2/3:一服中
天下谷小幸は、他人の不幸を望まない。
日に一度の〝不幸〟が確定している身の上であるゆえに、少なくとも数だけならば誰より『不幸の味』その辛さ苦さを知っているから。
天下谷小幸は、他人の不幸を笑わない。
決して逃れられない〝不幸〟が己を毎日迎えに来ることを識っているがゆえ、他人の不幸さえも自分の『望まぬ不幸』ではないかと恐れてしまうから。
────とはいえ、小幸は『人』である。
もっと言えば、十六歳の年頃女子高生である。決して聖人などではありはしないし、穏やかな性根の奥底には人並みに揺れ動く心も持っている。
なればこそ、稀ではあるが、非常に限定的な状況にあれば、時には誰かの『困った顔』くらいは見たいと思うこともある。……ゆえに、結果として────
「不公平です」
「っはは。まあ、ゆうて男の服選びなんて精々こんなもんよ」
あまり乗り気ではなかったように見えた癖して、結局いつも通り涼しい顔で自分の番を乗り越えた芳野律人に対して、ほんのり不満を露わにしていた。
小幸の時と比べれば、山も谷も素っ気もない一幕。
「『なに着ても似合う奴』ってのは、男子と女子で意味合いが変わるもんだからね。特に夏なんて、そこまでオシャレの幅も男にゃ無いからさ」
「…………不公平です」
彼の友人も張り切ってはいたのだが、どうやら同性の着せ替えで大いに盛り上がるほどの趣味は無かったらしく。要した時間は僅か十分ばかりのこと。
シンプルなシャツとパンツに、薄手のジャケット。
それだけ言えば大して学校の制服と変わらない内容で、小幸にとっては楽しめるはずだった着せ替えタイムは終わってしまったのである。
甚だ、不公平だ。
……不公平だと、思わせられていることまで含めて。
「────とはいえ天下谷ちゃん、そう膨れっ面ばっかする必要はないぞ」
「膨れてなんかいませんけど」
と、言葉通り表面上は澄まし顔。なれど内心は御見通しとばかり。
二人分の服選びを終えた後、時間潰しがてら休憩に立ち寄ったモール内カフェの一席。揶揄いが飛んでくるのは勿論、唯一の同席者から。
「確かに無難にまとめたけど、流石の俺も無難にいかざるを得なかったというか、冒険は早いというか……──アイツの私服姿、四年ちょい友達やってて俺も初見」
「……はぇ?」
そして次いで齎された情報は……間違いなく他人のことは言えない身なれど、小幸が思わず『そんな馬鹿な』と顔を呆けさせるに相応しい内容であった。
然して、
「言ったでしょ。万年制服着潰し二号って」
「あの、ですから一号は誰のことを言」
「まんま言葉通りなんだよね、あれ。アイツ制服以外の服なんて『必要ない』の一言で、マジどんだけ言おうが着ようとも買おうともしなくてさー」
「…………」
おそらく自分にとっては貴重な情報……まだまだ何も知らない未知の分野である『芳野律人』の生態報告に、余計な口を挟むのを堪えつつ耳を傾ける。
「シャツとスラックスだけなら別に休日出歩いても違和感はないでしょ、とさ。そういう問題じゃねぇんだよってね────だから、まあ今日は驚いた」
あぁ、そうか、成程、と。
皆まで言われずとも、席を空けている彼に対しての理解を深めながら。
「天下谷ちゃんに『我慢させない』のは、律にとって『必要ない』ことじゃないらしいんだなと。少なくとも、制服以外に袖を通す気になる程度には」
なにからなにまで、どこからどこまで────私のため、なんだろうと。彼が『必要ない』を曲げたのは、自分に遠慮させないためだと語られてしまったゆえ。
無意識に真新しい装いの裾を軽く握る小幸の様子を見て、彼の親友が頬を緩める。……芳野律人の友人らしい、実に『お人好し』が好きそうな顔で。
「これからは沢山、お洒落しなよ。まあ勿論〝不幸〟との兼ね合いもあるけど……可愛い子の可愛い格好を見れるのは、俺にとっても役得ってなわけで一つ」
「……なんですか。それ」
思わず小幸が笑ってしまうほど、わざとらしい冗談を咬ませて。
「ま、仲良くしてやってよ天下谷ちゃん。君にアイツの助けが必要なように、アイツにも君が必要なんだろうなってのは見てりゃわかる。更生的な意味で」
早乙女隼太は、実に楽しげに。
「見守らせてもらうわ。────友人として、特等席から応援しつつ、ね」
やはり芳野律人の友人らしいことを、わざとらしく宣った。
1/3どこ行ったってのは夜に続く。




