめなければならないことが一つあった。

 コウイチが整理し、分類した中で、これだけは詳細不明とされた書類がいくつかあったのだ。

 その一つをヴェルナー卿に差し出しながら、私は尋ねてみた。


「神殿に引き渡した目録にあったものらしいが、男爵夫人も先代から聞いたことが無いらしい。これが何だかわかるかい?」

「どれどれ……ふむ、『機人』ですか? 今まで見聞きしたことがありませんな」

「そうか」


 ノインから、男爵夫人の病はオムー文明に連なるところに遠因があったと聞いている。

 あるいは、この男爵家には、他にもオムー文明の遺産ともいうべきものが伝えられていたのかもしれない。

 何にせよ、これを手に入れた神殿は、目録を改ざんして呼称を変えているだろう。


「いや、安直に『聖なる機人』とでも呼んでいるか。そっちの方がありそうだな」


 膝の上で寝息をたてているコウイチの頭を優しく撫でながら、私は一つの可能性を考えていた。

 特に理由も無く、極めて漠然とした直感に過ぎないものなのだが。

 ノインが言う究極上位種とは別種の、彼が召喚した中で未だに現れようとしない、七番目の化身アバタル

 そのグランボルグと自ら名乗った存在と、『機人』なるそれには、何かしらの関係があるように思えたのだった。

世の中はシルバーウィークなんだそうですが、なに、それ、美味しいの、な状況でして。

10月いっぱいはバタつきそうですね。

なので、次回更新は9/25のつもりですが、これもあくまでも予定です。

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