第55話 使徒の鼓動
時間的に遅くなりまして申し訳ありません。
推敲中に、大幅に書き直したもので(汗)
最近、アクセスできない事象が増えたようですが、これの遅れは無関係です、はい。
主人公 → 宮廷召喚術師 → 主人公 の視点となります。
女のスカートの影に隠れるなど、よちよち歩きの幼児ならばともかく、一人前の男としてはあるまじき行為であろう。
だが、こともあろうに、俺は帰宅したオリヴァーさんの腰にしがみつき、その後ろにガクブルな状態で隠れていたのだから、情けないにもほどがある。
とは言え、それを自覚したのはもう少し後になってからの話で、この時の俺は形の良いお尻の、その弾力ある感触すら念頭に無いほどに恐慌状態に陥っていた。
なので、以降の二人の会話は、ある程度落ち着いた後でガノンが記憶したものを参照したわけだが、それはともかく。
この時、震えている俺の頭を後ろ手で優しく撫でながら、オリヴァーさんは少し憮然としたような声を上げていた。
「私の家族に手を出そうというのなら、君と言えども容赦はせんぞ、ローラ」
「別にそんなつもりは無いわよ。ワタクシの好みは知っているでしょう?」
「筋骨隆々とした逞しい男か、美青年、もしくは美少年――たしか、ガイナスと同じ趣味だったな」
「いっしょにしないでくださるかしら。あちらは、漢同士のアツイ関係を尊ぶ、漢の中の漢。しょせん、心は乙女なワタクシとは住む世界が違うわ」
「私とて君たちの、その、厳密な区分はわきまえているがね。この子にとっては似たようなものだ。可哀想に。こんなに怯えているじゃないか」
「んもう。そんなに怯えなくてもいいじゃないの。その坊やのことをもっとよく知る為に、ちょっと全身を触らせてほしいだけだったんだから」
不本意極まりない様子でそう言うローラなる人物に、オリヴァーさんは呆れたような表情を浮かべたようだった。
「その範囲が『全身』だとすると、『ちょっと』とかいう表現はどうかと思うぞ。それに君の流儀から言えば、『触らせて』というのも、嘘では無いが不十分だろう」
「あら、ついでに五感の全てで確認するだけよ。全身を隈無く見て、触って、嗅いだり舐めたりして、その反応をこの耳で聞くという……」
「君の並外れた技量と、それを支える感性には敬意を表するがね。この子を対象にそんな真似をするなど、とてもじゃないが容認できない」
オリヴァーさんが、きっぱりとそう言うと、逞しい魔導職人は艶やかな紅を塗った唇を不服そうにとがらせた。
「ワタクシが、五感を駆使して調べたい素材なんて、滅多にあるものじゃないのよ。あのカーヤって娘も、なかなかに興味深かったけど、その坊やは、遥かに上を行くわ」
「なるほど。それで、カーヤの分が一足先にできたわけか。ついでに何か仕掛けを加えただろう?」
「仕掛けってほどでもないわよ。あの娘の血脈には隠れた何かがあったから、必要な時に、それを解放できるよう手助けする紋様を仕組んだだけよ」
「ふむ、確かに尻尾の装着位置は魔導点の裏側にあるからな」
「本人が望まなかったり、必要が無ければ発動するものじゃないわ」
「まぁ、それには大いに助けられたところがあるから、一応、礼は言っておこう。だが、それとこれとは別だ。この子を素材扱いするなど、言語道断だ」
そこで、オリヴァーさんは念押しするように言った。
「この子のことを調べたいと言うなら、カーヤや私達に対して行ったように魔法具を使いたまえ」
「あんな道具じゃ、ワタクシの親愛なる情を示せない……」
「何だって?」
「いえ、何でもないわ。そんなに睨まないでちょうだい」
かくして、魔導職人ローラは五感を駆使した調査なるものを断念し、俺はメンタル面での致命傷を負うことを回避したのだった。
ただ、散々にひどいものではあったのだが、この魔導職人との出会いこそが、後から振り返ると、俺が〈装魔の勇者〉たり得る為の、最後のピースとなったことは間違いの無い事実であった。
◇◆◇
その日、宮殿において主立った人々に緊急招集がかけられ、宮廷召喚術師である私もそれに出席することとなった。
既に幾度となく訪れた、宮殿の奥まった一室。
そこに顔を揃えた国王陛下を始めとするアンベルク王国の重鎮達と各関係者の前に立ったのは、ジークベルト将軍と〈光輝の勇者〉たるレイカの二人だった。
「お忙しい中を申し訳無い。会議に先だっての諸々は割愛させて頂くとして、まずはこれを見て頂きたい。〈光輝の勇者〉殿、お願いする」
その将軍の言葉に傍らのレイカが頷くと、壁の一面にある光景が大きく映し出された。
既に馴染みとなりつつある、遠見の魔法による映像だが、いつ見ても凄まじいものである。
彼女の指導の下、〈白の騎士団〉には同様の魔法を扱う者が増えていると聞いているが、これだけの大きさと緻密さを備えた映像は彼女にしか顕すことはできない。
だが、それ以上に私を含む人々が息をのんだのは、その映像の内容だった。
「こ、これは……!?」
「魔物の軍勢?」
そう、そこに映っていたのは、とんでもない数の魔物が蠢いている光景だった。
小鬼や犬鬼など、単体ではさほど脅威と言えない種族が、それを補うかのように徒党を組み、時として大規模な集団となることは知られているが、そこに映っているのは、そうした種族だけではなかったのだ。
「鷲獅子が、こんなにも……」
「こちらのこれは、猪鬼の集団か。しかも全て上位種だと!?」
「それ以外にも、色々いるぞ。これだけ雑多な種が集まれば、相争ってしかるべきだが……なんでこいつらは整然としているんだ」
百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。
千の言葉を費やすよりも、この映像一つだけで緊急招集の主旨は明白に示されたことになる。
「将軍、これの場所はどこだ?」
全員が驚愕する中で、唯一、平然と――少なくとも動揺を表さぬふうで言葉を発したのは国王陛下だった。
「おおよそ、カラクルのあたりかと思われます」
将軍のその応えに、居合わせた人々の表情には僅かばかりの安堵が戻ったようだった。
「カラクルと言えば、アハンガラン山脈の向こうにある荒野ではないか」
「オムーよりも近くはあるが、遥か彼方と言って良い場所だ」
「鷲獅子もいたが、いかな鷲獅子といえども、世界の屋根とも言われる、あのアハンガランの山巓をたやすく越えられるものではないぞ」
それらの声が静まるのを待って、再びジークベルト将軍が声を上げた。
「容易ならぬ事態なれど、一方で我々には若干の猶予がある旨、諸卿には理解いただけたと思う。これへの直接的な対策は言うまでも無く軍部の仕事になるわけだが、備えも必要だし、アンベルク一国だけで対処が可能とも思えぬ。つまり、ここにお集まり頂いたのは、それを話し合う為だ」
そこで、ジークベルト将軍は少し言葉を置き、自分の見解を述べた。
「魔物がこれほどの規模で、しかも整然と集結するなど、普通では考えられぬ。おそらくは〈禍神の使徒〉が関わっているものと思われる」
その意見を否定する者は皆無だった。
むろん、私も同じ思いである。
魔物と一括りに言うが、異界にルーツを持つ彼らに同胞意識は無い。
例え種族が同じであろうとも、異なる血脈の集団同士が出会えば、たいていは争いになるのだ。
(まぁ、それを言えば、人間も同じようなものね。国家間での争いや、家どうしでの、いえ、同じ血を引いても跡目で争うこともあるから、魔物以下ってことになるかしら)
などと、先日に起こったビラーベック侯爵家でのお家騒動を思い出し、つい皮肉めいた思いも浮かんでしまうが、それはともかくとして、この映像に見られる魔物達の、軍隊のように整然とした動きは不自然極まりないものがある。
(ついでに言うと、魔物同士で意思を疎通しているようにも見えないわね。明らかに強力な何かに統率されている動きだわ)
その後の会議は、ジークベルト将軍の主張に沿った形で進み、最終的には〈七大の勇者〉を旗頭とする七万騎の軍勢によって、これに対処する旨でおおよその意見が一致した。
先だっての小鬼討伐では〈禍神の使徒〉に対する予行演習と位置づけられていたそれが、今回は事実上の前哨戦となるわけだ。
七万騎の軍勢を編成する為の準備は進められていたが、その動きは更に加速していくことになるだろう。
周辺国家からも兵力を動員することになり、〈勇者〉を擁することで中心的な役割を担うアンベルクは、国内の兵力を率先して徴収する立場ともなる。
そう、オリヴァー卿が赴いたブラーシュ男爵領も例外では無い。
(どの騎士団に編入されるかは未定だけど……)
いつのまにか縄張りなどという意識を持つようになった〈七大の騎士団〉である。
自然発生的にそうなってしまった為に、これを矯正するには、一度解体してしまうくらいの荒療治が必要だが、そんなことはジークベルト将軍と言えども不可能に近い。
そして、王都に近い事と領土がさほど広くない事を勘案すると、下手をするとブラーシュ男爵領は編入された騎士団の縄張り扱いされることが充分に予想された。
従って、どうせなら、三姉妹の誰かが率いる騎士団に編入された方が、後々の事を考えれば得策であろう。
(とは言え、ミホが率いる〈紫の騎士団〉は神殿関係の入隊条件があるから無理ね。それとレイカの〈白の騎士団〉は、司令塔として大貴族達が入隊枠を占める筈。そうなると後はスズネ……〈緑の騎士団〉か。うん、前衛を任されるあそこなら、精強を謳われた女騎士からなるブラーシュ騎士団が所属しても不自然では無いわ。その線で将軍に進言してみましょう)
結果から言えば、ジークベルト将軍には別の腹案があったわけだが、この時の私は、素人知恵でもってそのように考えたのだった。
◇◆◇
魔導職人であるローラ嬢の本名はフェルゲンハウアーと言うそうだが、それを口にした男が辿った悲惨な運命を聞いた俺は、それを速やかに忘却することにしてガノンにも記録の抹消を命じた。
ちなみに、その男は「そんな忌まわしい名前を呼ぶ口は、こうして塞ぎますわよ」と、あの艶やかな紅の唇でもって……いや、考えたくも無いので、その話はここまでにしよう。
それはともかく、彼女(?)がわざわざ王都からブラーシュ男爵領にまでやってきたのは、いくつかの案件を速やかに片付ける為だった。
オリヴァーさんやマルタに、約束してあった魔法具――それが何なのかは「順番が決まってないし、薬液も足りないから」などという、オリヴァーさんの意味不明な言葉と共に、何故か話を逸らされてしまったが――を引き渡すと、速やかに他の案件に着手した。
その最初の一つが、以前に俺と導師の間で交わされたブランデーの蒸留施設である。
ヴァルガン謹製のブランデーを口にした彼女は、その他の人々同様に、これにはずいぶんと惚れ込んだそうだ。
あの葡萄酒造り職人の娘を、その弟達込みで引き連れて来てしまっていたのだから、恐れ入るというか何と言うか。
まぁ、原料になる葡萄の産地たるダンクマール子爵領には近くなったので、流通の面で言えば都合が良くなったわけではあるのだが。
「ん~、困っていますのよ」
ようやく精神的に立ち直った俺は、空いていた家の一軒を住宅兼工房として借り受ける事となったローラ嬢の元へ、オリヴァーさんの後ろに隠れるようにして赴いた。
本当は気が進まなかったが、ガイナス導師との約束でもあったし、オリヴァーさんが二度と手出しさせない旨を断言してくれたので、渋々と同行した次第である。
ちなみに、ものがものだけにマルタやカーヤも同行したがっていたが、こちらは冒険者ギルドの所要とかで、エッカルトさんに連れて行かれてしまった。
厳密には、エッカルトさんといっしょにいたクララさんの、その凄みを帯びた視線に逆らえなかったようだ。
どういう経緯かはよく分からないが、足が完全に治癒したと言うクララさんは冒険者に復帰したそうで、その手続きの諸々でメンバーを揃える必要があったとのことだ。
この件では、見習いである俺は正式メンバーではないこともあって、そちらの方には行かなくて良いそうだ。
かくして工房の事務所となった部屋で、俺達は派手な色合いの作業服に身を包んだローラ嬢が訴える悩みを聞くこととなる。
「それで、何が問題なのかね」
俺に向けた、ねっとりとしたローラ嬢の視線を遮るような位置に立ったオリヴァーさんが、さっさと話を進めるべく口を開いた。
ローラ嬢は不服そうに何事かを口の中で呟いたようだが、すぐに表情を引き締めると、蒸留施設に関する問題点について話し始めた。
「問題は水なのよ。これに限った話じゃないけど、それなりの規模の生産施設には大量の水が必要ですの」
「魔法具で何とかならないのかい?」
「家庭生活をまかなう程度ならともかく、これだけの量を継続的に魔法で補うには中級魔道師がダース単位で必要ね。現実的とは言えませんわ」
「近くの河から引いてくればどうかな」
「今の町並みを壊して水路を造りますの? 止めやしませんけど、少し勿体ないですわね」
「では、施設を河の近くに造るのではどうだ? 王都近くの工房もそんな場所にあった筈だが」
「そもそも、この領地を流れる河って水量が少ないんですの。生活用水を賄うのが精一杯と見ましたわ」
「確かに、この城下は元々水不足気味だったな」
二人が考え込んでいる中、俺は恐る恐る口を挟んだ。
「ええと、河から引くのが難しいんだったら、井戸を掘ったらどうでしょう?」
「水脈を探し当てるのは、魔道師でも難しいんだよ。同じ陰属性だからかな。水の魔法と地の魔法を兼ね備えた魔道師でも、地中深くとなると区別がつかなくなるようなんだ」
オリヴァーさんが溜息交じりに言う。
確かに魔道師と言えども、ベースとなっているのが人間の感覚となると難しいのかもしれない。
「それに、その手の魔道師どころか、井戸掘り職人を含めた技術者も、ほとんど〈黄の騎士団〉に取られてますもの。ほら、鷲馬を根絶するのと平行して、辺境の再開発を優先しているでしょ。だから、王都の近くってことが逆に災いして、ブラーシュ領まではなかなか回ってきませんのよ」
ローラ嬢もそう言って、逞しい肩を軽く竦めて見せた。
たしか、そんな話をエレオノーラさんから聞いたことがあるな。
何にせよ、辺境を優先するのは悪い話では無いが、だからといって水不足で困っている人々を放置すると言うのも何だかなぁとは思う。
もっとも、人的資源が有限である以上、どこかが割を食うのは仕方が無い話かも知れない。
俺としては一刻も早くローラ嬢の居場所から離れたかったので、この問題をさっさと片付ける事にした。
「グロム、ドレイグ」
角鮫もどきを装備に潜ませ、周囲の水脈を探させる一方で、雑草もどきを近くの窓から放った。
さほど時をおかずに、グロムがすぐ近くにあった水脈を探し当てた。
このブラーシュ領は海抜やら地質の関係で、山脈からの水が河へ流れずに、地下水となる傾向があるのか、あちこちに豊富な地下水脈があるようだ。
さほど離れていないところに、空き地となっている土地があったので、俺はドレイグに対して、そこから地下水脈までを掘削するように命じた。
さすがは植物系の魔物だけあって、ドレイグは固い地盤をものともせず、太い触手でもって貫いた。
そして、その触手を引き抜いた場所から、水が噴き出してくる。
「これはまた……」
これを見たオリヴァーさんが呆れたような声を出し、そして、ローラ嬢は……。
俺は機先を制して、咄嗟に頼もしい守護者の、そのスカートの陰に隠れた。
ここまでくると、情けないなどという意識は皆無だ。
つか、冒険者たるもの、名誉や誇り、尊厳などは二の次で、まずは生き残る事を優先させなければならない。
以前に先達であるマルタから身を以て教えられた事を、俺はそのまま実践することに決めたのだ。
抱きつこうとした体勢のまま、ローラ嬢が不満そうにしたが、敢えて知らないふりをする。
さすがにオリヴァーさんも苦笑した様子だが、その手は優しく俺の頭を撫でるだけであった。
「ふむ。少し違うかもしれないが、こうやって積極的に距離を詰めるようになってくれたのは嬉しい誤算かな」
そんな事を呟いたようでもあるが、半ば条件反射的に見ざる聞かざるな状態になっている俺は、その意味を理解する事無く聞き流していた。
「ともあれ、これで、君の懸念事項は片付くわけだな」
「そうね。できれば、二、三カ所、ワタクシの指定する場所を同様に掘ってくださると助かりますわ」
ローラ嬢が「掘って」などと口にするとひどい悪寒がしそうだが、これも今の俺の意識には届かない。
精神的には立ち直ったものの、完全に復調するまでは、もう少しかかりそうな感じだった。
この後、ローラ嬢の指示に従ったところ以外に、オリヴァーさんとトゥーラ騎士団長が話し合って決めた場所に井戸を掘ることとなった。
その時に、クロルの実をいくつか見つけたわけだが、これを掘り出すのは後回しにしたことは言うまでも無い。
このクロルの実に含まれるいくつかの成分はドレイグも合成できるようだが、合成不可能のものもあるし、やはり品質は天然ものにはかなわないようなので、これも内緒にしている次第だ。
次回
『56話 聖なる機人』
一応、9/11更新の見込みですが、
諸々とありまして、あくまでも予定とさせて下さい。
→ えーと、やはり、次回更新を9/18に訂正させて頂きます。
まことに申し訳ありません。




