君と僕
「なん、で…………そんな……────髪の毛、真白に染めてるんですか……?」
「…………………………は?」
身体を起こすのも忘れて、ぷつり途切れた思考のまま僕は無配慮な声を零した。
ともすれば、威圧するようにも聞こえたことだろう。いまだ僕に……男子に押し倒された体勢のまま、動けずにいる天下谷さんが怯えたように身を竦ませた。
────失敗だ。今はいい、仕舞え。
「……立てる?」
「ぇ、…………ぇあ、は、はい……っ!」
全く思いもよらなかった彼女の『質問』を、まずは頭の隅へ追いやり。疑念は保留、戸惑いは他所へ、彼女の上から身を起こして手を差し伸べる。
そして、
「んっ…………ん、あ、あれ……?」
単に驚きと、まだ恐怖から来る興奮状態が抜けていないだけのことだろう。勢いだけは元気な返事と裏腹に、力が入らず立ち上がれない様子を見て取り。
「ちょっと、ごめんね」
「ぇ────ふぁっ……!?」
手を引くだけに留めず、その身体を丸ごと抱き上げた。
然して、掬い上げられるように抱えられて宙に浮いた天下谷さんは────
「ぁ、あ、の……???」
不快感を露わに赤面することもなく。暴れることもなく。ポカンとしてされるがまま、真実『ついていけておりません』といった顔で固まってくれたので、
「場所を移そう」
「え……? え、あのっ、え、ここ────」
「大丈夫だよ。気にしなくて」
これ幸い。
僕は彼女が有無を言う前に攫い、惨状を放置するまま教室を後にした。
◇◆◇◆◇
そして、数分後。
「………………あの、屋上って、確か、立ち入り禁止」
「そうなんだ。知らなかったよ」
僕は勿論のこと立ち入り禁止と知っている屋上へ、天下谷さんを招待していた。
屋上とは言っても、極狭い小さなスペースだ。高架水槽やら何やら必要に際した設備器材が置かれ、またソレらを整備するためだけに存在する……。
真に、生徒が立ち入る意義も必要もない正当な立ち入り禁止場所。憩いの場にはならないし、頑丈なフェンスに遮られて眺めも大して良くはない。
────ただ、
「まあ、立ち話もなんだから座ってよ」
「……、…………」
密かに二人、お話をするには都合のいい場所だ。
然して、
「……うん。それじゃ、まずは誤解を解いておくけど」
やはり実に都合良く置かれていた、場にそぐわない、僕らにとっては親しみ深い教室の椅子に天下谷さんが腰を下ろしたのを確認して。
こちらも二脚目に座りつつ、いよいよ……流石に、僕に対するシンプルな警戒の色を帯び始めた彼女の瞳を見つめ返しながら。端的に言う。
「僕は別に、不良じゃない」
おそらくは、彼女自身が口にした〝認識〟を鑑みるに、彼女が僕に対して抱いているであろう不可避のイメージを、否定する言葉を。
────……さすれば、ちらりと。
「……………………そ、そう、ですか」
明確に、間違いなく。その榛色の瞳が僕の『頭』を確認する動きを見て取って、こちらも〝認識〟を疑わず受け入れることを決めた。……そう、間違いない。
「僕の頭、真っ白に見えてるって?」
「…………はい」
天下谷 小幸には、僕の姿が見えている。
別に、幽霊を気取るわけじゃない。そんなファンタジーは僕も知らない。
ただ、けれども────
「天下谷さん」
「は、はい」
「スマホ持ってる?」
「………………は、はい?」
そういうのとは違う『不思議』であれば、知っているから。
「も、持ってます。けど……」
「じゃあ、それで僕のこと撮ってみてよ」
不良にカツアゲされる、とでも警戒しているのだろうか。さりとて逆らうのも怖いといった具合、恐々と鞄の中からスマホを取り出した彼女に『撮影』を促す。
「撮っ、……て。…………………………」
そして、意味もわからぬはずの発言に、僅かばかり。疑いや警戒のみならず、ほんの僅かばかり妙な反応を見せた天下谷さんが、最終的には言われるがまま。
「と、撮ります」
「どうぞ」
起動したカメラアプリで、パシャリ。対面する僕の写真を撮って────
写った『僕』を見て、その瞬間。
「────────────────────、」
息を吸って、吐いて。そんな簡単なことも忘れてしまったかのように。時を止めた彼女は数多の感情を瞳に顔に宿し…力が抜けた手から、スマホを滑り落とす。
然らば、予期して受け止めた僕の手中。
僕を見返すのは、面白みも凄味も何もない『黒髪男子』の顔。
そして、その見知った『顔』を横へ飛ばし、起動したままのカメラで以って。
パシャリ。
「「…………………………」」
僕は、天下谷 小幸を撮影した。
断りもなく。けれども、それを彼女は咎める素振りもなく。
液晶の中、写った彼女の姿は────
「天下谷さん」
「…………はい」
如何なる感情によるものかは、まだわからない。名前を呼んだ僕に、震える声音で、迷子のような声音で返事をした彼女の姿は……写真の中。
目を引くことには変わりないが、ただただ可憐な『黒髪女子』で。
────事ここに至り、これまで彼女を取り巻いていた〝異常〟を見てきた事実も踏まえて、もうどうしたって間違いようのない確信を以って。
僕は、口にする。
「神様に、願いを叶えてもらったこと。あるでしょ」
「…………」
おそらく存在する、僕たちの共通点を。
そして、天下谷 小幸は。
「………………はい」
僕の問いに、震える声音で。
泣き出しそうなほど頼りない声音で答え、頷いた。
本日二話更新。




