第45話 難解なる世界
長くなり過ぎたこともあり、本日の更新は分割します。
主人公の視点→薬師の視点となります。
【注意】
薬師が語る調査内容の部分は、感性に合わない方が多いと思います。ご承知おき下さい。
聖双角は近接戦闘を得意とする究極上位種だ。
その剛力と頑丈さは神鬼に一歩譲るところだが、不死身と言っていい回復力と闇魔法を操る能力を考えると、正面からまともにぶつかれば、あるいは聖双角の方が圧倒するかもしれない。
一方で無殻は、究極上位種の中でもこれといった攻撃手段を持たない部類に入る。
強いて言えば何ものをも取り込んでしまう消化能力だが、これを戦闘能力と言ってしまうのは難があるだろう。
だが、不定形で耐衝撃に特化した無殻を、物理的な攻撃で倒すのは至難と言って良い。
加えて、視覚や聴覚を持たない無殻に対しては、闇系統魔法もまるで効果がない。
要するに、聖双角と無殻では、そもそもまともな戦いにならないのだ。
そんなわけで、仮に〈ビブリオ〉に観客がいて、究極上位種同士の激突を期待していたとしたら、その観客はふてくされてしまっただろう。
何しろ、ぼーっと突っ立っているだけの半透明なのっぺらぼう相手に、筋骨逞しい牛頭の巨人が長大な斧を叩きつけては弾かれるだけという、単純極まりない光景が延々と続いているだけなのだから。
ちなみに、聖双角の闇魔法はとっくに解除されている。
効果がまるで無い魔法を維持するだけ、魔力の無駄と判断したようだ。
闇系統魔法には知覚を奪う以外にも、影縛りのように締め上げるものもあるわけだが、呼吸をするわけでも、関節があるわけでもない無殻には、それこそ無駄でしかない。
このように、聖双角と無殻では全く戦いにもならないわけだが、実装試験体と俺との戦いとなれば話は別だ。
どうやらこいつは聖双角しか化身を持たない、単一特化型実装試験体であるようだ。
多様型実装試験体たる初代の装備を受け継いだ俺にとっては、その気になれば容易に勝てる相手だ。
例えば、真龍の形態となれば、闇魔法で視覚を奪われようとも、無差別飽和でブレスを放てばそれでケリがつく。
いかな回復力を誇る聖双角といえど、常識外れな超高温の灼熱をくらえば、一瞬にして蒸発し、消し炭すら残らない筈だ。
もっともそんな真似をすれば、時間経過と共に訪れる〈ビブリオ〉の、その真の消失に巻き込まれ、俺も亜空間の塵と化してしまうだろう。
何よりも、俺の目的は聖双角を倒すことでは無く、その召喚媒体となっている実装試験体を救出することなのだ。
「とは言え、どうしたもんかなぁ」
完全に狂戦士な状態になった聖双角は、あれから一日ほど経過しているのに、いまだに斧による斬撃を繰り返している。
疲労する気配すら見せないのは、さすがに無限の回復力を持つ究極上位種だと思うのだが、いい加減止まってくれないもんだろうか。
これでは話すら出来ない。
確かに、この〈ビブリオ〉を解除させる暗証番号は知らなかったわけだが、たぶん、それ自体はたいした障害にはならない。
スパコン級の演算能力を持つガノンが、この形態において能力を全開にすれば、正しい暗証番号を探り当てるのは、さほど造作も無い筈だ。
問題は暗証番号だけでは解除できないと言うところだ。
管理者に設定された実装試験体の生体認証――たぶん、固有の魔力波動あたりが関わると思われるのだが、こればかりは当人の協力が必要なのだ。
それと、解除操作を行う端末の所在も提示してもらわないといけない。
「まぁ、疲れはしないだろうけど、そのうち飽きるかもしれないかな」
しょうが無いので、もうしばらくの間、このまま待とうと考える俺だった。
◇◆◇
コウイチが迷宮〈ビブリオ〉へと転移して二日目。
もしかしたらあの若者は、未だに古文書たる石碑を求めて彷徨っているかもしれないが、ある意味では、今の私も似たような状況と言えるだろうか。
ガイナスが経営する『目覚めた漢達』の地下に設けられた書庫は、それほどに想像以上の広さと蔵書量があった。
規模こそ学術院の図書施設に及ぶものではないが、Aクラス冒険者である彼が収集した碑文や文献は、本腰を入れて研究するに相応しい希少性をもっていた。
だが、残念ながら今の私にそれだけの時間的余裕はない。
昨日、迷宮〈ビブリオ〉の探索へ赴くコウイチを見送った後に行われたガイナスとの話し合いや、その後の諸々で、ブラーシュ男爵の庇護下に入る段取りが、呆れるほどの円滑さで整ってしまったのだ。
そんなわけで、三日目となる明日にコウイチが〈ビブリオ〉から戻り次第、私達はブラーシュ男爵領に居を移すことになっている。
それは、オリヴァー家を構成する三人に留まらず、カーヤもマルタも付いてくることを希望したことから、冒険者集団のチームリーダたるエッカルトも〈暁の翼〉の本拠地を移動させることを決めている。
「たしか、王都から馬で三日の距離だろ? ほとんど近所じゃねぇか」
とのエッカルトの言葉通り、ブラーシュ男爵の所領はアンベルク国王の直轄領に隣接した位置にある。
あの〈黄の騎士団〉による街道整備がなされた現在、王都からの時間的距離は更に近くなった筈だ。
実を言えば、一時的に王都を離れるに当たって、ブラーシュ男爵領を選択した理由の一つがそれだ。
あまりに離れた場所では、中央の動向が分からなくなるとの判断だ。
ブラーシュ男爵領に決めたもうひとつの理由は、むろん、ガイナスの勧めがあったことだ。
当主たる〈黒薔薇の男爵夫人〉は、どうやらこのAクラス冒険者とは個人的な知り合いらしい。
何よりも一番の理由は、世に名高いブラーシュ男爵家の武勇である。
ブラーシュ騎士団と言えば、アンベルクでも屈指の精強さで知られている。
神殿が密かに動かそうとしている〈黒の騎士団〉と言えども、簡単には手が出せない相手の筈だ。
さて、ブラーシュ男爵領への話は良いとして、もう一つの用事が手つかずだったので、連日にガイナスのところへ押しかけている次第だ。
「段取りは済んだし、犬鬼上位種の素材や、何よりゴットリープに託した物品の取引で資金も有り余るほど潤沢じゃろう。この上、何の用があると言うのじゃ」
などと、不機嫌さを増したガイナスを、作り置きの『大鬼殺し』を手土産に宥め、こうして書庫の閲覧をさせてもらっている。
「まぁ、折角だから今回は願いを聞いてやるが、真の漢が、いつも物品で懐柔されるとは思わんことじゃな」
手土産と引き替えに書庫の鍵を渡したガイナスは、そう念を押しつつも、目元と口元を綻ばせた仏頂面と言う、じつに器用な表情を披露していた。
それでも制約無しの閲覧を許可してくれたのはありがたい話である。
加えて、シャルロッテの相手をさせる為に、従業員と個室を割り当ててくれたのは非常に助かった。
何しろ、私が調べようとする事柄は、今の年齢の娘には少し不適切と思われたからだ。
さすがに、それくらいの常識は私も持ち合わせている。
とは言え、その調べ物がここまで内容的に難解だとは、全く予想もしなかったわけだが。
「ううむ」
ガイナスの蔵書の中でも、ある方面に特化した文献が並べられている棚の前で、簡易な長椅子に腰を下ろし、その何冊目かを読み終えた私は、閉じた本の表紙を見ながら、思わず首を傾げてしまった。
「感性の相異かな。どうも、この、何というか」
その呟きが聞こえたのか、隣で別の本を手にしていたマルタが尋ねてきた。
「どうだった?」
「ん~、要約するとだな。清らかな生活を続け、品良く初老に至った男性神官の話なのだがな」
「それで?」
「ある日、重傷を負った老騎士が、治癒の為にその神官の元に担ぎ込まれると」
「ふむふむ」
「その老いてなお逞しい肉体を目にした神官が、漢として目覚めるまでが前半だ」
「後半は?」
「昼間は上品で清楚に振る舞う男性神官が、毎夜、その老騎士を想いながら、股を開いて乱れまくるという描写と心理的葛藤が延々と続く」
「はあ」
「ついに、そんなところを当の老騎士に見つかり、そして、羞じらいと歓喜のままにアツイ漢の契りを交わして幸せになるというのが結末だ」
「わからないわねぇ」
「実にピンと来ないな」
お互いに首を傾げつつ、理解できない分野であることをマルタと共感する。
コウイチの『異常な嗜好』を満たすべく、諸々の参考とする為に、ガイナスが収集したその手の物語を読んでいるのだが、じつに難解と言うか、恐ろしいまでに腑に落ちない。
まぁ、男女間の恋愛も理解できない、この私が言えた義理ではないのかもしれないが。
マルタも、ざっと目を通した程度だったとのことで、今日は真剣になって読み込んでいるのだが、同じ感想をもっているようだ。
ちなみに、この調査の発端となった、ガイナスの蔵書の中では変わり種と言う物語は真っ先に読んだのだが、これもなかなかに理解が難しかった。
身体は女性ながら男の心を持って生まれた主人公が、あるきっかけで漢に目覚め、その肉体的ハンデを乗り越えてアツイ漢の契りを交していくと言う、実に重厚にして複雑きわまる構成の物語である。
ただ、コトに及ぶまでの心理描写は非常に緻密なのだが、それとは裏腹に肝心な部分は至極あっさりとしたもので、我々の参考には全くならない。
そうした理由で、他の文献や物語にも手を出しているのだが、いや、これが手強いというか何というか。
「そっちの方はどうだった?」
私が尋ねると、マルタも首をひねりつつ、それまで読んでいた本の概要を口にした。
「流浪の剣士の話だったわ。愛用の剣を携えて各地の盗賊達を討伐する、筋骨逞しい男が主人公よ」
「ほう?」
「そんな凄腕の剣士も、ある盗賊達の頭目に敗れ、そして荒くれ男達の慰みものとなる中で、漢に目覚めるの」
「う~むむむ」
「その後、復讐の為に各地を放浪した主人公は、ついに仇に巡り会うんだけど、その瞬間に、自分の心にあった憎しみが、実は愛の裏返しだったことに気づく」
「…………」
「そして、相手も同じ思いだったと言う告白を聞いて、アツイ漢の絆を確かめ合い、そのまま夫婦になって睦まじく幸せに暮らすという結末だったわ」
「…………えーと、その……夫婦、で良いのか、それは」
「さあ?」
「これの前に読んだ物語に出てくる、壮年の騎士団長も似たようなものだな」
遠征訓練中に汗を拭こうとして、鍛え抜いた肉体を迂闊に晒してしまったが為に、常日頃から彼に思慕をよせていた逞しい部下達の欲望に火をつけてしまったとか、そう言う物語だった。
「大勢の部下達にかわるがわる手込めにされていく中で、いつしか漢として目覚める場面があったんだが、しかし、その、それほど安易に目覚めるのもなのか」
「師匠曰く、真の漢は生まれながらにして漢なんだそうよ」
一応は女性の身である私には、到底理解のできない世界である。
「こうも言っていたかな。漢たる者は女の色香に惑うこともない……って、まさか、コウイチも!?」
「いや、それはないな。何かの拍子に肌を見せた時の反応からわかるんだが、彼にはそちら方面の資質は皆無だよ」
ガイナスも認めた『眼』の持ち主であっても、分からないことはあるものなのか。
そんなマルタの疑念を一蹴した私は、これ以上は無駄だと判断して、文献の調査を諦めた。
ちょうど、そんなところへやってきたのは、着替えを済ませたカーヤだった。
くじ引きで負けた彼女には、各種の道具による実地体験をやってもらったのだ。
えー、登場人物が読んだ書物の内容を話しているだけですので、その手のタグ追加はご容赦を。
適当にラブロマンス(?)をでっちあげて、そのキャラを全て漢にしただけですが、読み返すと自分でも頭を抱えてしまいます。
本日同時更新の二回目が口直しになればさいわいです。




