不意の不運と不自然な不幸
そして、一週間が経過した。
いつからかといえば、他ならない例の『野良犬外履き窃盗事件』から。つまり、僕が天下谷 小幸さんに不幸体質という失礼な疑いを掛けてから、一週間。
然して、この七日間……間に挟んだ土日を除けば、五日間。
別に、これといって積極的に関わろうと立ち回ったわけではない。特に、彼女の目立つ姿を探して過ごしたというわけでもない────それでも、なお。
同校に通学する生徒同士。
そして、それぞれ不幸に付き纏われる者と不幸に付き纏う者。
そんな存在同士の巡り合わせか、はたして幾度となく目に入ってしまった『事実』を以って、僕は更に彼女に対する認識を改めざるを得なかった。
天下谷 小幸は、決して『不幸な少女』などではなく。
天下谷 小幸は────『異常なまでに不幸な少女』なのだろう、と。
野良犬事件翌日の放課後。
遅刻からの説教という日課が発生せずとも、基本的には校内の図書館なりで時間を潰す僕。そして気分にもよるが、基本的に水曜以外は僕を待つか付き合う隼太。
普段通りのルーティーンで辿り着いた、最終下校時刻の手前。いつも通り適当な会話を繰り広げつつ、常のように人も疎らとなった廊下を歩いていた折。
突如として、遠くから響き聴こえた微かな破砕音。そして小さな悲鳴。
然らば顔を見合わせ、共に駆けて行った先。僕と隼太が目撃したのは……。
「────いやぁビックリしたでしょう。怪我は無かったかい?」
「ぁ、は、はいっ。近くには、いなかったので……」
廊下に散らばる、元蛍光灯と思しきガラスの残骸。そして、いまだ驚きが冷めやらぬといった表情で胸を抑えている天下谷さんと、彼女を気遣う見回り教諭の姿。
勿論、野次馬めいて駆け付けた手前「手伝いましょうか」と片付けの助けを名乗り出つつ状況は訊ねてみたが……どうも、勝手に蛍光灯がパンと破裂したらしく。
当時、廊下を歩いていたのは天下谷さん一人だけ。そして悲鳴を上げたのも言わずもがな彼女。付近に居た先生が、僕らより一足先に駆け付けたという流れ。
────まあ、不幸といえば不幸。
悲鳴を上げる程度には驚かされたのだろうし、謎のアクシデントに関わってしまい無用な時間を取られたという意味でも、何一つプラスな出来事ではない。
当然ながら誰も天下谷さんの悪戯を疑いはしなかったし、実際に彼女が何もしていないことを僕は知り得ている。本当に、不意の事故に巻き込まれた被害者だ。
その場は大した騒ぎにもならず、登場人物も増えたりはしないまま自然に解散。
先生に促され僕と隼太は二人、そして教室に忘れ物をしたと言う天下谷さんは一人。それぞれ他人同士で別れ……その時は僕も、単に昨日から引き続きかと。
本当に不幸な人がいるものだなと、彼女のことを甘く見ていた。
────そして、週末を跨いだ月曜日。またしても放課後。
その日は『日課』に殉じて久川先生に面倒を掛けた後、自分のクラスへ帰る道すがらのこと。例によって最終下校時刻、人のいない校内で微かに耳へ届いた悲鳴。
……三度目に至り、この時から漸く強めの『嘘だろ』という感情を抱き始めた僕が、聞き覚えのある声音を辿り予想通りの隣教室を窓から覗いてみれば。
「────あぅ……えぇ、どうしよう…………」
なんとビックリただ一人、そこには天下谷小幸の姿。
先日、彼女が眠りこけていたのと同じ位置。つまりは彼女の席なのであろう机と椅子に囲まれて、真っ白な髪の少女が途方に暮れている光景。
もう本当に、完膚なきまで囲われていた。壊れたというか、物の見事に『分解』している彼女の机と椅子のパーツ各部……つまりバラバラの残骸に。
端的に、意味がわからなかった。
なんで? と、堂々ツッコミを入れながらガラリと扉を開けたかった。
なにがどうしてそうなったの? と、明々朗々に疑問を述べつつ彼女の『体質』について問い詰めたい程度の興味には襲われた。
ただ、またしても彼女は何もしていないということを僕は知り得たゆえに、それが単なる有り得ない不幸な事故であることを察したがゆえに。
「……………………あぁ、もうっ……!」
僕は身を隠し、おそらくは先生に報告をしに向かったのだろう。足早に教室を出ていった天下谷さんの気配が遠ざかったのを確認した後、お節介を焼いて……。
その日は、とりあえず帰宅した。
────斯くして、そんな事件が毎日、欠かさず続いた。
ツッコミどころは無限にある。どんだけ不幸なのと、それなんかもう『不幸』とか『不運』とかいう次元じゃないよねとか、言いたいことは無限にある。
それにしては転校生だの可愛いだのといった話題しか聞かないとか、目立つ癖に妙に目立たないとか、流石に興味を禁じ得ない点も多々ある。流石に。
なんとも……はたして、これは僕が『他人の不幸に目を向けなくては生きていけない』性質の人間だから、そうなのか。なるべくして、そうなってしまったのか。
いっそ、運命的なほどの遭遇率。
件の野良犬事件と続く蛍光灯事件を除いては、偶然に居合わせ観測した上で知られず『お節介』を焼くばかり。彼女は僕を大して認識していないだろうが。
────流石に、こうも視界に入って来られては。
こちらの日常を、常ならざる異な彩として賑わせられてしまえば。
多少なり意識せざるを得ず、認識を改めざるを得ず。……あの子は大丈夫なんだろうか、無事に生きていけるのだろうかと、他人ながら心配を向けざるを得ず。
期せずして、その存在が僕の中で僅かばかり、ほんの微かであれども。
ささやかな異彩を、確かなものとしつつある今日のこと。
僕たちの〝出会い〟は、遅ればせ。────満を持して、訪れる。
一時間後に二本目更新。
週一更新ですが、更新日は基本複数話投稿になる可能性が高いと思われ。
各位ご注意くださいませ。




