第54話 新たなる出会い
時間的に遅くなりました。
主人公 → 薬師 → 主人公の視点です。
獣人だか何だかよく分からないが、妙にリアルなケモミミ姿のカーヤは、猪鬼達を圧倒していた。
むろん、パワーは圧倒的に猪鬼の方が上の筈だが、それも彼女を捕らえられればの話だ。
猪鬼達は、カーヤを捕まえようと文字通りに猪突猛進するのだが、一向に捕まえられないでいる。
カーヤの尋常では無いスピードもその一因であろうが、どちらかというと猪鬼達の動きが性急に過ぎているのが大きな要因であるようだ。
元々が雌に対して見境の無い魔物ではあるのだが、それにしても、この時の猪鬼達は度が過ぎていた。
ともあれ、彼女はそんな魔物達の間を縦横無尽に駆け巡り、手にある獰猛な爪でもって猪鬼の頚部を軽々と引き裂いていく。
上位猪鬼であっても事情は同じようで、カーヤに対しては、逆にその巨躯を持て余しているかのように見受けられる。
ただし、さすがに上位種だけあって、その身体を覆う毛皮は通常の猪鬼とは比較にならぬほどの剛性を持っており、カーヤの爪による斬撃も通用しないようだ。
言うまでも無いことだが、ドレイグ・フォームとなった俺は、そうした光景をサーモグラフィーのような映像で見ている。
ただ、この頃にはそんな映像に対して、一種の脳内補完でもって、それなりの視覚情報として受け取れるようになっていた。
そんな芸当が可能となる程度には、この六番目の化身に馴染んできたというところだろう。
ともあれ、カーヤが魔物達を引き受けている間に、こちらは因子の除去を済ませなければならない。
さいわいにして、と言うべきか、魔物達はカーヤの方に完全に気を取られているようで、こちらの方を一顧だにする気配も無い。
手順になれてきたこともあって、因子の除去が四割ほど進み、それを圧縮封印した貯蔵組織を種子のような形態に変えて、〈ビブリオ〉に設定した陣に転送する作業が六回目を数えた頃。
通常の猪鬼達はカーヤによって全て斃されていた。
しかし、数匹の上位種は未だ健在であり、カーヤの方もさすがに動きに精彩を欠いてきたようだった。
そしてついに、カーヤが一際大きな上位猪鬼に捕らえられた。
その上位猪鬼の眼は、劣情のあまりに血走っており、その口元からは涎が泡を吹いている。
なんとなく、いつにも無く興奮しているような印象があるわけだが、それはともかくとして、こうなると、こちらとしても切り札を使わざるを得ない。
「ノイン、さっき頼んだやつを」
「うむ。今の貴様ならば、大丈夫じゃな」
俺の思惟を受け取り、ノインが万一の事態に備えていた時空魔法を発動する。
と同時に、周囲の動きがゆっくりしたものになっていく。
除去作業の手順に慣れ、ミスの可能性が極めて低くなったところから、時間を巻き戻すのでは無く、逆に俺の時間を早める方向での行使を相談した結果である。
これも一回しか使えない上に絶対時間で言えば六秒程度なので、使いどころを見極めていたのだ。
その加速された時間の中から見ると、カーヤと彼女を捕らえた上位猪鬼、そしてそれ以外の全ても静止しているように見える。
「ノイン・ザ・ワールドってとこか」
他の人間には少しわかりにくい事を呟いてみたが、時間加速の対象が俺限定だからか、魔法を行使した聖双角も同様に静止しているので、比喩としては不適切だったかもしれない。
その静止した時間の中で、俺は更に因子の除去を進めていく。
そうしていくと、ある厄介な事実に気がついた。
俺が除去している魔法的因子は、同時にブラーシュ男爵夫人を構成していた要素でもある。
つまり、これを全て除去すると、ブラーシュ男爵夫人の身体を維持する事ができなくなってしまうのだ。
「ん~、やむを得ないか」
こうなれば、全体を縮小して再構築するしかない。
ただし、それに必要な設計情報は、現状一つだけだ。
と言う事は、シャルロッテちゃんに続いて、また一人、魔改造幼女が誕生する事になる。
もっとも、シャルロッテちゃんとブラーシュ男爵夫人では事情が大いに異なるわけで、他に手は無いとしても少し考え込んでしまうところだ。
「ええと、この人、たしか実年齢では二十代後半だったよな」
女性に対して失礼な話で、オリヴァーさんにも叱られたところだが、ザガードとガノンの解析によって俺はその事実を知ってしまっている。
魔改造幼女――この呼称が妥当かどうかはさておき――は時空魔法によって成長した姿を取る事も可能だ。
なので、成長した姿で固定するという手もあるのだが、それでも上限は十代後半となる。
若返ること自体は望ましい話だと思うのだが、仮にもブラーシュ領当主がそうなって、問題は無いものだろうか。
「まぁ、いいか。これも、オリヴァーさんに相談だな」
愚者の考え休むに似たり、である。
後のあれこれは賢者に知恵を借りるとして、俺は作業を進める事にした。
そして、全てが終わった数瞬の後。
ノインの時空魔法による加速も終了し、世界が動き出した。
同時に、魔物達も動き出したわけだが、枷の無くなったドレイグ・フォームにとって、上位猪鬼などはまともに闘うにも値しない相手である。
俺の放った触手が全ての上位猪鬼達の毛皮をあっさりと貫き、内部を破壊して息の根を止めた。
毒を使うまでも無く、ほぼ瞬殺してしまったわけだ。
「やれやれ、妾のぶんくらいは残しておいてくれても良かろうに」
背後の聖双角から、そんな愚痴が聞こえてくるが、それどころでは無い。
四肢の自由を取り戻した獣人が、まさに肉食獣のような目つきで俺を見ているではないか。
「ふふふ。約束を覚えていますかニャ?」
「そうじゃな。貴様、自分にできることなら、何でもすると約束しておったな」
そう言えば、そんな約束をしたっけかな。
植物は、光や水、重力、温度、接触刺激と並び、ある種の化学物質を感じ取れるわけだが、ドレイグ・フォームのそれによれば、カーヤが俺に向けて放っているのは、どうやらフェロモンの一種のようだ。
それも、妖鳥とか妖蛇などが持つ、魅了の魔法に匹敵するレベルのものが感じられた。
生身の状態なら、いや、他の動物体の化身であっても、劣情に目が眩んでしまったかもしれない。
たぶん、猪鬼達の動きが妙に鈍いように見えたのも、これにやられたせいだろう。
つか、それなりの効果はあったようだが、上位猪鬼に対しては両刃の剣となった感がある。
だが植物体であり、一種の両性具有とでも言うべき側面を持つドレイグ・フォームに、そうした攻撃(?)は通用しない。
確かに約束はしたわけだが、前提条件はあくまでも俺にできること、だ。
そしてカーヤの要求は、俺の能力的な部分はさておき、倫理的なところでその条件を満たさないような気がする。
状況的なこともあったわけだし、要盟守るべからず、とまでは言わないが、期限に関しては約束に含まれていなかった事でもある。
ここは先送りして、履行については内容を含めてあらためて話し合うべきだろう。
と言うわけで、おれはためらうことなく、カーヤが具体的な要求を口にする前に、その首元に触手を伸ばし、麻酔でもって眠らせると同時に、彼女の体内に残っていた神酒の成分を吸収したのであった。
ノインが溜息をついたような気もするが、俺は気にしない事にした。
◇◆◇
魔物が出没するこの世界にあって、人々が街から街へ移動するなどは、たやすくできるものでは無い。
武力を所持する貴族や、自腹で護衛を雇える富裕階級はともかく、一般的な庶民にとっての移動方法は、巡回を行う騎士団について行く大規模な隊商に参加するのが常である。
私達の場合は、定期的に行われる騎士団の巡回を待つ余裕が無いと思えたことと、〈暁の翼〉と言う頼もしい護衛を得られた為に、少人数での移動を決行した次第なのだ。
ともあれ、産業が少なく、決して豊かとは言えないブラーシュ領は、騎士団にとっての巡回経路としてはともかく、隊商に属する商人にとっては、単なる通過点の一つに過ぎなかった。
まぁ、王都に近い位置ながら、内実は辺境の寒村とさして変わらぬとあれば、ここを目的地とするごく少数の者以外には、街道の途上で野営するのと同等と見なされるのも無理からぬ話である。
同様な事情で、冒険者ギルド以外のギルドもこの領地には支部を置いていないわけだが、この日、ブラーシュ領を訪れることととなった人々は、その認識をあらためる必要に迫られたようだった。
「ずいぶんと……その、見違えるようになったものですな」
巡回の騎士団――構成人員の規模から、それを率いるのは百騎士長ということになるわけだが、その百騎士長を始めとした騎士達が唖然としている様子に、彼らを出迎えたブラーシュ騎士団の長であるトゥーラは苦笑と困惑の入り交じった表情で応えていた。
「ええ、まぁ、その、少し前に整備しましたもので……」
まさか、突如として現れた五本角の巨大な鬼が、その前に出現した植物系の魔物が壊しまくったあれこれを瞬く間に新築同然に建て直したばかりでなく、新たな建物を増やし石畳の道路を整備した挙げ句に、キロヴォフラート城下の一帯を、王都の一等地もかくやと思わせるほどに作り替えたなどとは説明もしづらいだろう。
我が家の家事を見事にこなしていた五本角だが、〈装魔の勇者〉としての、ノインが言うところの化身ともなると、その『家事能力』も桁違いになることが証明されたわけだ。
唖然としていた百騎士長だが、トゥーラの傍らに立っていた私に気づいた様子で「こちらは?」と尋ねてきた。
「初めてお目に掛かります。ブラーシュ男爵夫人の、その、顧問係というか、相談役として取り立てられましたオリヴァーと申します」
じつに曖昧というか、いい加減な役職を名乗りつつ、私も挨拶する。
今のブラーシュ男爵夫人に領地運営への参画を請われては、拒否できないのが私の立場でもある。
色々と話し合った末に今の役職に納まったのは、固定的な地位に就くのを回避する為の苦肉の策だ。
「ええと、お疲れのことと思います。宿舎にご案内致しますので、こちらへ……」
新たに建てられた大きな館を指し示しながら、トゥーラが更に表情の選択に困った様子になった。
それを見て取ったらしい百騎士長が、気遣うように言った。
「その、何か、ご迷惑なことがおありでしたら、我々は野宿でも構いませんが」
これだけの整備を行うには莫大な費用がかかる。
決して豊かとは言えないブラーシュ領であってみれば、外見こそ整えたものの内装までは手が回らず、案内に従うことで相手に恥をかかせてしまうのではないか。
この百騎士長は、そう考えたのだろう。
アンベルクの騎士には珍しく、細やかな心配りのできる男のようだ。
だが、トゥーラは頭を振って、それを否定した。
「いえ、迷惑などととんでもない。ええと、我々としても整理がつかないと言うか……」
そんなトゥーラに案内され、厩に馬を繋いだ後に、宿舎とされる館に入った百騎士長を始めとする巡回騎士達は、今度こそ目を剥いて絶句した。
「こ、これは……」
「まさか、マギ樹?」
「マギ樹だけで創られた館なんて、俺、初めて、見たよ」
不燃性や木目の美しさ、鉄をも凌ぐ頑丈さとそれと反するような優しい手触りで、木造製品における高級素材とされるマギ樹は、その生育地がかなりの高度にある険しい山嶺地帯であることや、とてつもない重量や加工のしにくさで、人里への搬出が至難を極める希少品でもある。
一般には高級家具や装飾の一部にしか使われない素材であるマギ樹を、まるごと建築物の材料とするのは、それに要する費用を考えないように努めても、異常としか言いようが無いだろう。
軽々と、そして次から次へとマギ樹の巨木を運んで来た五本角に対し、キロヴォフラート城下の人々が見せた怯えの表情は、五本角に対してのものか、非常識なまでに積み上がっていくマギ樹に対してのものかは判然としないものがあった。
だが、騎士達を驚かせたのは、それだけではなかった。
「ひぃいい」
「な、なんだよ、これ!?」
「き、金尾狐の毛皮が……し、敷物になってる?」
「こ、こっちは、黒曜貂の毛皮だと?」
「は、入れねぇよ。俺、こんな部屋、入れねぇよ。どこ踏めば良いんだよ」
そう、巨大な剣牙を持つ白銀色の獣人が、ブラーシュ領の山奥からどっさりと持ってきたのが、これらの毛皮である。
この頃には、キロヴォフラート城下の人々には諦めの表情が浮かんでいた。
「そ、その、トゥーラ殿。た、大変失礼かとは思いますが、案内先をお間違えではありませぬかな。我々はただの巡回騎士団でありまして。こ、このような貴賓用の館で歓待頂けるほどの身では……」
さすがに蒼くなった百騎士長が、狼狽した口調でそう言うと、トゥーラは心底申し訳なさそうな様子で応えた。
「この城下における建物は、全てこの有様でして。お気に召さぬとあらば、それこそ野宿して頂くしかありません」
「なんと……」
「ですが、王都からの巡回騎士殿を城下にて野営させたなどと知れれば、我が主が王国での笑いものとなります。色々と思うところはありましょうが、なにとぞ、堪えていただけませんでしょうか」
こうなると、私としてもフォローすべきだろう。
「敷物を気にしているようですが、こんなものは、多少は肌触りの良い、ただの毛皮です。この通り、踏みつけて使うものですので、汚しても構いませんよ」
そう言いつつ、土足でもって、一つの部屋にあった敷物を踏みつけてみせる。
騎士達が声も無い悲鳴を上げたようだが、私は特に気にも止めずに話を続けた。
「ただ、どうしてもお気に召さぬとあらば、お手数ですが、切り裂いて引き剥がして頂けますでしょうか。申し訳ありませんが、こちらとしても、それに人手を割くわけにも参らぬ状況でして。その代わりに、引き剥がしたものはお持ち帰りになって結構です」
実を言えば、このやり過ぎな造りのせいで、ブラーシュ騎士団を始めとするキロヴォフラート城下の人々は、心の安寧を図る為に、建て直された(?)自分の家の敷物に取り組んでいる真っ最中である。
さすがに王都からの客人たる巡回騎士達であっても、その宿舎のグレードを下げる世話までは手が回らないのが実情なのだ。
私個人としては、先ほども言った通り、こんなものは使ってこその品だという認識なので、気にする方がおかしいという思いもある。
まぁ、毛皮に関してはかなり余っている状況でもあるし、持ち去ってくれれば、それはそれでありがたいわけだ。
私はトゥーラを促し、絶望と困惑の表情を浮かべた百騎士長以下に軽く頭を下げ、「ごゆっくり」と――それが可能か否かはまでは責任が持てないが――辞去の礼を口にして、その宿舎を後にした。
まぁ、少し落ち着かないだろうが、後ほど夕食とともにブランデーを差し入れる予定なので、それを呑めば眠れないと言うことは無いはずだった。
キロヴォフラート城までの、整備された石畳の道路を共に歩きつつ、未だに整理がつかないと言った風情でトゥーラが口を開いた。
「いや、実になんと言うか――」
「はっきり、迷惑と言ってくれて構わんよ。私自身、一般常識とズレている自覚はあるんだが、コウイチはその上を行くところがあるからね。ただ、あの子は異世界からの降臨者なので、そのあたりを汲んでくれればありがたい」
「迷惑などと、とんでもない。それどころか、クラウディア様を癒してくれた恩に対しては、我らだけで返しきれるものでは無いと思っている」
「しかし、他に方法が無かったとは言え、あんな年齢の外見にされて困ったのではないかな」
「正直、クラウディア様のお姿に驚いたのは事実だ。だが、あの方は本来あるべき姿を奪われて成長された。それを取り戻し、やり直せるということになるのだから、むしろあれで良かったのだと思う」
「ふむ」
「それに、知っての通りの事情で、クラウディア様は公に姿を現すことはなかったのだ。それに十代後半のお姿ならば、背丈などはさして変わらぬゆえ、王都からの使いに会う時には、今まで通りにベールなどで装えば、特に問題は無い筈だ」
「なるほど」
だが、そうなると実際の外見年齢がある程度追いつくまで、ノインにしか行使できない時空魔法が欠かせなくなると言うことになる。
その時空魔法についてだが、ノインの肩代わりをする方策に関しては目処がついているのだ。
ただし、本来は禁忌とされている魔法でもあるので、そこは何とか考えねばならないだろう。
その懸念については後回しにするとして、私はもう一つの懸念事項を口にした。
「あー、それで、だな」
「コウイチと言う若者についてか」
「トゥーラ卿はどう思われる? あの……異形の姿だが」
「ああ。私自身は無論だが、クラウディア様も嫌悪されるご様子では無い。それを言えば、クラウディア様にとって、彼の変身した姿――化身と言うのか。あれについては、どれも美しいとおっしゃっておられる」
「ふむ。その点は私も同意見だ」
「実を言えば、私を含め、龍種の末裔とされるブラーシュ騎士団の全員も意見を同じくしている。だが、その家族はな」
「龍種の顕現が無い、男親や兄弟、もしくは、夫は見解が異なると?」
「そうだ。それゆえ、あれら化身の正体については、騎士団の中でも信用のおけるごく一部の者しか知らぬ。自分で言うのも何だが、女は口の軽いところがあるゆえな」
「そうか」
私はそこで、その話題を打ち切った。
異形ともいうべき化身に対し、ブラーシュ騎士団が敵対しないと分かれば充分である。
彼女達が、その化身を美しいと感じていると言うのは望外の喜びと言えよう。
だが、本体であるコウイチに対する評価までは、わざわざ聞く必要を感じなかったのだ。
「私はこれで失礼しよう。今日到着した隊商の中に、私の客がいるのでね」
「そうか。クラウディア様にはそう伝えておこう」
こうして、キロヴォフラート城へ向かうトゥーラと別れ、私は自宅へと割り当てられた家への帰路を歩み始めた。
◇◆◇
「あなたがコウイチね。ガイナスから噂は聞いているわ」
「はぁ、よろしくです」
例によって記憶が飛び、事情は分からないながらも、オリヴァーさんから謹慎を言い渡され、一人で自宅にいた俺は、この突然の来客を単独で迎えることになった。
むろん、本当に俺一人ならお茶も出せないところだが、俺にはヴァルガンと言う強い味方がいる。
厨房で密かに大鬼もどきが淹れたお茶と、やはり大鬼もどきの手によるお菓子を乗せた盆を客間に運ぶくらいは何と言うことも無い。
「どうぞ」
「ありがとう」
美しく着飾ったその人は、上品な仕草で摘まむように紅茶のカップを持ち上げ、その香りを楽しむ風情を見せた。
「まぁ、この茶葉でこの香りを引き出すなんて。あなた、相当な才能があるわね」
「いえ、それほどでも」
「謙遜するのは良いけれど、正当な評価は自信を持って受け入れるべきよ」
紅を塗った艶やかな唇が、困ったような微かな笑みを浮かべたようだ。
そして、その口元に紅茶のカップがつけられた。
途端に、アイシャドウのようなものが塗られた目元が大きく見開かれる。
「香りもそうだけど、味も素晴らしいわ」
「えーと、その、ありがとうございます」
俺への「正当な評価」では無いのだが、この人に逆らってはいけないと言う、俺の中で金切り声を上げる警告に従い、曖昧に笑って頷いて見せる。
すると、その人はゆっくりと周囲を見回した。
「うん、この家の造りも素敵ね。あまり見慣れない感性だと思うけど……ああ、そう言えば、あなた異世界からの降臨者だったのよね」
そこまで踏み込んだ内容を伝えられているのか。
つまり、この人に対する導師の信任が、それだけアツイ、いや、厚いのものだということだろう。
記憶に無いのでピンと来ないのだが、ノインの言うところによると、この家を建てたのは〈装魔の勇者〉としての力を振るった俺らしいのだ。
どうにも、詳細が不明なのだが、俺の〈使い魔〉同様に、俺の勇者としての資質も斜め上な方向にあるようだ。
そんな事情なので、おれの記憶だかなんだかが影響している可能性もある。
この家の造りは、言われてみれば、インテリアデザイナーである母さんが好みそうなデザインかもしれない。
「素晴らしいわ。まーべらすよ。そう、あなたには、ワタクシの感性をひどく刺激するものがあるわ」
「え、そ、そうなんですか」
俺は思わず腰を浮かせ、いつでも逃げ出せるように身構えた。
「ええ、この値段の付けられないほどレベルの高い金尾狐の毛皮を、こともあろうに敷物に。普通じゃ、ちょっと考えられない。もぉ、素敵すぎて声も出ないわ」
いえ、先ほどから、豊かなバスが響いてます。
この美しく着飾り、艶やかな口紅に鮮やかなアイシャドウを塗った人は、上品な仕草ながらも、だんだんにテンションを上げてきたように見受けられた。
その褐色の肌に覆われた逞しい二の腕に力こぶが盛り上がったのを始めとして、全身の筋肉が興奮のあまりふくれあがったようでもある。
某世紀末救世主のように、衣服がはじけ飛ぶんじゃないかと思ったくらいだ。
剃り跡も青々とした顎は見事に二つに割れ、額のせり出した眼窩の奥で、潤んだような瞳が、まっすぐに俺を見据えている。
緊迫した時間が数瞬あった後。
その人の理性と感情の均衡は、一気に崩れ去ったようだった。
「あなたの全てを確かめさせてぇ」
「どっしぇええええ」
ガイナス導師の親友にして、アンベルク屈指の魔導職人は、導師にひけを取らぬほどに筋骨逞しいオカマだった。
そして、彼だか彼女だかに襲われそうになった俺は、情けない悲鳴と共に逃げだしたのだった。
六番目の化身が一番長く引っ張ることになりました。
次回
『第55話 使徒の鼓動』
9/4 6時更新
→ 時刻を変更します。本当にすいません。




