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第26話 盗賊撃退

 細かい経緯について、どういうわけかオリヴァーさんは口を濁すばかりだったのだが、結局、上位猪鬼ハイ・オーク退治は鈴音、つまり〈疾風の勇者〉の功績と言う話になった。その個体に八つ裂きにされた二匹の猪鬼オークについても、有耶無耶のうちに、鈴音の功績に上積みされたようである。

 その点については、俺に異論があるはずも無い。

 問題があるとすれば、〈暁の翼〉の面々の方だった。


「まぁ、成り上がりの上位猪鬼ハイ・オークを相手に、命があっただけめっけものだとは思うがな」


 エッカルトさんは、エールの入ったジョッキ片手にぼやくことしきりだった。

 ここは今回の猪鬼オーク騒動の発端となった、アレン達が宿泊していたあの宿屋の一階にある居酒屋だ。

 俺はオリヴァーさんといっしょに、〈暁の翼〉のメンバーと料理の乗ったテーブルを囲んでいるところだ。

 もっとも、オリヴァーさんと俺は、この後で留守番をしているシャルロッテちゃんと夕飯を取る為、飲み物以外は出ている料理には手をつけていない。

 エッカルトさんのぼやき、いや、愚痴はなおも続く。


「貰う予定だった賞金は無し。一方で、治癒ポーションやら魔道具は、買い直さにゃならん。風の攻性魔法をまともにくらった装備だって、結構な修理が必要だ。おまけに、結局は何もしてねぇ騎士団への支払い請求まで、こっちに回ってくるってのはどういう理屈なんだ? ああ?」

「そんな事を言われても困るな」


 最後の部分は、ほとんど八つ当たりだったが、オリヴァーさんはあっさりと流した。

 俺としては、騎士団の救援が有償という話に、驚くと言うより呆れてしまったわけだが。


「だいたい、騎士団への救援要請については、冒険者ギルドと騎士団との契約条項で定められている筈だろう?」

「今回の猪鬼オーク退治が、ギルド受付を通した正式な依頼、という手続きが済んでいたら、何の問題もなかったのよね」


 エッカルトさんと同じようなジョッキを、こちらはちびちびと飲みながらマルタが言う。彼女も半分はぼやくような口調だ。

 それを聞いたオリヴァーさんが小首をかしげた。


「ん? アレンの兄からギルドには連絡をとってもらった筈だが? 君らがあそこに来たのは、そういう事情だろう?」

「ぼくたちは、その時、たまたまギルド本部にいたもんで、あいつから直接話を聞いて動いたんだ」

「その時、受付には話をした筈なのよね。ちょっと異例な流れだけど、形式上はギルドを通した依頼として手続きをしてほしいって。あの娘、確かに了解したって言ったのに」

「今日になって聞いてないとか言い出すんだもんなぁ。あれ、手続きの仕方がわからなかったに違いないぜ」

「ほんとに、もう。ギルド幹部の娘じゃなかったら、張り倒しているところよ」


 ゴットリープとマルタが交互に事情を説明する。

 ちなみに、通常は魔物の被害に対する騎士団の出動は無償でなされるそうだが、いくつかのケース……例えば、Dクラス以下の冒険者が、Cクラス以上の認定が必要とされる魔物退治に出た場合などは、その限りでは無いとの事だ。

 〈暁の翼〉は、前回の小鬼ゴブリン討伐でもポカをやらかした受付嬢のせいで、このケースに該当すると見なされたようだ。

 それにしても、ギルド幹部の娘だかなんだか知らないが、そんな事を繰り返して処罰も受けないと言うのは、確実にギルドの信用問題にもなるだろうに。


「そんな事情だ。ギルドとの揉め事に片がつくまで、今の俺たちは開店休業だ」

「呑気な事はいってられないよ、リーダー。例の口止め料を含めても、俺たちの蓄えは今回の件でほぼゼロ……下手をすると、マイナスだぜ」


 〈暁の翼〉での経理担当らしいゴットリープが、開き直ったリーダーにくぎを刺す。


「そこで、だ。君たちに頼みがある」


 オリヴァーさんは、俺を連れて〈暁の翼〉に再び会いに来た理由を語り始めた。


「この前も言ったが、このコウイチを君たちのところで見習いとして預かってほしい。差し当たりは色々と鍛えてやってくれないか」

「かまわねぇぜ。この坊主は伝説の勇者殿なんだろう? それを見習い扱いできるなんざ、滅多に無い機会だ。ま、それは置いとくとしても、あの上位猪鬼ハイ・オーク相手に足止めを買って出るガッツは気に入ったからな」


 エッカルトさんは即座にOKを出し、他のメンバーもあっさりうなずいた。


「彼は魔を鎧いし者トイフェル・リュストゥングだ。あるいは、〈装魔の勇者〉として扱ってもらいたい」


 オリヴァーさんが口にしたその言葉に、エッカルトさんを初めとする面々は「そいつは凄いな」とニヤニヤ笑うばかりだ。イザークですら面白そうな目つきになっている。ちなみに、その「といへるナントカ」だの〈装魔の勇者〉だのがどんなものであるかは、俺も教えて貰ってはいない。

 何にせよ、冒険者見習いの分際で、二つ名を持たされるのって、ほとんど厨二病扱いなんですけど。

 俺はそう言って抗議したのだが、オリヴァーさんは「下手な二つ名や呼称をもらわない為だよ」との一点張りで、取り合ってくれない。羞恥心が理解できないって言っていたのは本当みたいだ。


「頼みはあと二つある。一つは、この目録にあるものの売却だ。売り主がわからないようにして貰いたいんだが、私にはこの方面の伝手が無いものでね。むろん、売り上げの何割かを手数料として払うよ」


 オリヴァーさんは、そう言って、懐から取りだした羊皮紙を、経理担当のゴットリープに渡した。

 受け取ったそれを一目見るなり、ゴットリープの顔色が変わる。


「き、金尾狐の毛皮!? それもこれだけの品数だと? って、おいおい、待ってくれよ、黒曜貂の毛皮まである……な、何ぃ、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸だってぇ?」


 羊皮紙に書かれた品々――俺と〈使い魔〉が例の洞窟に蓄えた物資について、ひとしきりうなり声を上げたゴットリープは、顔を上げると、呆れ果てたようにオリヴァーさんに言った。


「いったい、これは何の冗談だい? こんな品はAクラスの冒険者……いや、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸に至ってはSクラスでも手に入れるのは難しいってシロモノの筈だ」

「深く聞かないで欲しいってのも、頼みに追加かな? 品の有無を疑うなら……ほら」


 オリヴァーさんは懐から、ヴァルガンが斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸で編んだレースのハンカチを取りだして、これもゴットリープに手渡した。いや、それはハンカチの筈だったのだ。


「こ、これはっ!!」


 手渡された「それ」を広げたゴットリープは驚愕の表情を隠せないでいた。

 エッカルトさんも同様の表情を浮かべ、イザークですら目を見開いている。


「ん? 持ってくる時、私のお気に入りと間違えたようだな。ま、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸で編まれたものには違いない。そうだろう?」


 こんな人目の多い場所で、女性用の下着、つまり、オリヴァーさんのパンティーを広げる羽目になったゴットリープには大いに同情した。

 だが、その同情は無用だったようだ。


「え、えーと。レアな素材だし、持ち帰らないと正確な鑑定は無理かな。だから、これは預かっておくよ」


 もっともらしいことを言いながら、その特有の光沢を持つ小さな布きれを懐にしまおうとするゴットリープの頭に、マルタが黙ったまま空のジョッキを叩きつけた。


 頭を押さえて痙攣する慮外者ゴットリープには目もくれず、オリヴァーさんに下着を返しながら、マルタは物資売却の条件を提示した。


「あたしとカーヤに同じ布で出来た下着を付けてくれるなら、二割の分け前で手を打つわ」

「さすがに良心的だね。もう一つの頼みを引き受けてくれるなら、そちらの取り分を三割、いや、四割に上げてもいい。むろん、二人分の下着を三着ずつ付けよう」


 マルタは一も二も無く快諾した。何か言いたそうなエッカルトさんを睨み付けて黙らせる迫力から、俺はこの冒険者集団パーティーにおけるヒエラルキーを理解できた気がした。

 そして、オリヴァーさんのアイコンタクトを受けて、俺は首の後ろに張りついたガノンに女冒険者二人の各サイズを目測させた。具体的な数字については、感覚を遮断するように命じたのは言うまでも無い。



    ◇◆◇



 成立した三つ目の取引に関しては細部を詰める必要もあり、素面で仕切り直したい旨をマルタが言い出したので、それを機に俺たちはオリヴァーさんの住まいへ戻ることにした。

 その道すがら、俺はしみじみと呟いた。


「金尾狐の毛皮って結構な値段だったんですね。いくつか敷物に使っちゃってますけど、あれっていいんですか?」

「品物の価値は使ってこそだよ。それとも金額がわかった途端に惜しくなったかね?」

「そっちはいいんですよ。〈使い魔〉どもにいくらでも狩ってこさせますから。問題は、常識的なところがすっぽりと抜けそうで怖いというか」

「ふむ。確かに、あんな使い方は非常識ではあるが……いや、今更だ。とはいえ、相場と言うものは勉強した方がいいな」


 冒険者ギルドの指南書ガイドブックには、毛皮をはじめとする素材の特性は記載されているのだが、それらの取引相場に関する情報は皆無である。時価によって変動すると言う理由もあるのだろう。


「そうだな。シャルロッテもいろいろと見て回りたいだろうから、今度、みんなで中央市場に行ってみよう」


 と、オリヴァーさんが提案してきた。

 商人ギルドが仕切る中央市場は、アンベルクにおける流通の中心であり、あらゆる物資の集積地でもある。


「アンベルク内外の多種多様な物産が見られる筈だ。あそこで相場を覚えておけば、君も効率的に狩りができるだろう」

「そうですね」


 それに、見習いとは言え冒険者をやるわけだから、俺にもある程度の装備は必要だ。今の野良着では防御力皆無なので、上から着ける鎧なんかはあっていいだろう。

 人通りの途絶えた、いっそうに薄暗い区画にさしかかった辺りで、そんな事を考えていると、首筋の後ろにいたガノンから警告信号が伝わってきた。元々、目や耳が無いスライムだけあって、気配には極めて敏感なのである。

 咄嗟にオリヴァーさんをかばうような位置取りをした俺に、感づかれたとわかったのか、覆面をした数人の男達が物陰から姿を現した。


「ほう。闇魔法の隠形を見破るとは、たいしたものだな」


 男達の一人が感心したように言う。どうも、こいつがリーダーのようだ。


「魔術師には見えないから、魔道具か何かだな。この界隈で私に手を出す人間はいないし、そんな魔道具はアンベルクじゃ入手できない筈だ。つまり、君たちは国外から来た人間だね」


 俺とは違って、男達を察知する事もなかった筈だが、そう言うオリヴァーさんの声に動じる気配は微塵も無い。むしろ、素性を言い当てられた男達の方が狼狽えているようだ。

 アンベルクにおける入国時の検問は定評がある。余所の国から入ってきた者の特徴は専用の宝玉オーブに記録されるので、悪行を働けばすぐにバレてしまうのだ。

 だが、素性を知られた事で開き直ったのだろう。

 先ほどの男がふてぶてしい笑みを浮かべた。


「お宝を頂くだけで済ませようと思ったんだが、気づかれちゃあ、しょうが無いな。見れば上玉でもあるし、もったいない話だが……」


 これ見よがしに短剣を抜いてみせる。

 隠形を使うところと言い、ゲームなら盗賊シーフといった技能の持ち主のようだ。あっちはスキル上の分類でしかないが、こちらは文字通りの盗賊と言うわけだ。

 ここで、オリヴァーさんが小首をかしげた。


「お宝?」

「その懐に入っているものさ。その光沢、間違いなく斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸だな。それだけの大きさでも結構な値段になるってもんだ」


 Cクラスのゴットリープですら(建前としては)ぱっと見では真偽の判断がつかなかったものを、あっさりと見抜く鑑定能力は、ますますもってゲームでの盗賊シーフと同じである。居酒屋での〈暁の翼〉とのやりとりを見て、貴重な品を強奪すべく後をついてきた、というところなのだろう。

 オリヴァーさんが不用心と言われればそれまでだが、この界隈では貴重な薬師母娘に手を出す輩はいない筈だったのだ。


「油断したかな。〈七大の勇者〉が騎士団を編成するに当たって、人手不足を補う為に外国人にも門戸を開いているとは聞いていたが、こういう連中の流入も予想してしかるべきだった」


 オリヴァーさんは慨嘆するように言い、そして、冷ややかな眼を男達に向けた。


「まさか、このアンベルクに下着ドロが出没するようになるとはね」

「ぐっ」


 男達は、なんとなく心外そうな呻き声をあげた。


「私のお気に入りの下着を『お宝』呼ばわりした挙げ句に、無理矢理奪おうなど下品極まりない。その上、堪能した後は売り払おうと言うのだから言語道断だ」


 美しい薬師の鋭い舌鋒が、若干誇張された事実を指摘する。

 男達の「言われてみれば……」「確かに……なぁ」と、こそこそと言い交わす声が聞こえた。

 この連中、盗賊には違いないのだが、根っからの悪人と言うわけでもなさそうだ。


「くっ、この……」


 これ見よがしに短剣を抜いて見せたリーダーの男が、苦悩するように逡巡する。

 どうにも、引くに引けなくなったようだ。まぁ、殺気が無いので、脅しだと言うのはバレバレだったわけだが。

 ともあれ、見ている俺の方が気の毒になってしまい、オリヴァーさんに低い声で言った。


「下着くらいあげればいいじゃないですか。また縫ってあげますから」

「縫うのは君じゃ無いだろう。それに、少しはデリカシーと言うものを学習したまえ。未使用ならともかく、使用済の下着をこんな男どもに渡すなど、私としてはごめん被る」


 その使用済みの下着を、公衆の面前で堂々と広げられても平然としていたオリヴァーさんに、そんなことを言われても説得力に欠けるのだが。

 ともあれ、盗賊の肩を持つわけにもいかないし、こんなところでぐずぐずして、シャルロッテちゃんの夕飯をお預けにするのも気の毒だ。

 とっとと、けりをつけるべく、俺は一歩前に踏み出した。

 その動きに、ある意味追い詰められていたリーダーが反射的に動いた。手にした短剣を突き出してきたのだ。

 小回りのきく短剣による攻撃の、最大の特長は手数と、そしてスピードだ。

 静から動への、俊敏としか形容できない速さもそうだが、身体の部位でも一番動かない腹部を狙ってきたのは、相当に手慣れている証拠だろう。

 だが、その手応えに、あまりにも違和感を覚えたのだろう。一瞬、動きが止まってしまっていた。

 俺の野良着装備は耐刃性皆無だが、その上を素早く這い回るスライムは、基本的に物理的攻撃が聞きにくい性質の持ち主だ。

 首筋から、腹部へと瞬間的に移動したガノンは、言うなれば、ピンポイントな防御壁バリアーの働きを示したのだ。そして、短剣の間合いは、もう一匹の〈使い魔〉の間合いでもある。

 俺の左腕から伸びたドレイグの触手が、動きを止めたリーダーの首筋に、麻痺毒を滴らせた棘を打ち込んだ。

 リーダーは瞬時に意識を失い、その場にくずおれた。


「な、なんだ? うわっ」


 仲間の男達が動揺する中、その一人が意識を失って倒れる。その右足には、リーダーを気絶させたものと同じ麻痺毒をまぶした短い矢が突き刺さっていた。

 矢を放ったのは、俺の右腕から上半身を生やし、弓に二の矢を構えているヴァルガンだった。


 あの上位猪鬼ハイ・オークの一件がひとまず落ち着いた後。

 オリヴァーさんに再び人気の無い郊外まで連れてこられ、例の魔法陣をポケットに入れたままで〈使い魔〉を召喚させられたのだが、その結果がこれである。

 つまり、その状態で召喚された〈使い魔〉達は、俺の野良着装備に同化、というか潜むことが可能なのだ。しかも、俺と〈使い魔〉との感覚共有も一段と速やかになるようだ。

 この時、オリヴァーさんの指示に従って、スライムであるガノンを手始めに〈使い魔〉を次々と召喚したわけだが、当初、ひどく緊張の面持ちで見ていたオリヴァーさんは、最後に飛龍もどきの召喚を終えた段階で、なぜだかものすごく脱力し、手と膝をついた、いわゆるorzな格好になっていた。


「もう、この子は……いったい何なんだ」


 などと呻きながら頭を抱えていたのだが、その理由は教えてくれなかった。


 ともあれ、灰色な謎装備の、その使用方法の一端が判明したわけだ。

 それに、筋肉通が治まった俺の身体は、以前よりも逞しくなった感じで、動きも見違えるようになったのが自分でもわかった。

 何があったか不明だが、レベルアップしたと言う印象だ。

 明確なレベル数まではわからないけれど。


 そんな経緯で、〈使い魔〉を文字通りに手足のごとく操る俺は、盗賊の一団を速やかに無力化したのだった。

今回は〈装魔の勇者〉対人戦闘バージョンと言うところでしょうか。


次回更新は2/14の8時です。

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