小幸と不幸
「────天下谷さん?」
「ひぁっ……!?」
所変わって────僕が元居た教室でもなく、不審な美少女が謎の隠密行動を遂行していた建物外周でもなく。コの字型を描く校舎中央に位置する中庭にて。
相変わらずコソコソと木陰に隠れていた背中へ声を掛ければ、返ってきた反応は大層……具体的には、それまでの堂に入ったステルスを台無しにする悲鳴一つ。
昼休みだ、当然のこと校内の何処であろうと基本的に人目は多い。
誰かが突然に驚きの声など挙げれば視線が集うのは当然かつ、数多の好奇心に捕捉されるなど一秒あれば事足りる────つまり、裏を返せば、
「ぇっ、あ、ぁっ? わ、えっ……?」
そんな環境で、どれだけ控え目に言っても人一倍どころか二倍も三倍も目を引く容姿で、見事に人目を掻い潜っていたという事実に驚嘆を覚えるわけだが……。
まあ、そんなことはどうでもいい。用件は一つだ。
「靴、どうしたの?」
加えて、明らかに困っているのを察した上で「あなた困っていますよね?」なんて回りくどい面倒な問答……もとい、意地悪を仕掛ける趣味は無い。
だから端的に、ついでに「困っているのは知っています」という体で直接的に切り出せば────さて、突如として変人に絡まれた不審者は、
「ぁ……、…………あ、いえ、その」
なにより先に、言い淀んだ。
前触れなく声を掛けてきた見知らぬ男子を不審がるでもなく、怯えるでもなく、意味を成さない反感を浮かべるでもなく。ただ、何よりも先に……。
何故だろうか、申し訳なさそうな顔をして。
「……?」
あまり、経験のない反応だった。何がしかの事故や不運に見舞われている人間が唐突に手を差し伸べられて、多くの場合に見せる反応は大別して二種類。
即ち『助けてくれるの?』といった感情に繋がる顔か、
あるいは『助けようとしてんじゃねぇよ』といった感情に繋がる顔か。
割合は、まあ半々といった具合。親切や『余計な世話』として迷惑に思うどころか、一歩間違えば怒り狂うような人間もゼロではない。十人十色というやつだ。
けれども……重ねて、なんだろうか。その不思議な表情は。
まるで、心配を投げ掛けた相手の方をこそ心配するような────と、
「っ……! ぁ、あの……!」
時間にすれば、僅かな一拍。
しかし、注目が収束するには十分な一時。自分たちに向けられた視線の数に気付いたのだろう、天下谷さんは落ち着かない様子で焦った後。
「っ…………、……────ご、ごめんなさい……!」
パタパタとスリッパの音を鳴らしながら、早足で去って行ってしまった。
……一応は上履きでも侵入が黙認されている整備された中庭なのだが、律儀に泥落としでパタパタを追加した後スリッパを脱ぎ、靴下姿で校舎の中へ。
なんというか、以前の放課後教室寝落ち案件の際も思ったが……。
「……変な子だ」
良い子というか、天然が入っているのかもしれない。全校生徒に変人と認知されているであろう自分を棚に上げて、僕は思わず失礼な独り言を呟いていた。
◇◆◇◆◇
────訂正、ただの天然ではないかもしれない。
余計な世話を終えてから教室に戻った僕は、気付かず肩に引っ付けていた木の葉をゴミ箱に捨てつつ天下谷小幸という転校生の評価を改めていた。
天下谷、小幸。
小幸。小さな幸せ。なんというか、なんというべきか……。
「お、おけぇり。お前にしちゃ遅かったな?」
「まあ、うん」
席を立っていたのは三十分程度、もうすぐ昼休みが終わる頃合い。スマホを弄りつつ待っていたらしい隼太の出迎えを受けつつ、適当な返事と共に腰を下ろす。
「なんだよ。なんか面白そうだな」
然して、困惑が顔に出ていたのだろう。やはり目敏く表情を読み取った悪友が楽しげに言葉でつつこうとするのを察知して、今回は先手を打つことにした。
なぜかといえば、理由は単純。
「……流石に、野良犬と追いかけっこする羽目になるとは思わなかったよね」
「What?」
予想外も予想外の珍事に追われというか、珍事を追う羽目になり、食後の全力疾走という極めて身体に良くない運動のせいで激しい疲労を背負い込んだからだ。
隼太が「お前なに言ってんの」というような顔をしているが、僕の方こそ「なにやってんの」と世界の理に問いたい。心の底から、本当に。
一体全体、何処の世界に、
人知れず校舎へ侵入した野良犬に、靴を窃盗される女子高生が居るというのか。
天下谷小幸。校則ぶっちぎり白髪おさげの、容姿端麗な転校生。おそらく彼女は、単なる礼儀正しく天然気味な可愛い同年代の女子ではない。
「ねぇ隼太、聞きたいんだけど」
「なによ。いや、聞きたいのはこっちだわ犬と追いかけっこぉ???」
僅かな実例からの感想的な憶測は失礼かもしれないが、彼女は……。
「彼女、とてつもない不幸体質だったりするのかな」
「いや知らねぇし。それより、野良犬と追いかけっこの詳細をだな」
礼儀正しく、天然気味で────とても不運な、女の子なのかもしれない。
といったところで、一日一善を全うしなければ死ぬと確信しているタイプの変人少年と、人知れず校舎へ侵入した野良犬に靴を窃盗されるタイプの不幸少女。
二人の主人公が織り成す物語、何卒お付き合いいただければ幸いです。




