僕と君
僕は、神様に願いを叶えてもらったことがある。
幼い頃、ある日に突然、前触れもなく。けれども確かに強く抱いていた『願い』を顔も知らない神様に勝手に叶えられて、僕は今の僕になった。
一日一善、己のためではない〝善行〟を果たさなければ、生きられない存在に。
思い込みや妄想ではない。生き方を違えれば、僕は死ぬ。
あの日、夢の中で聞いた『声』がなくとも、疑わずに確信していたはず。そんな事実という認識の呪いが、叶えられた『願い』と共に僕の中に在る。
神様に齎される、成就と代償。
そんな在り得べからざる不思議が、この世に在ることを僕は知っている。
────そう、だからこそ。
「……ぁ、あなた、も」
「そうだよ。僕も君と同じだ」
僕と同じ存在が現れたという信じがたい事実を、あっさりと受け入れられた。
……勿論、驚きはある。
こうなってから同じ存在に出会ったのは、言わずもがな初めてのこと。それはもう、人生で一番────神様に願いを叶えられてしまったことの、次くらいには、
心底から、驚いている。けれども、
「私、と……同じ………………」
今は、目の前。
泣き出しそうというか、もう実際に泣き出してしまった同級生の対応が先と定め、こちらの個人的な感情やら何やらは後に置いておこうと思えたから。
────遭遇してから一週間ほど、僕が知る程度の僅かなものとはいえ。この目で見てきた事実から彼女の境遇を予想すれば、その胸中を察するに容易い。
「私、と…………っ……」
人知の及ばない『代償』に付き纏われる人生を歩むことが、どういうものか。
僕は誰よりも知っているはずだから。
「……大丈夫?」
意味のない問い掛けと思いながら、他の言葉が浮かばずに投げかける。
然らば……僕と同じく初めて自分と同じ存在に遭遇した驚き、その事実から生じる数多の感情────きっと、これまで溜め込んできたのだろう心細さに胸の内をメチャクチャにされていると思しき天下谷さんは、頷くように小さく震えて。
「ちょっと、待って、ください……」
大丈夫と伝えながら、全く大丈夫ではない様子で。
おそらくは制御の利かない感情と折り合いを付けるべく。次から次へと勝手に零れ落ちてくる涙を受け止めながら、顔を両手で覆ってしまった。
僕にできることは、なにもない。……ただ、
「……少し、席を外そうか?」
立ち上がりつつ、そう問い掛ければ。
「ダメっ……!」
顔を隠すのも放棄して、必死な両手が僕を場に繋ぎ止めた。
消えないでとでも、乞うように。どうか幻ではありませんようにとでも、願うように。────もしも夢なら、死んでしまうとでも言うように。
だから、
「わかった。大丈夫、いるよ」
僕は制服を力一杯に掴まれたまま、彼女の前で。できるだけ泣き顔や泣き声を意識に入れないよう心を配りながら、それからは何も言わず。
暫くの間、ただ寄り添うことを決めた。
◇◆◇◆◇
そうして、十分程度が経った頃合いだろうか。
「………………す、すみません」
ぐすり、一つ水音を目途に。完全にとは言い難いまでも感情を引っ込めた天下谷さんが、恥ずかしげな声音で謝りを口にした。
「気にしないで」
とは言ったものの、全く何もかも「気にしないで」いられる状況ではないだろう。実際は僕でさえ結構な幅で心を揺らしている有様なのだ、無理もない。
────であれば、今すべきことの選定は簡単だ。
「『願い』については、聞かないし言わなくていい」
「え……?」
「僕も、ソレについては今のところ言う気がない。特に必要もないからね」
「…………」
「重要なのは今。お互いが困ってること、だと思うから」
なによりも優先して、味方になってあげること。
同じ存在だからこそ考えずとも察せられる、今なによりも必要なこと。思いもよらず、願うことさえできなかった有り得ない状況を前にして。
「お互い様なら、助け合えるよね。きっと」
「助け……」
避け得ず無限に湧き出すであろう『幸運に付随する不幸』への想像を、そんなもの在りはしないと無遠慮に振り払ってやることくらいだ。
「助け、て…………くれるん、ですか……?」
また、じわりと涙が顔を見せる。
────出会ったばかりでとか、そういう無意味な遠慮は必要ないし愚かしい。今は世界で互いしか存在しないと見つめ合う者同士、僕らには互いしか居ない。
恥も遠慮も投げ捨てて縋るのは当然だ。
「助けるよ」
これまで、どれだけの時間があったか、わからない。
どれだけの期間、彼女が〝代償〟と思しき『不幸』に見舞われ続け生きて来たのかわからない────そんな果てしない不幸の前に、現れてしまった者として。
「だから、天下谷さんも僕を助けてよ」
縋る手を振り払う理由も、手を差し伸べることを迷う理由も在りはしない。
「僕の名前は芳野 律人」
「……っ、…………天下谷、小幸、ですっ……」
そうとも、だからこそ。
「助けて、くださいっ……!」
「うん。お互いに、ね」
彼女が僕の手を取ることを、疑う必要も在りはしなかった。
それでは、幸か不幸か神ひとえ。
これより本格開幕と相成りますが、また一週間後に お会いしましょう。




