彼女の家
天下谷小幸は、僕の手を取った。
……とはいえ、助け合いにも段取りがいる。ということで────
「…………………………ごめんなさい。なんだか、私、自分ばっかり……」
「仕方ないよ。あんな事が起きたばっかりだ」
僕は無事、助けを求めてくれた天下谷さんを連れて帰り道を歩いていた。
あんな事……本来であれば『事件』になっていたであろう惨状を呈す教室を後に、それから場所を移して『お話』をした屋上も後に、学校の外。
「でも……………………、……あ、あの、本当に……?」
「まあ流石に、あの流れから一人で帰らせるのは有り得ないよ」
つまりは、二人並んで、天下谷さんの家へと向かう道を。
当たり前。ここまでの状況からして『では一旦それぞれ持ち帰ってから改めて後日』なんて悠長なフェーズが存在していいわけがない。
つい一時間前、彼女は死にかけたのだから。
────とはいえ、
「僕も、軽い気持ちで簡単に自分の命を懸けて助けたりしない。……と、今更だけど当然の警戒云々に関しては、諸々の行動から信じてもらうしかないけど」
今の状況だけを抜き出せば、つまるところ知り合って間もない男子に『送ってやるから自宅まで案内しろ』と危機を盾に迫られた形になるわけで。
先程は涙を流して『助けて』と求めてくれたものの。それはそれ、警戒やら何やらが遅れて顔を出し始める頃合いだろうと自己弁護を差し込んでみれば────
「……? ぁ、え、……っと、はい。そういうのは全然、疑ってないです、けど」
意外……と言えるほど僕はまだ彼女のことを知らないが、天下谷さんは戸惑いを見せつつも迷わず警戒を無いと断じた。心を偽っているようには、
「…………」
「な、なんでしょう」
……見えない。
隣を歩く僕を見つめる榛色の瞳に宿っているのは、つい先刻から後を引き続ける恐怖の色。────そして、得体の知れない男子に対する信頼だけ。
そう、
「……全然、疑ってないんだ?」
「その…………疑う余地が、無いので……?」
コテンと首を傾げる彼女は既に、もう完全に心を開け放っているように見えた。
────まあ、
「そっか」
彼女視点、僕が命の恩人に見えているだろうという事実を踏まえれば無理もないことか。経験が無いわけもなし、僕もまた彼女からの信頼を受け入れた。
……然らば、
「ところで、天下谷さん」
「は、はい」
そろそろ、僕の方が抱くべき警戒について問わせてもらうとしよう。
即ち、
「これ僕、どこに連れていかれてる?」
「ぇ、あの…………私の、家です……?」
学校を出てから、早二十分弱。現在進行形で険しい……というほどではない丁寧に舗装された道ではあるが、人気のない山道を歩かされている件について。
この町は都会に非ず、山に囲まれた田舎町。そのため別に山が珍しいわけではないが、だからと言って山奥に住んでいる人が珍しくないわけでもない。
なので、一応。今の状況に間違いがないか確認をしてみたのだが、
「ご、ごめんなさい。もうすぐ着くので……」
「わかった」
どうやら、何も間違いはないらしい。彼女の『家』は山奥にあるようだった。
◇◆◇◆◇
────そうこうして、天下谷『宅』に到着して間もなくのこと。
「ど、どうぞ……」
「どうも」
僕は、最短ルートで彼女の部屋に招待されていた。
というよりも、玄関から上がった先が丸ごと彼女の部屋だったというか。
流石に少々まだ事態が上手く呑み込めておらず、代わりに「どうぞ」と出された冷たい麦茶を飲んで思考の間を取ってから────僕は、
「親御さんは、向こうに?」
「え、と……はい」
山奥に建てられていた平屋に到着するや否や、その脇にある小さな……ともすれば物置小屋にも見える小さな別棟に迷わず一直線。
二人きりに僕を連れ込んだ天下谷さんへ、事の次第を問うことにした。
「それで、此処が天下谷さんの家……というか、部屋?」
「そう、です」
母屋の方は、それなりに立派な構えだった。だからこそ……────ワンルームどころの話ではない、本当に物置小屋めいた間取りが寂しく目に映る。
申し訳程度に畳が敷かれてはいるが、そんな足元事情の他に此処を『部屋』と称せる要因は僅か三つ。中央に置かれた丸机と隅に置かれた冷蔵庫、そして綺麗に畳まれた布団だけ。あと目に付くものといえば壁の引き戸……押し入れが精々。
本当に、何もない。お世辞にも花の女子高生が住まう部屋には見えなかった。
────然して、
「ご、ごめんなさい。殺風景で……」
天下谷さんも、その事実は自覚しているらしい。寂しげな風景を静かに見回す僕の様子を見て、恥ずかしげというよりは申し訳なさげに俯いてしまった。
無論、謝るべきは僕の方だろう。
「こちらこそ、無遠慮だった。ごめん」
「いえ、そん────」
なぜって、勿論。
「〝不幸〟との兼ね合い、だよね」
「────……」
少し考えれば理由など、経緯も含めて容易く隅々まで想像がつくのだから。
それゆえ、それこそ無遠慮かもしれない率直な物言いで、断じるように問うてみれば。天下谷さんは、やはり申し訳なさそうに再び目を伏せながら。
「……はい」
気まずさを誤魔化すように、上手とは言えない笑顔を見せながら、頷いた。
本日は19:00から、もう2話ほど更新予定です。




