第52話 実装試験体十二号
オペミスで更新時間が(汗)
ええと、主人公→薬師→主人公の視点です。
動物と植物との違いとは何だろうか。
むろん、その問いにはいくつかの回答があるわけだが、盛んに動き回るかどうかという点もその一つになる。
動物とは文字通りに動くモノであり、植物はそうでは無いと言うわけだが、何事にも例外はあるものだ。
俺達の世界における植物で運動するものといえば、触ると葉が閉じるオジギソウとか、食虫植物のハエトリソウなどが真っ先に挙げられるだろう。
それ以外にも、夜は葉を閉じて昼になると葉を開く、いわゆる開葉運動を行う種もいるわけで、この辺りは実は未だに分かっていないところもあるそうだ。
もっと端的な例を挙げるならば、近年になって色々な方面で研究が進んでいるミドリムシが該当する。
単細胞生物なので分類が難しいところだが、あれはユーグレナ植物門という、立派(?)な植物扱いなのである。
俺達の世界であってもそうなのだから、魔法や魔物が存在するこの世界にあって、動き回る植物が存在しても不思議では無い。
「とは言え、ここまでだとは思わなかったな。つか、こいつが一番アグレッシブなんじゃねぇか?」
俺は半分自棄になって独りごちた。
いや、回りくどい屁理屈を並べた現実逃避はやめよう。
一言でいえば、〈装魔の勇者〉は、ただ今絶賛暴走中ということになる。
いや、それでも最初のうちは何とかなっていたのだ。
ノインから言われるままにベルトを装着した途端に、俺はロストしていた記憶やら何やらを取り戻した。
どうやらこのベルトは、実装試験体の為に創られた、補助用の魔法具であるようだ。
ただ、聖双角の単一特化型実装試験体であるノインのこれだと、俺がそのまま使うには問題がある。
使えなくは無いのだが、神酒と同様に化身によって向き不向きがあるようなのだ。
ともあれ、ノインに押さえつけられ、目隠しされたシャルロッテちゃんの前で、俺はそのまま、もっとも相性の良いと思われるガノン・フォームとなった。
衣服を着けていない彼女達に対しては、ガノン・フォームの「視覚」にモザイク処理させたのは言うまでも無い。
そして、〈使い魔〉として召喚していたザガードの嗅覚や聴覚と、ガノン・フォーム自身のミクロンレベルでの触診や解析能力を駆使してノインとシャルロッテちゃんの人体情報を比較した結果、シャルロッテちゃんは心臓の冠状動脈だかなんだかに問題があることまでは突き止めた。
後はその部分をノインに合わせて修正すれば良い。
方針を定めた俺は、いったんガノンを還すと、あらためて〈使い魔〉として再召喚した。
この召喚にあたっての微調整――魔法陣の向きに関わりなく、召喚対象を化身とするか〈使い魔〉とするかの選択は、補助魔法具であるベルトの最大の特長と言えよう。
そして、オリヴァーさんが「アンベルク王国中の薬師が集まったところで敵わない」「治癒魔法すら凌駕する」と評したドレイグを、初めて化身として召喚したのだった。
だが、ここでひとつの問題があった。
六番目の化身である界樹は、他の連中と著しく異なる植物体である。
それを言えば、ガノンも同様なのだが、あちらは智の深淵たる無殻として、色々とフォローする能力を持ち合わせていたわけだが、生憎と界樹ではそうも行かなかった。
要するに、この時の俺にとって、ドレイグ・フォームは最も扱いづらい化身だったのだ。
そのままシャルロッテちゃんの治癒に取りかかれたのは、〈使い魔〉としておいたガノンのサポートと、この補助魔法具のベルトのおかげでもある。
しかし、なまじ半端に制御できたゆえにこそ、更なる問題を引き起こすことに思い至らなかったのは俺のミスと言えた。
主意識である俺から微妙に距離感のあるドレイグは、繰り返すが植物体である。
そして、植物には心臓などと言うものは無いし、そもそも、組織構造からしてかなりの隔たりがある。
そんな化身を操り、ノインの身体情報を参考とする方針でシャルロッテちゃんの治癒を行えばどうなるか。
このドレイグ・フォームとなった〈装魔の勇者〉は、シャルロッテちゃんを麻酔で眠らせたうえで、ナノマシン並みに微細化した触手を駆使し、参考としたノインに準じて、彼女の身体を言わば魔改造してしまったのだ。
あるいは、結果としては、それでひとつの正解だったかもしれない。
実装試験体であるノインの心臓を、そのまま参考にすると言う方針は、よく考えてみれば問題があった。
比喩として妥当かどうかは分からないが、言ってみれば軽トラックにF1マシンのエンジンを搭載するようなものなのだ。
強力なエンジンを積むためには、ブレーキやシャーシ、タイヤまわりも相応に補強しなければ、とんでもない事態を引き起こす可能性もあるわけだ。
まぁ、倫理的には諸々の問題もあるだろうが、〈聖祈の勇者〉でも癒やせぬ疾患を持つシャルロッテちゃんを救うには、他には方法が無かったと確信している。
つか、他に良い方法があったら教えて欲しいところだ。
ガノンの分析するところでは、シャルロッテちゃんの心臓は、オリヴァーさんの処方薬でかろうじてもっていた段階でもあり、あまり猶予がなかったのも事実だったのだ。
逆に言えば、そんな状態であっても、傍目にはそれと気づかせないほどの効果がある薬を処方できたオリヴァーさんは、やはり天才なのだろう。
とは言え、それだと危険な兆候がわからず、かえって問題だとする意見もあるかもしれない。
だが、シャルロッテちゃんの場合、兆候が見えた時点で手遅れだったわけなので、その指摘は無意味であるといえよう。
かくして、ドレイグ・フォームの治療が終わったシャルロッテちゃんは、細胞レベルで生まれ変わった身体を持つ事になった。
ようするに、ノイン並みの身体を得たと言うことになる。
一部始終を見ていたノインもそれが分かったようで、未だに眠り続けるシャルロッテちゃんを見ながら感嘆していた。
「ふむ、これは凄い。さすがは界樹ということか」
ノイン曰く、さすがに本人が時空魔法を操るところまでは行かないが、ノインが発動すれば、シャルロッテちゃんも生理年齢を変えられるまでになったということだった。
「試しにやって見せよう」
そう言ったノインは、止める間もあらばこそ、自分自身とシャルロッテちゃんの生理年齢を引き上げて見せた。
俺は慌てて、ガノンの『眼』から中継される視覚情報のモザイク処理領域を拡大したわけだが、次の瞬間、溜息をつきそうになった。
いや、大きくなったら美人になるだろうとは思っていたが、俺と同年齢になったシャルロッテちゃんは本当に美人だった。
オリヴァーさんと血の繋がりは無い筈だが、あの母にして、この娘ありと言うべきだろうか。
モザイク処理を施した視覚情報とは言え、美しく成長したシャルロッテちゃんの裸身に、我を忘れて感動してしまったのが――どうも、まずかったようだ。
俺の意識とドレイグのそれが、極めて短い時間だが乖離してしまったのだ。
その瞬間、俺が召喚する時に強く思っていた「疾患を抱えた女性を癒す」という命題に向けて、ドレイグの暴走が始まった。
ノインやシャルロッテちゃん、ガノンやザガードすらも置き去りにして、ドレイグ・フォームは根毛を変化させた触手をうねらせて爆走した。
ガノンをのせたザガードが慌てて後を追いかけてくるのが分かったが、そんなザガードですら容易には追いつけないスピードである。
つか、植物のくせに、この運動性能はなんなのだろうか。
やはり、俺の召喚する連中は、斜め上に凄まじいものがあるようだ。
ちなみに、うねうねとした大量の触手にも関わらず、ノインから嫌悪の情が感じられなかったのは、ドレイグ・フォーム本体の外見によるものだろう。
ガノンの『眼』に映じたそれは、柔らかな緑色をした、中性的な樹木の妖精とでもいうべきフォルムだ。
人型をした足元には大量の触手が生じているわけだが、それらは透明感のあるグラスファイバーにも見えるので、あまり気色が悪いと言う感じはしないようだ。
あるいは、色彩は全く異なるが、青い衣を着て黄金の野に降り立った人のようにも見え無くもないかな。
本体の身長は、俺の化身の中ではもっとも小柄で、久門光一である俺自身とさほど変わらない。
ただし、触手の上に乗っているような今の形状だと、全長五メートルくらいにはなるだろうか。
そんなシロモノが、領主の城に近い森の中から突如として現れたのだから、ブラーシュ領の人々が驚くのも当然だった。
ただちに警護の騎士達が向かってきたが、悉く触手の波に呑まれていく。
そして、ドレイグ・フォームは、騎士団の構成員である彼女達を次々に裸に剥いて、その疾患――古い傷や新しい傷、打ち身、捻挫、それ以外の諸々を無差別に治癒し、ついでに複写合成した「クロルの実」に含まれている成分を注射すると、これまた次々に放り出した。
かくして、全身エステを施されたような、つるつるすべすべな肌も露わとなった女性達を量産しながら、ドレイグ・フォームは暴走を続けた。
たぶん、まともな視覚をもっていたら、眼を覆うような光景だっただろう。
植物体であるドレイグ・フォームは、いわゆる光屈性に準じた視覚器官を備えているものの、直接的なそれはサーモグラフィーのような映像でしか無いのはさいわいだったと言える。
ただ、そうした女性の中に、見覚えのあるシルエットも含まれていたような気もしたのだが、そんな事情なので正確なところはわからない。
何にせよ、補助魔法具のベルトがあってすらドレイグ・フォームの暴走を止められない事態に、俺は(精神的に)頭を抱えてしまった。
◇◆◇
「お母様、大丈夫ですか」
と言いながら成長したシャルロッテが駆け寄って、意外な力強さで抱き起こすまで、私は陶然としていたようだ。
我に返った私は、いつの間にか大きくなった娘に頷きながら言った。
「ああ、大丈夫……どころか、かえって調子がいいな」
凝っていた肩もほぐれ、身体がひどく軽くなったような気もする。
おまけに、この肌理や艶はどうしたことだろうか。
衣服は全て剥ぎ取られたようだが、むしろ、全身の肌艶を見せつけたい衝動にかられてしまうほどだった。
もっとも、見渡せば、私の回りにいる女性達も同様な状況のようだ。
そんな中で、驚きの声を上げているのはクララだった。
「足が……足が治ってる!」
引き締まった裸身のままで、驚きと嬉しさに顔を上気させてぴょんぴょんと飛び跳ねている様子は、日頃の落ち着いた彼女にも、こんな一面があったのかと、意外な発見をした気分だった。
そして、あの透明感のある触手がもたらした恩恵にあずかっているのはクララだけでは無かった。
「あの、一生残るって言われた大きな傷跡が無くなってる!?」
「火傷が……魔法によるものだから、治癒魔法でも治らないって言われたのに……」
「あたしの、毒にやられた痣も、綺麗に消えてるわ!!」
信じがたいといった困惑と、それを上回る歓喜に溢れた声が、騎士団員であろう女性達のそこかしこで爆発していた。
「あーあ、あたしも治されちゃったよ。冒険者のあたしにとっちゃ、言わば勲章だったんだけどねぇ」
例外的に、若干の不満を口にしているのはマルタだった。
確かに、身体のあちこちにあった古傷が、彼女には妙に似合っていたのは事実であったわけだが。
「んで、アレって、やっぱり?」
マルタが半ば確信した様子で言う。
「そのようだな。私も初めて見たが、例の雑草もどきを身に宿した〈装魔の勇者〉だそうだ」
そう頷きながら、私は周囲を見回した。
キロヴォフラート城を含め、その一帯は竜巻にでも見舞われたような、ひどい有様だった。
これだけを見ると、人的被害が皆無と言われても誰も信じないだろう。
まぁ、人的という観点で言えば、被害どころか、その逆であるようなのだが。
「そう言えば、コウイチは……。いや、その前に」
私は傍らにいた金髪巻き毛の娘に、あらためて視線を向けた。
「その、シャルロッテ」
「はい」
「あー、子供は大きくなるのが早いと言うが。それにしても、ちょっと見ない間に、これまたずいぶんと大きくなったものだな」
「お母様。これはノインが時空魔法を使ったせいです」
さすがに我ながら間の抜けたことを言ったものだ。
シャルロッテが呆れたような声でたしなめてきたが、その口調は、確かに私の娘のものだった。
その一方で、溢れんばかりの生命力に輝く様子は、今までの娘とは決定的に異なる点でもあった。
今や、私の処方する薬は、二度と必要無いだろう。
そして、それが何故なのかは問うまでも無い。
ノインが使ったと言う時空魔法の事なども詳しく知りたかったが、その前に、ひとつだけ確認しなければならない事がある。
その返答次第によっては、私も望まない選択を迫られる事となるかもしれない。
「ええと、コウイチのことなんだが……」
「はい。シャルロッテを治してくれました。さすがはお母様が勇者と見込んだ殿方ですね」
そう言って微笑むシャルロッテには、嫌悪感など微塵も感じられない。
「中央市場や、ここに来る途中での姿とは違ってましたけど、コウイチはコウイチでした」
子供というのは、本当に油断ならないものだ。
どうやらシャルロッテも、ずっと前からコウイチの正体に気づいていたようだ。
いや、元々、人を見る『眼』に関しては私を凌ぐものがあったわけで、これは私の方が鈍いと言う事だろう。
何にせよ、〈装魔の勇者〉として、異形の姿を取るコウイチに嫌悪感を示すのでは無いかと言う、私の心配は杞憂だったわけだ。
「ええと、この姿なら、シャルロッテもお母様達といっしょに尻尾をつけられますよね」
「ふむ、それもそうだ……え?」
私は相槌を打ちかけて、さすがに目を剥いた。
そんな私を見て、シャルロッテがクスクスと笑った。
「あの荷物にあった犬とか狐とかのは、マルタお姉ちゃんとお母様のでしょう? 尻尾の件でコウイチが責められたのがわからなかったのですが、カーヤお姉ちゃんの尻尾を見て、ようやく腑に落ちました」
子供は油断ならない上に、しっかりと見ているものだという事実を、私はあらためて痛感した。
しかし、身体が大きく成長したとは言え、どうやらこれは一時的だか、仮初めのものであるようだ。
そんなシャルロッテには、まだ早過ぎると考える程度には、私にも常識の持ち合わせがある。
あるいは、動物の格好をすると言うことで、よく分かっていないのかもしれない。
どう言って思いとどまらせたものかと悩む私は、シャルロッテの次の発言で、再び目を剥くことになった。
「ノインなんか、とっくにコウイチに奪われたとか言ってましたから、私も負けてはいられません」
「な、何だってぇ?」
私は詳しく問いただすべく、ノインを探したが、そう言えば先ほどから彼女の姿が見えない。
「ノインなら、コウイチを追いかけて行きました」
そのシャルロッテの言葉に、私は先ほどから気になっていたもう一つのこと、つまり、暴走状態にあった〈装魔の勇者〉がどこに行ったかについて、シャルロッテに尋ねた。
「それで、コウイチはどこへ行ったのだ?」
「あのお城から、黒い格好をした誰かを抱えて、あっちへ行きました」
黒い格好とは、つまり、ブラーシュ男爵夫人のことだろうか。
どうやらシャルロッテ同様に、生まれつきの疾患を持った彼女を癒すための行動だろうとは思われたが、しかし、わざわざ連れ出したのは何故なのだろうか。
シャルロッテが指さす先にあるのは、険しい山々が連なる方角だった。
「そう言えば、ノインが追いかける時にこう言ってました」
なおもシャルロッテが継ぐ言葉に、私は耳を傾けた。
「よくわかりませんが――実装試験体のツヴェルフとか、何とか……」
◇◆◇
「これは実装試験体の十二号、正確には、その末裔じゃな」
聖双角の化身を召喚したノインが、そんな思念を伝えてきた。
「究極上位種の召喚魔法術式は、その『装備』の持ち主であった、貴様が初代と呼ぶ、あやつによって、ひとつの完成形をみた。つまり、単一の召喚媒体に、どれほどの数を組み込めるかと言う命題は、初代によって具現化されたわけじゃ。じゃが、当時の魔導学者どもは、それと同時に、異なるアプローチも模索しておった。その一つが究極上位種に準ずる存在を、この世界において生み出す手段の開発じゃった」
そう言いながら聖双角が指さす先には、岩の上に横たえられたブラーシュ男爵夫人の姿がある。
麻酔によって昏睡し、全ての衣服を取り去られた彼女は、かろうじて人型をしているものの、およそ人間とは思えない外見の持ち主だった。
ガノンの視覚を通したそれは、一言でいえば、闇色をした棘の塊である。
「龍華と呼ばれたこれは、真龍の血と闇樹を合成した、言ってみれば、龍種を量産する為の試作体じゃ。結果としては失敗に終わったわけじゃが、その因子が残っていたのじゃな。隔世遺伝か何かで、かなり歪んだ形で発現したようじゃ」
つまり、ブラーシュ男爵夫人の疾患への対処は、遺伝子レベルで魔法的に組み込まれてしまった要因を排除しなければならないわけだ。
「妾の見るところ、歪んだ因子によって、あと数ヶ月後に、その御婦人の命は尽きる。だが、ただでは済まぬぞ。その命が尽きた瞬間、彼女の身体に封じられていた因子が、龍毒とでも言うべき瘴気となって飛び散るであろう。そうなれば〈禍神の使徒〉なる輩が出てくる前に、この世界の人々は死に絶えるな」
一つには、その可能性があるので、恐れ多くも男爵夫人の御身を、わざわざ人気の無い山奥まで連れてきたと言うわけだ。
しかし、龍毒なるものは、俺の世界で言えばプルトニウムに匹敵するくらいのシロモノのようだ。
「確実なのは、亜空間〈ビブリオ〉に封じる方法なのじゃが……まぁ、貴様にそんな真似ができよう筈も無いか」
現在の〈ビブリオ〉へ往来できるのは、俺とノインだけだ。
それ以外の生命体は、ビブリオに行くことはできない。
つまり、〈ビブリオ〉に封印すると言う事は、そういう意味になるのだ。
むろん、俺とても、いよいよとなればオリヴァーさん達や義妹達を優先するだろう。
だが、その選択をする前に、やるだけのことはやろうと思った次第なのだ。
ようやく制御を取り戻したドレイグ・フォームの、『毒もて癒す』と謳われた界樹の能力を全開にして、俺は作業に取りかかるのだった。
次回『第53話 神殿の野望』
8/14 6時予定
→ 8/15 6時に訂正します。申し訳ありません。
今週は、予定外の諸々がありましたもので。orz
8/7 追記
感想欄でご指摘を頂きましたので、ルビを追加します。
ご指摘ありがとうございました。




