天降って心乱れる
〝不幸〟を抱えて生きるようになってから、七年。
これまで大小様々な出来事に見舞われてきたが、下手をすれば命に関わるような特大事に遭遇したのは今回で二度目。つまり、全くもって慣れてはいない。
いないが、短期間で二度も『最悪の事態』を想像させられた結果として。
自分が『助けて』よりも『逃げて』を口に……恐怖に震えて言葉にはできなかったが、思い浮かべて伝えようとしたことを。小幸は、ただ納得していた。
そんな馬鹿者でなくては、そもそも現在の有様になってはいなかったと。過去に抱いた『願い』を顧みて、どうしようもない己が性根を理解していたから。
……けれども、
「────あまりに過ぎた『お人好し』は、ただの馬鹿か異常者の類だ」
「………………」
〝彼〟は、納得なんてしてくれなかったようで。
「……っていうのは、僕が尊敬している人お得意の歯に衣着せぬ言葉だけどね。的を射ていると思うし、該当する覚えがあるなら鑑みるべき考えだと思ってるよ」
「………………」
「聞いてる?」
「っ……は、はい」
あれから、手を引かれるまま。
有無を言わせず問答無用で『部屋』に────つい先日までは自らが使っており、今は引き継ぎを終えた蔵部屋に連れ込まれた後。
先の宣言通り、律人から説教を受けていた。
小幸は正座……だが、向こうも対面にて正座。表情も怒っているというより『普段より少しだけ真剣そう』といった具合で、別に大した圧力は感じない。
……それでも、
「別に、お人好しが悪いと言っているつもりはないんだ。そんなこと思ってすらいないし、天下谷さんだって『お前が言うな』と思ってることだろうし」
「……、…………」
それでも、小幸が神妙に心を沈ませてしまっている理由は。
「────でもね、君のソレは僕の〝善行〟とも違う、単なるダメな自己犠牲だよ。同情するし情状酌量の余地もあるけど、諦めと思考停止にしか見えない」
深く理解している、己が性根の形と同じくらい。
その鼠色の瞳に見透かされている事実が、恥ずかしかったから。────そう、彼は気を遣って『お人好し』などと飾ってくれたけれど。
「…………わかってます、そんなこと」
原点は、どうあれ。
無垢であった頃の心は、どうあれ。
今の小幸が他者を慮るのは、別に他者を思い想うからこそのソレではなく。もうこれ以上、自分が傷付きたくないからという逃避でしかないという事実を。
だから、
「……前から思ってはいたけどね、さっきのは決定的だよ」
言い返せない、
「君は〝不幸〟が怖いし、死んでしまうのも怖いし、助けてほしいと思っているのに────誰かと天秤に掛けられたら、躊躇いなく自分を差し出してしまう人だ」
淡々と、容赦なく、詰める言葉を聞き流せない。
「……、…………」
……けれど、
「………………仕方、ないじゃないですか」
そんなこと、わかっているけれど。
とても褒められたスタンスではないことなど、知っているけれど。
「私が────」
「君の〝不幸〟に巻き込まれて命を落としたら、君が殺したようなものだって?」
奥歯を噛んだ。
「……そこまで、読み取ってくれるなら」
心の奥底のことは、放っておいてくれ。つい、そう言いかけた。
「さっき言ったでしょ、同情もするし情状酌量の余地もあるって。確かにコレは説教のつもりだけど、僕は別に君の考えを道徳的に非難する気なんてないよ」
「……、……?」
言いかけて、気付く。重ねて、彼の声には圧力など籠もっていないことに。
────お断りだよ、ふざけんな────
聞き間違いかと思った、あの口調と声音。
アレさえ含めて、律人は一貫して『怒り』を示していないことに。
少なくとも、
「────少なくとも僕は、悪いのは全部〝神さま〟だと思ってるから」
少なくとも、小幸に向けた『怒り』ではなかったのでは、ということに。
……顔を上げる。
「天下谷さん」
「…………っ」
自分と同じ真っ白な髪の下、鼠色の瞳が小幸を見ていた。
────そして、本当に今更のこと。
「僕は君を助けたいし、僕は君に助けてほしい」
帰ってくる間から、今までずっと。
意思表示でもするように、律人が小幸の手を放さずにいたことを認識して。
「救われたいと思っていない人を助けたところで、それは僕にとっての〝善行〟にならないんだよ。────だから天下谷さんには、正しく願ってもらわないと」
「っぁ、あの……」
場違いじみた〝熱〟が戻って……あるいは、灯って。
「普通の人と同じように、幸せになりたいって」
「よ、あのっ、芳野く────」
去来する、これまでの数日。
怒涛の如く重ねられてしまった、どうしようもない記憶の数々と共に。
「────僕が、君の幸せを叶えられるように」
「──────……」
小幸の〝不幸〟を、許さないと。
諦めを、許容しないと。
思考停止を、認めないと。
いつからか逃げ道になってしまった小幸の『お人好し』を鼻で笑うような、真なる怪物。こちらからは見透かせない、結局なにを考えているのかも分からない。
そんな、得体の知れない〝ヒーロー〟に。
「……天下谷さん?」
「………………は、ふぁい」
このままでは、いかん。
とても、とても、よろしくない────否、まさしくの手遅れか。
本当に、心の奥底では何を考えているのかサッパリわからない。しかし、ただ一つ『これだけは』というものを明確に理解した。……理解、してしまった。
この人は自分のためだなんだと澄まし顔で並べ立てておきながら、意図してか否か滲ませた『神さまに対する怒り』で以って、それを実質的に証明してしまった。
「僕は本当に、君を助けて、いいんだね?」
「………………」
少なくとも、ソレは、心から。少なくとも、小幸の幸せを、建前などではなく、
願ってくれていると、いうことを。
────だから、視線を外して、俯いて。口から零れた言葉は、ただ一つ。
「……………………助けて、ください……」
見切れる寸前、視界の上端。
薄く微笑みを浮かべた彼は、きっと取り違えている。────そのものまさか、芳野律人の魔の手から助けてくれという意味には思うまい。
……ずっと、ズルい。
こんなの、知らない。
こんなもの、どうしようもない。
斯くして、天下谷小幸が、知る未来が一つ。
「……うん。────それじゃ、千雨さんに『ただいま』を言いに行こうか」
「………………はい」
私は、きっと、遠からず。
芳野律人に、心を占められてしまうのだろうと。
ようやく青春に火が点いた。
不思議部分に関しては天下谷さんが後でツッコミ入れてくれるでしょう。
ゆえに難しいことは考えずニヤついておけばヨシ。
といったところで、また来週。




