第27話 鷲獅子襲来
三個中隊の飛龍と、乗り手たる龍騎士で構成されるアンベルクの飛龍騎士団。
日頃は三交代制の警邏任務に就いている彼らだが、この日ばかりは事情が違った。
先に出陣した第一中隊を追うように、第二中隊所属の飛龍達が攻性魔法の詰まった筒を抱えて次々と飛び立っていく様子が、光のウィンドウに映し出されている。
そして、別のウィンドウには、先発した第一中隊と、彼らが戦っている相手の姿が鮮やかに映し出されている。
飛龍騎士団と対峙し、巨大な翼を広げ空に浮遊しているのは、上半身は鷲で下半身はライオンの形状をした魔物――鷲獅子だった。四頭というか四羽というか、つまり、それだけの数が王都の近くまで飛来したのだ。
飛龍もそれなりに大きいわけだが、鷲獅子は更に大きい。空中にあるのでわかりにくいが、全長三メートルの飛龍との比率で見当をつけると、全長十メートルというところだろうか。
搭乗する龍騎士の詠唱によって、飛龍の抱える筒から、火や風の攻性魔法が鷲獅子に向けて次々と放たれる。だが、それらは目立った効果を挙げられていない。風と火と水の、三つの属性魔法を操る鷲獅子にとって、魔道具による攻性魔法を無効化するなど、容易いもののようだった。
「むう、魔法筒に納められる程度の攻性魔法ではビクともせんか」
ウィンドウの映像を見ながらそう言うジークベルト将軍は、冷静を装っていたが表情の端々に苦々しいものを隠せない様子だった。
「一応、あれ一つで中級魔道師四人分の威力はあるんですけどねぇ。さすがは上位種ってとこでしょうか」
重い雰囲気をぶちこわすような、軽薄な口調で言葉を発したのは参謀の中では最も若いヴェルナーだった。周囲の人々が向ける刺々しい視線に動じる気配も無いのは、度胸があるのか、単純に無神経なだけかは判然としない。
ここは、小規模な舞踏会に使われていた広間である。
今では〈白の騎士団〉の本部が設置され、幾人もの『遠見魔法』の使い手がアンベルク王国各地の様子を光のウィンドウに映す、一種の管制室のようになっていた。
「こんな事なら、〈光輝の勇者〉と〈疾風の勇者〉をプレニツァ王国にやるのでは無かったな」
「彼の地で〈禍神の使徒〉に関する新たな石碑が見つかったとあれば、仕方がありません」
ジークベルト将軍の悔いるような言葉を即座に否定したのも、またヴェルナーだった。
「何しろ内容が内容です。移動と情報伝達で最速たる二人の派遣を決めた将軍の判断に間違いはありません。第一、鷲獅子の出現など誰も予測できなかったわけで……」
管制室に詰める軍の重鎮達が一斉に発したどよめきによって、それに続くヴェルナーの言葉はかき消された。飛龍に対し、鷲獅子が猛々しい反撃を始めたのだ。
もっとも、呟きに近い、その小さな声を聞いたのはヴェルナー本人と、小窓から中を覗いている偵察ドローンコンビの片割れであるザガードくらいのものだろう。
「……そうは言っても、誰かが責任は取りませんとね」
その言葉に込められた響きは、覚悟を決めた人間のものだったように思う。
この時に俺が感じたものに間違いは無かった。
一角獣を駆って、飛龍騎士団より遅れて現場に到着した〈火炎の勇者〉と〈氷雪の勇者〉が鷲獅子達を屠り、この一連の騒ぎが落ち着いた後。
この若い参謀は、この件に関する責任を一身に引き受けて、任を解かれ、騎士の身分も剥奪された上に投獄されたのである。
王都に迫った危機を事前に防げなかったばかりか、飛龍騎士団を構成する三つの中隊のうち、二つまでがほぼ壊滅した事実について、軍としては誰かが責任を負わねばならなかったのだ。
◇◆◇
王都に警鐘が鳴らされると同時に外出禁止のお触れが周り、王都の治安維持を担う第一騎士団がこの界隈まで出張ってきた為、俺とオリヴァーさん、そしてシャルロッテちゃんはその日を部屋の中で過ごす羽目になった。
状況を知るべく、偵察ドローンコンビを放った俺から一部始終を聞いたオリヴァーさんは、まず同情の念を口にした。
「飛龍騎士団の過半数が壊滅か。飛龍はともかく、犠牲になった龍騎士は気の毒だったな。これも騎士たる者の宿命、と言ってしまえばそれまでなんだが……エレオノーラも役目がら、それなりに知己がいた筈だからなぁ」
エレオノーラさんに対しては、それ以外の面でも同情しているようだった。
「ともあれ、再び飛龍の数が揃い、騎士団として再編が済むまで、エレオノーラも忙しくなるな。飛龍騎士団専任の召喚術師だけでは手が足りるまい」
召喚獣が運用されるまでの、躾や訓練まで責任を負うのがこの世界における召喚術師というものらしい。戦闘時に召喚するだけの某ゲームと異なり、かなり面倒で散文的な役職だ。
召喚師として落ちこぼれの烙印を押され、宮殿から放逐された俺は、むしろ、幸運だったのかもしれない。国家に管理され、行動に制約をつけられた挙げ句に、そんな面倒な仕事を押しつけられるのではたまったものではない。
そして、オリヴァーさんの言葉は続く。
「それにしても、鷲獅子とはね。記録では、百年前に退治されたのが最後の個体だったかな。勇者のいない当時、三つの王国が連合して派遣した討伐軍三万騎がほぼ全滅したと言う話だから、それに比べれば少ない被害で済んだと言うべきだろうね」
言ってみれば、重量級の戦闘爆撃機相手に、騎兵で立ち向かうようなものだったようだ。
それは、飛龍騎士であっても大差は無かったらしい。
「元々、飛龍騎士団の任務は、その機動力を活かした広範囲の警邏や偵察、及び、他の騎士団を支援する為に上空からの牽制を加えると言った程度だったからなぁ」
オリヴァーさんの言葉を俺なりに解釈すると、アンベルクにおける飛龍とは、些かの地上攻撃能力を備えた偵察機と言った性質のものと言うところか。
あの魔法筒と言う武器も、攻性魔法を一発放てばおしまいのようだった。その後は肉弾戦で戦うしかないわけだが、隷属の印を刻まれ、闘争本能を抑制された飛龍が、獰猛な肉食性の本能を剥き出しにした鷲獅子に敵うわけもない。
しかも、鷲獅子の脅威は、これで終わりとは限らないのだ。
「こうなると、鷲馬を根絶やしにする必要があるんだが……」
美貌の薬師は考え込んでしまったようだった。
今回出現した鷲獅子は、鷲馬と言う魔物が『成り上がり』によって変じたものらしい。
この鷲馬だが、上位種の鷲獅子とはかなりの落差がある。
上半身は鷲で下半身は馬という、その外見こそ類似しているが、サイズは大きいものでも、せいぜい二メートル程度。あれほどに巨大な魔物に変じるのは、まさに魔法的と言っていいだろう。
性質もまるで別物だ。
温厚な草食性で、隷属の印無しに人間に従順と言う、魔物としてはかなり例外的な存在なのだ。
一応は魔物なので、王都を初めとする大きな都市周辺でこそ討伐対象だが、辺境の農村では半ば家畜扱いである。
空を飛ぶ能力も備えている事から、交通手段や物資の輸送で重要な役割を果たしており、辺境の人々にとっては、暮らしを支える上で不可欠と言っても過言では無い。
「そんな事情もあって、明確な根拠を提示しないと鷲馬の根絶は難しいだろうね」
つまり、冒険者ギルドが隠しているという古文書が必要になってくるわけだ。
「ところで、コウイチ。人が真面目な話をしている時に、その態度はどうかと思うぞ」
不意にオリヴァーさんの口調が棘を含んだものに変わる。
先ほどからあらぬ方向に視線を向けているのだから、そう言われても仕方の無い話ではある。それはそうなのだが、だかといってオリヴァーさんの方に視線を向ける訳にもいかない。
美貌の薬師は、居間の真ん中に磁器製の盥を置いて、先ほどから行水の真っ最中なのだ。
アンベルクにおける庶民階級の住居には浴室と言うものが存在せず、ほとんどは共同浴場まで出かける事になるのだが、外出禁止令によって、それもままならないと言う話はわからないでもない。
「だからと言って、俺の目の前で行水を始めないで下さいよ」
つか、人が話している時に……とは、こっちが言いたい。
「私はこれでも、一応は婦女たる身だぞ。日に一度は身体を清めなくては、恥ずかしいではないか」
普通は裸身を見られる方が恥ずかしいと思うのだが。
いや、それ以前に、王都に上位種の巨大な魔物が迫っていた状況で、行水を始めるってのはどういうことよ?
「下手をすれば、当分は風呂どころでは無くなるかもしれんのだ。優先すべきは乙女の身だしなみだろう」
美貌の薬師は平然とそんなことを言ってくる。
やっぱり、オリヴァーさんの感覚はどこかずれてるようだ。
そんなオリヴァーさんを前にして、俺は眼を瞑り耳を塞ぐわけにもいかなかったのだ。
そうすると、〈使い魔〉達との感覚の共有も切れてしまう。
布などで覆う、もしくは、他者から塞がれる場合は別だが、能動的に自分の視覚と聴覚を遮断するアクションを取った場合に限り、連動的に感覚の共有も切断されるのは、ある意味では当然かもしれない。
いつぞやのように背を向けると言うわけにも行かなかった。
何故なら、俺の装備に潜った〈使い魔〉――角鮫もどきが盥に貯めた水の制御を失ってしまうからだ。
そう、俺の野良着装備に同化する事で新たな能力を発動したのが、日頃はほとんど出番の無いグロムだった。
単体で召喚した場合、水の無いところでは虚しくピチピチと跳ねるだけのこいつは、装備に同化すると空気中の水分を液体化、もしくは、その逆の事が可能のようだった。
要するに水が無ければ困る水棲系が、レベルアップして水を生成する能力を得たわけだ。
俗に水を得た魚というが、この場合は水を得る角鮫もどきか。
ただ、装備に同化している間は水が不要みたいなので、これまた俺の〈使い魔〉らしく方向が斜め上なやつである。
何にせよ、飲み水としては極めて怪しいが、洗い物には問題無いようなので、少し離れた共同の水汲み場まで行く手間が格段に減ったのは確かだった。
何しろ、大容量の注水や排水がワンタッチなのである。
これを知ったオリヴァーさんは、たいそうに喜び、そして行水を敢行したと言う次第だ。
つか、居間に盥を置いて、この中に水を入れるように言われたので、俺はそれに従っただけなのだ。
湯沸かし用の魔石を入れたと思ったら、止めるまもなく始められてしまった。
問題なのは、この能力の発動が、現段階では俺の前面に限られると言う事だった。
この状態で向きを変えると、たちどころに盥の水は無くなり、結果としてオリヴァーさんは火傷を負ってしまう。
かくして、偵察ドローンコンビから情報を受け取っている俺は眼を閉じることもできず、オリヴァーさんの方を向いていなければならないと言う羽目に陥ったわけだ。
出来ることと言えば、顔だけ横を向くことくらいである。
ちなみに、抵抗むなしく裸に剥かれ、隅々まで綺麗にされたシャルロッテちゃんは「二度までも……もう、お嫁にいけなひ……」と涙目になってシーツにくるまり、寝室に引きこもっている。
見てないからね、シャルロッテちゃん……可能な限りだけど。
娘の傷心を毛ほども理解していない、とんでも無い母親は、さらにとんでも無い事を言い出した。
「むぅ。シャルロッテがああでは、眼の届かぬ場所が綺麗になったかどうか、コウイチに確認してもらうしかないかな」
一瞬だけ横目で見ると、その美しい顔に、獲物を見つけた猫のような表情を浮かべているようでもあった。
当然のごとく、俺は必死で辞退した。
オリヴァーさんは、さすがに、それ以上の無茶を強いる事無く、行水を済ませると大人しく部屋着を羽織っていたが、何事かを妙に考え込んでいるように見えたのが気になった。
――いや、だから、横目で見たのは首から上だけだって。
◇◆◇
外出禁止令が解除され、諸々が落ち着いた数日後、俺はオリヴァー母娘と共に中央市場に出かけた。
先日に話が出た各種物産の相場を見て回る為である。
あれから口もきいてくれなかったシャルロッテちゃんは、だいぶ機嫌が直ったようだ。
まぁ「当分は何でも言う事を聴く」「将来責任を取る」の二つを約束させられたが、それで機嫌を直してくれれば安いものだ。ただ、俺は何も悪くない筈で、そこだけは不条理だと思うのだが、実害があるわけでも無いので深く考えないことにした。
災難なのはヴァルガンとザガードだ。
シャルロッテちゃんからの「当分は何でも言う事を聴く」の要望に従って、しばらく玩具扱いされる運命は不可避だろう。ミニサイズとはいえ、俺にはとうてい可愛いとは思えないが、ああした年齢の女の子には、また違って見えるようだ。
ともあれ、しっぽにいくつものリボンを結わえられたザガードはまだしも、お人形用のフリルたっぷりな服を着せられたヴァルガンは、おままごとの相手も務めねばならないわけで、俺としては内心で手を合わせるしか無い。
さすがに、外出中は勘弁して貰うことにしたわけが、年齢の割には妙に大人びた面を見せるシャルロッテちゃんにも、年相応なところもある事を知って、なんとなく安心する思いもあった。
さて、中央市場は文字通りに王都の中心に位置する広大な敷地に、商人ギルドが管轄する様々な店舗――結構大きな天幕から小さな露天商までが軒を連ねている場所だ。
召喚される時にいたショッピングモールのような雰囲気だ。
もっぱら庶民向けの商品を取りそろえているが、中には王族や貴族じゃないと手が出ないような商品を扱う店もある。
「御用達の商人が、たまにお忍びで出てくる貴族の奥方様連中などを相手にするお店だよ。周囲の店舗にとっての、一種の客寄せだったりもするんで、日々の売り上げにはこだわってないようだね」
とオリヴァーさんが説明してくれる。
目立たないように腕利きの護衛を配置したり、盗難対策用の魔法具を置いているそうだが、ちょっと見た目にはかなりオープンな感じだ。
「ちょうどいい。金尾狐や黒曜貂の毛皮も扱っているから、今の相場を見てみようか」
そう言って、シャルロッテちゃんの手を引くオリヴァーさんが躊躇いも無く、そうした店に入っていくので、俺も後をついていくのだった。
次回更新は2/20の1時です。(少し不定期)




