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幸か不幸か神ひとえ  作者: 壬裕 祐


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11/21

芳野律人


 天下谷さんは、頷いた。然らば…………────と、話を進めようとした折。


「ぁ、あのっ……!」


 やや勢いよく手を上げた彼女に制される形で、開きかけていた口を閉じる。なにか言い出すタイミングを計っている気配は感じていたので、それだろう。


 なにを言い出すのかについても……。


「ごめんなさい、ちょっと、その……おば──……家族に、ただいまとだけ」


 察するのは容易いというか、至極当然のことだろうなとも。


「勿論。……僕は、」


「ぁ、ま、待ってて、もらえると」


「大丈夫だけど、むしろ大丈夫? 一人で部屋に居させて、その……」


 それゆえ、ほぼほぼ用意していた言葉の流れ。


 本人さえ「殺風景」と称す環境ではあるが、一応は女子の部屋。必要な気遣いだろうと確認をすれば、天下谷さんは先ほどより幾らか自然に微笑み……──


「気を遣わせるようなものなんて、何も置いていませんから」


「……そっか、了解」


 それはそうだろうな、としか言えない事実を列挙すると、部屋を出ていった。




 ────斯くして、


「………………………………どういう流れなんだ、これ」


 一人で取り残された僕は、暫しの間は取り繕う必要性を失った表情を崩す。


 天下谷さんの前では諸々の経緯を鑑み、意図して余裕綽々を気取っているものの……アレやコレや・・・・・・が発覚した際から、心の中は変わらず困惑で満ちたままだ。


 僕と天下谷さんは、おそらく同類。


 それはいい。この目で見てきた異様な〝不幸〟と……そして今になって思えば、もっと不審に思い興味を向けるべきだったのだろう〝髪〟とで、納得している。


 招待されて数分で察せられる、複雑な周囲環境の事情。


 それもいい。同類であることを納得するのであれば、そういった面も『普通』から外れていること程度は驚くに値しない。同一ではないだろうが、やはり同類・・だ。


 だから、現状唯一、問題なのは────



「………………で、どうする気なんだ。僕」



 ほぼ選択肢など無かったとはいえ、あれよあれよと辿り着いてしまった今。


 特殊な……特殊が過ぎる境遇同士という、僕たちにとっては巨大が過ぎる共通点があるとはいえ。あれよあれよと────女子の御宅に上がり込んでしまった今。



「────…………っ、すみません! おまたせ、しました……!」


「あぁ、うん」


 そして、ここまでの一連の流れによって。天下谷小幸が芳野律人に対して、すっかり「疑う余地もなく」信頼の目を向けてしまっている、今。


「おかえり」


 こういうのは、お前の領分じゃないだろう────と。頭の中で憎たらしい顔をした早乙女隼太が、戸惑う僕を指差して楽しそうに笑っている件だろう。


 ……さて、


「それで、あの…………あの、まだ、芳野よしの君のこと……」


 これから足早に、僕が演じた『安心させるために努めた顔』は剝がれていくだろう。さすれば、この急造された信頼と安堵の視線が一体どこまで落ちるのやら。


「言ってない?」


「……………………はい。なんて、言えばいいのかって……」


 まあ、元より格好付ける気で演じたわけではないのだ。


「そうだね。じゃあ、とりあえず天下谷さんの家族に事情を話すために────」


 それゆえに、


「まずは僕らが、正しく今を理解できるよう努力しよう」


「────はいっ……! よろしく、お願いします……!」


 どうでもいいことは置いておき、まずは必要な『お話』に集中するとしよう。



 ◇◆◇◆◇



 そして、僕らは改めて向き直った。


「それじゃ最初に、大前提・・・の確認を改めて」


 小さな部屋で、丸机を挟み一対一。


 互いの手元には、麦茶が注がれたプラスチック製のコップが一つずつ。


「僕たちは互いに、この世界には〝おかしなこと〟が存在するのを知っている」


 真っ直ぐに僕を見る天下谷さんは……件の衝撃的な出来事から一時間程度の間を置いて、流石に多少は落ち着いてきたのだろう。


「これは間違ってない・・・・・・、ね?」


「……、はい・・


 肯定の根拠の一つでもある白髪を揺らしながら、しっかりと僕の問いに頷いた。


「天下谷さんは、いつから?」


「………………小学校、四年生の時。なので……大体、七年前、です」


「そう。僕は九年前。……だから、小学二年生の頃だね」


 そして、それを機に。


「『願い』は、聞かない。お互いに『代償』を詳しく教え合おう。……いい?」


「……………………、はい」


 僕たちは、助け合うため絶対に必要な〝自己紹介〟を始める。



 まずは、言い出しっぺ。僕からだ。


「僕の『代償』は、一日一善・・・・────『毎日一度の〝善行〟を欠かさないこと』」


 然らば……まあ、予想通りの反応。


 それだけ聞けば確かに『代償』とは言い難い珍妙な僕の強制的ライフワーク・・・・・・・・・を聞かされて、天下谷さんは「え?」と目を丸くした。


 当然だろう。それだけなら、彼女の〝不幸〟に対して何もかもが軽すぎる。


 けれども、


「これを欠かしてしまった場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()旨を事実として聞かせれば、榛色の瞳に納得が宿った。


 ……詳しく教え合うとは言ったが、馬鹿正直に隅々までを開示するとは言っていない。別に()()()()()()()()()()()()()、不要なことは口を噤むべきだろう。


 おそらく『死ぬほど酷いことが起こる』どころか『酷いことが起きて確実に死ぬ』などと、直接的かつ致命な代償それであることを天下谷さんが知る必要はない。


 ────つまり、



「どのみち天下谷さんよりは……まあ、()()()()()()()()()



 嘘偽りなく、過分もなく、彼女には事実だけを伝えればいい。


「軽、い……? ぇ、いえ、あの…………軽い、ですか? それ……」


「軽いでしょ。どっちも同じ〝不幸〟で括れるのかもしれないけど、天下谷さんと違って『回避する手段』が用意されてるんだから。無いのと同じ・・・・・・だよ」


 全て事実、それが僕の心底にある素直な感想だった。



 ────欠かせば死ぬ。ならば、欠かさなければ良いだけのこと。



 九年前に根底へ根付いた認識を、僕は今に至るまで特に悩まず抱え続けてきた。


 ……とはいえ、


「毎日、善行……一日一善…………え、と。それって」


「具体的には一体どういうことかって? まあ簡単な話だよ」


 いきなり、全ての認識が僕とリンクするはずがない。当然だ。


 確実な死という容赦のない結果・・だけを除けば、代償について特に隠す必要性のある部分は存在しない。そう考え、彼女から齎される問いに答えていく。



 ひとつ、〝善行〟とは僕が僕以外の誰かへ手を差し伸べることを指す。


 ひとつ、判定の可否は概ね僕の判断に委ねられている。


 ひとつ、ストックは不可。一日一善のノルマは絶対不動。



 ────とまあ、


「ね。箇条書きみたいに上げていけば、本当に大したことないでしょ」


 嘘でも、ましてや謙遜でもないのだという事実を伝えれば……暫くの沈黙後。


「…………………………その……芳野、君?」


「うん」


 天下谷さんは、僅かばかり。


 けれども確かに、僕を見る目を変えて。


「芳野君、も……確か『僕を助けてよ』って…………あの」


「うん、言ったね」


 やはり問うものだから、僕は笑って頷いた。


 ────そうとも。僕は言った、お互い様・・・・だろうと。



 だからこそ、今度は君の番。



「それじゃ、次は天下谷さんの代償について」



 これから僕を助ける、君の〝不幸〟について。僕に話して聞かせてもらおう。


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