第46話 闇が奪うもの
本日(7/3)同時更新の二回目です。
一回目の口直しになればと思います。
薬師の視点→主人公の視点ですが、主人公視点が短いです。
この『目覚めた漢達』の従業員達は、カブルーンの闘奴であったという経歴を持っている。
その並外れた技量に目を付けたガイナスは、店内で従業員同士の闘う姿を披露するサービスを思いついたのだそうだ。
希望する客も参加できる、一種の即興試合のようなもので、なかなかの好評と言うことだ。
「肉と肉をぶつけ合う、漢同士のアツイ闘いじゃ。受けない筈があるまい」
とは評判に気をよくしているガイナスの言葉だ。
ただ、商売で行う以上、怪我をしない工夫は必要である。
カブルーンで行われていた闘奴同士のそれは、まさに殺し合いに近いものであった為、従業員達も頭に血が上ると抑えが効かなくなるようだ。
最初の試合で色々と懲りたガイナスは、次からは最低限の防具を着用するようにあらためたと言っていた。
そして、今のカーヤがそれらの品々を身につけているのは、ガイナスが口にした、この言葉に興味を引かれたからだ。
「意外な副産物と言うか。最初にやった、寸鉄も身に帯びぬ格好での試合よりも、こちらの方が観客も興奮するようじゃな。その後の漢同士の交遊も、一段とアツイものになったわい」
つまり、芸も無く、ただ脱いで見せるよりもこちらの方が刺激的と言うことだろう。
三人がかりで肌を見せても、さほど捗々しい反応を見せなかったコウイチにも多少は効果があるかと、衛生上の問題を解決する為の諸道具と併せて借用した次第である。
この要望を聞いたガイナスは、さすがに不審な表情になったようだが、もう一本『大鬼殺し』を渡すと、上機嫌で快諾してくれた。
「ど、どうでしょうか」
若干顔を赤らめるカーヤの格好を、私はとっくりと観察した。
この長靴と肘までの長い手袋は、蹴りや拳、肘打ちが過剰な威力となるのを防ぐ為のものだろう。
格闘技においては、強く叩かれて鼓膜が破れることがあるそうなので、防具に耳当てが加わるのも理解できる。
カーヤが今は手に持っているマスクも、意外に多い口内損傷を防ぐ為か。
「ええと、この防具以外は何も身につけないそうなんです」
若干小柄なカーヤの、意外におおきな胸と、背丈に見合った小ぶりなお尻までが剥き出しなのは、そのような理由によるものらしい。
ただ、分からないのは、どうしてこのような形状なのか、と言う点だ。
そんな私の疑問を察したのか、カーヤが説明を続けた。
「これは猛々しい野獣を模した特別製で、師匠もこれと同じものを着用して試合をするんだそうです」
そして、同様のものを何着か発注したところ、職人がサイズを間違えたものが混じっていたとのことで、それをカーヤが借用していると言うことらしい。
「まぁ、よくできている、と言うべきかな」
手袋も長靴も、危険性を排除する用途から当然に爪はついていなかったが、その見事に再現された肉球までを含めて、確かに猫科の野獣を模していると言えよう。
上から被って装着する耳当ての、側頭部あたりに付与された猫型の耳もよくできていると思う。
これは単なる飾りでは無く、耳当てによって阻害される聴覚を補助する仕掛けだそうだ。
ただ、マスクを付けていないのは何故だろうか。
「そのマスクもつけてみてくれないか」
「これ、少し喋りにくくなるんですけど」
あまり気の進まない様子で、それでもカーヤは私の要望通りマスクを装着して見せてくれた。
「こんな感じですニャ」
そのマスクについて言えば、ωといった形状が、かろうじて猫を模していると言えるレベルであった。
顔面に装着するものなので、あまり凝ってしまうと視界を遮って、かえって危険だということかもしれない。
若干に語尾がおかしな喋り方になってしまうのは、保護を優先とした魔導的構造のせいだろう。
とは言え、私個人としては、悪くないのではないかと思う。
犬、狐といった他の型にも似たようなサイズがあり、特注なだけに処分に困っているそうなので、それら共々にガイナスから買い取ろうと決めた。
「この猫型はそのままカーヤのものにして、マルタは犬型、私は狐型というところか。それでいいかな」
私としてはどれでも良いが、一応は確認しようとマルタに話しかけたのだが、彼女は聞いていなかったようだ。
それどころか、先ほどから落ち着かない様子で、周囲を見回している。
そう言えばここに来る途中も、冒険者ギルド本部の前を通ったあたりから、時々こんな様子を見せていたのを思い出す。
「どうした、マルタ」
「ん~、何でもない……と思うんだけどさ」
どうやら、自分でもよく分からないらしい。
そんなマルタはさて置いて、私は肝心なところをカーヤに確認する。
「それで、その、あちらの件はどうなったかな?」
資料にあったレシピを元に、薬液は完璧に再現できた自信があるが、こればかりは実地に試さないと何とも言えない。
くじ引きで負けたカーヤは、借用した道具を使って自分で処置して来たはずなのだが。
「ええと、変な感じでしたけど、一応は綺麗になったと思いますニャ」
「どれ、見せてくれないかな」
「ひぇっ」
さすがに恥ずかしいのか、その言葉にカーヤが真っ赤になって後ずさる。
もっとも、今ひとつ羞恥心なるものを理解できない私には、これも腑に落ちない行動であるわけだが。
「私は薬師だよ。医療をやるなかでは珍しいものでもないさ。ほら」
私に促され、恐る恐ると四つん這いになったカーヤの後ろに回ると、おもむろにぐいと押し広げた。
「はうっ」
「なるほど、中まで綺麗になっているようだな。ふんふん。ほう、香りも爽やかだ」
「ふええ、嗅いだら駄目ですニャアア」
「だが、衛生上の問題はこれで解決するとしても、このままでコトに及ぶのは、無理なんじゃないかな。下手をすると裂傷を負ってしまうぞ」
至極もっともな疑問を抱いて、私は腕を組んで考え込んでしまった。
すると、よろめくようにして立ち上がったカーヤが、先ほど近くに置いた頑丈そうな木箱を取り上げ、私に向かって差し出してきた。
「行為の前に、これを使うそうですニャ。この防具とセットになっているので、師匠が参考までにと、貸してくれたんですニャ」
「これは?」
「ええと、一時的な弛緩と潤滑で粘膜や筋肉の保護を行う為に、前もって胎内に納めておく魔法具ですニャ。体質とかに合わせるので、個別に特注しないといけないそうですニャ」
「ほほう、そんなものがあったのか」
「一部使い捨てになっている洗浄用の道具と違って、これは師匠の愛用品なので、さすがに試着は堪忍してほしいですニャ」
ガイナスの愛用品にして使用済とあっては、それも無理からぬ話である。
さっそく拝見しようとしたが、木箱には鍵がかかっていた。
「書庫の鍵と、暗証番号で開くそうですニャ」
「ふむ。二つと無い貴重品となれば、それなりに厳重なものだな」
そんな会話をカーヤと取り交わしていると、マルタが再び警戒する素振りを見せた。
「一瞬、気配が強くなったような……いや、錯覚か」
首を傾げながら、そんなことを呟いている彼女だったが、この時の私は木箱の中に興味を向けていたため、結果として無視してしまっていた。
借りていた鍵で錠前を開け、カーヤから教わった暗証番号通りに数字盤を回す。
そして、木箱の中から現れたのは、長い猫の尾といったシロモノだった。
その片方にある独特の形状から、こちら側を胎内に納めて装着するものと検討がつく。
「さっきも言いましたが、この防具一式は、本来はそれまでをつけて完成だそうですニャ」
「ふむ」
ガイナスがこれらの品々を身につけたところを想像しようとしたが、さすがにそれはやめることにした。
ともあれ、これはガイナスの体質に合わせ、特注した非常に貴重な品と言うことになる。
「つまり、これがガイナスが大事にしている、秘蔵品と言うになるわけだな」
我々も特注する必要があるなと思いつつ、職人を紹介してもらう算段を考えた瞬間だった。
「しまった!」
マルタの緊迫した叫びが聞こえ、咄嗟にそちらを向いた私は、彼女の足元から影のようなものが飛び出してくるのを見た。
次の瞬間、私が手にしていた木箱は、ガイナスの愛用品と共に奪われていた。
「何者!」
マルタが腰の短剣に手をかけ前に出ると同時に、カーヤが私を庇う位置を取る。
そんな私達の前に、黒い衣と闇色の仮面をつけた人物が立っていた。
「お初にお目にかかる。何者との問いには、〈黒の騎士団〉が四天王の一人、とだけ答えておこう」
「むっ」
仮面の下から漏れる、くぐもった男の声を聞いて、さすがのマルタも動きを止めた。
「そうか、冒険者ギルド本部の前で……」
「さよう。今日になってようやく命令が出たのでな。あそこで網を張って待ち構えていたところ、お前達が通りかかったので、影に潜ませてもらったというわけだ」
この四天王の一人を名乗る男は、対象の影に同化する闇系統魔法の使い手のようだ。
マルタの『眼』をもってしても、明確に捕らえられなかったと言うことは、かなりのレベルにあるということだ。
「いや、なかなかの『眼』の持ち主だと思うぞ。未だかつて、気配すら感づかせたことも無かったのだがな。とは言え、元暗しの例え通り、自身の足元にある影は、なかなかにわからぬものだ」
くくく、と含み笑いしながら、仮面の男は言う。
「加えて、Aクラスの冒険者ともなれば、結界もたいしたものだ。潜むレベルを一段階上げねばならず、おかげでこちらも感覚が鈍くなったが、肝心な言葉を聞き逃さなんだのは僥倖だった」
その仮面の男に向かって、私は尋ねてみた。
「そこまでして潜んでいたわりには、ずいぶんとあっさり姿を現したものだな」
「なに、隠れているのは、目的のモノが見つかるまでで良かったのだ」
「目的のもの?」
「冒険者ギルドが秘蔵すると言う古文書よ。ガイナスがそこへ至る鍵を保持しているところまではこちらも掴んでいたが、この魔法具の所在がわからなかったのだ」
「生憎だが、それは違うぞ。返してもらおう」
「いやいや、嘘はいかん。ガイナスが大事にしている秘蔵品と、この耳でしっかりと聞いたぞ」
「それは……そうなんだが」
その『秘蔵品』をどう説明したものかと、思わず口ごもったのがまずかったようだ。
仮面の男は確信したようにうなずいた。
「やはり、これがそうか」
「あー、その、だな。たとえ、それが鍵であったところで、お前達には古文書は手に入れられないぞ」
「我々にはそうだ。だが〈冥闇の勇者〉様ならば、いかな迷宮であろうとも、易々と踏破してのけるであろう」
この男の言う通り、陽光も届かぬ迷宮は、確かに闇と影の支配者たる〈冥闇の勇者〉とは、いかにも相性が良いだろうと思われた。
だが、〈ビブリオ〉はそれらの迷宮とは違う筈だ。
いや、そもそも、仮面の男が手にしているのは、その鍵では無い。
この誤解をどうやって解いたものかと考えていると、仮面の男が勝ち誇ったように言った。
「我が命じられたのは古文書の奪取のみなれば、今のところは、お前らに手を出すつもりは無い。さて、用向きは済んだので、これにて……いや、ついでだな。お前らが調べていた文献も頂戴していこう。何やら熱心に見ていたようだからな」
男の黒い衣から影のような触手が伸びて、私とマルタが読んでいた書物を絡め取った。
「ま、待て、それは」
借用したものを取られたとなれば、ガイナスに面目が立たない。
慌てて止めようとする私を嘲るように、仮面の男は高笑いした。
「くはははは。取り返したくば宰相閣下に懇願することだな。では、さらばだ」
そう言った途端に、男の姿は闇に包まれ、一瞬で消え失せた。
「闇渡りか。結界から出て行くのは入るより容易とは言え、ガイナスの張ったものを易々と突破するとは、ただ者ではないな」
私が慨嘆すると、マルタが口惜しそうに唸り、そしてマスクを付けたままのカーヤが泣きそうな声で言った。
「どうしましょうニャ。師匠に叱られますニャアア」
四天王だかなんだか知らないが、こちらとしては迷惑以外のなにものでもない。
どういう情報を与えられていたのかは不明だが、おそらくはひどく断片的なものを勝手に解釈したのだろう。
その意味では、コウイチを〈ビブリオ〉に送った私の考えは正しかったとも思う。
さて、結論から言うと、事情を聞いたガイナスはあまり怒らなかった。
あの『秘蔵品』について言えば、他にも犬型や狐型をはじめとする諸々があったわけだし、彼ほどのベテランにそうした道具はさほど必要無いそうなのだ。
「儂ほどになると、年季が違うでの。緩急も自在じゃで、どんな業物であってもおいそれと傷つきもせん」
などと逞しい胸を張って言ったものだ。
その一方で、愛用品と共に奪われた文献については、少し惜しんだようだった。
「いずれも儂好みの名作じゃったが……まぁ、書物よりも実物じゃ。明後日にも御馳走が来る旨、連絡があったでの」
何でも〈聖祈の勇者〉が選りすぐった美青年と美少年揃いと噂されている親衛隊が、どういうわけか修行の為とかで、この数週間に渡って一人ずつ訪れるとのことだ。
ガイナスはその準備に余念が無いようで、むろん、相手の体質から何からが不明なわけだが、それを弄くり回して探り当てるのも醍醐味だそうだ。
「抵抗し、葛藤する中で漢として目覚めた瞬間の、あの表情がたまらんのじゃ」
なんにせよ、その親衛隊の面々がガイナスに靡いてくれれば、神殿側の勢力を削ぐことにもなるだろう。
それにしても、〈黒の騎士団〉の手先を向かわせた場所と、その親衛隊が修行に訪れる場所が、全く同じだと言うことを把握していない神殿上層部の縦割りな体質に対しては、他人事ながら心配になってくる。
「アレが〈ビブリオ〉の鍵では無いと気づくまでには、もう少し掛かるじゃろうが、ともかく、結界は強化するとしよう。少し伝手があっての、〈光輝の勇者〉がこしらえた魔法具が、今日にも入手できそうなのじゃ」
さすがにAクラス冒険者となれば、色々な伝手があるようだ。
「それが判明するまで〈黒の騎士団〉も当分は動かぬ筈じゃ。明日に小僧が戻った時点で、そのままブラーシュ男爵領に向かうがよかろう」
そう言ってくれたガイナスに、私は失われた物品の弁償を申し出た。これはけじめでもある。
結局、サイズの合わない例の防具を、牛型、兎型、蜥蜴型のものまで全て、色を付けて買い取ることで話がつき、私達は教わった各種の道具を特注する為に、その日はガイナスの元を辞したのだった。
◇◆◇
さすがに、これ以上待つわけにもいかなかった。
〈ビブリオ〉に転移して、かれこれ四十八時間が経過しているのだ。
このままでは何一つ得ることなく、次の消失と再生の狭間で、魔法具によって〈ビブリオ〉から強制的に帰還させられてしまう。
そんなわけで、長大な斧が振り上げられたタイミングを計り、俺は体表の構成を少し変えて弾力を増加させた。
そして、今までと同様の斬撃を繰り出してきた聖双角が、意外な反動を受けて蹈鞴を踏んだその瞬間、俺は人型であった身体を展開させ、一気に聖双角を包み込んだ。
強靱なジェルに包み込まれた聖双角は渾身の力で抵抗しようとするが、踏ん張りの利かない体勢となったままに固定されてしまい、思うように身体を動かせないようだ。
それでも、聖双角はいっそうに猛り狂い、このままでは意思の疎通は難しそうだ。
この狂戦士状態から目を覚まさせるにはどうしたものかと、有り余る時間の中で考えた俺は、その考えを実行に移すことに決めたのだった。
やはり、ケモミミと肉球は正義でしょう。
えー、ガノン・フォームについて感想を頂きましたが、筆者のイメージとしてはネットで見つけた実写版ダッシュ6を水色系な半透明にした感じでしょうか。
(以前に指摘されました虹男ですが、アニメ版と実写版ではもの凄い差違が)
あれって、特撮の変身ものとしては異色のデザインだと思います。
アマゾンズもそうですが、ネクサスとか、スポーンとか、毛色の違うヒーローものは好物です。
次回の『第47話 失われる迷宮』は 7/10 8時予定。




