衣替え
朝食を終えてから暫く時間を置いて、午前十時を過ぎた頃合い。
最後の最後まで気が乗らない様子で渋っていた天下谷さんを連れて。僕は嬉しさ半分の心配半分と言った様子の千雨さんに見送られ、予定通りに家を出た。
なぜ休日いきなり『街へ出掛けよう』などと言い出したのか、その理由やら何やらについては昨夜の内に説明している。一昨日の劇的な、そして昨日の密やかな対処を実例として、僕が〝不幸〟に抗し得ると多少なり信頼も得られたのだろう。
ずっとこのまま────つまり「普通に生きたいのなら、一生こうして引き籠もっているわけにもいかないでしょう」という僕の言に、賛同も同じく。
それゆえの許可と合意。……天下谷さんも結局ついてきてくれたということは、本人の心も恐れを度外視すれば遠からずと見ていいはずだ。
ということで、いざ。
「…………………………キミたち、ねぇ?」
土曜、休日、賑いの只中。都会とは言い難い半田舎の街で唯一『都会もどきエリア』と言えよう、多くの人が集まる駅前通りの一画にて。
待ち合わせ場所の小さな時計塔前で僕たちを迎えたのは、隼太からの第一声。
「休日制服デートがしたいってんなら、俺は退散させてもらうけど???」
続く、第二声。共に呆れと溜息に満ち満ちた声音で以って、僕と天下谷さんは親友および新友から挨拶代わりの強烈なダメ出しを喰らっていた。
まあ、なんというか……。
「ぁで、デぇっ……!? ち、ちがっ……!」
「仕方ないでしょ。二人とも『おでかけ用』の服なんか持ってなかったんだよ」
……と、いうことで。
あちらは普段通りの軽薄そうな────もといラフに洒落た外出用の装いを着こなす隼太に対して、待ち合わせ時間ちょうどに堂々現れた僕らは揃って制服姿。
文句を言われるのは仕方ないというか、これに関しては隼太が正しい。別に土日とて、街を制服姿の学生が歩くなんてのは珍しい光景ではないが……。
「な、なんですかっ……! 違いますよねっ!? 違います、からねっ……‼︎」
「なにも言ってないよ、僕は」
僕はともかく、天下谷さんは実に目立っている。
さもありなん、ただでさえ『女子高生』なんて幅広く目を引いてしまう人種であることに加えて、彼女の場合は『美人で目を惹く女子高生』だ。
「あーあーあー、ったく……ほれ行くぞ、視線の筵は勘弁っすわ」
自然、一緒に居る僕らにも山ほど視線が向けられるというもの。鬱陶しそうな顔をして歩き出した隼太の気持ちは、まあわかるというもの。
然して、
「うん。行こう、天下谷さん」
「へぁっ、ふぁ、はいっ……」
スタスタ先へ行ってしまいそうな友人を追い掛け、横に並ぶ。天下谷さんも一歩遅れて後に続いていることを確認して……────
「ということで、隼太」
「あん?」
重ねて、気持ちはわかる。
とはいえ、悪いことばかりでもないとフォローをすべく。
「まずは、服を買いに行こうと思うんだけど────頼める?」
「………………」
必然的に、さてまずは何処へ行こうか何をしようかと最も困難な会議フェーズをスキップできる。そんな現状に生じるメリットを挙げてみせれば……。
「そういう魂胆なら、先に言っとけ」
友人は満更でもない表情に切り替えつつ、肘先で僕を軽く小突いた。
◇◆◇◆◇
僕と天下谷さんは、二人とも見事に、制服以外の『服』を持っていなかった。
正確には、外出に適した服を持っていなかった。────僕については大した理由ではナシ置いておくとして、天下谷さんは仕方のないことだろう。
そもそも外出をしない。そもそも物を多く持たない。七年前から常に〝不幸〟を見据えて生きていくことを余儀なくされた彼女だ、推察するまでもない。
部屋着や寝間着などはともかく、本当に制服以外の服など必要としない日々を……望まざるとも己がため他人のため、そう在るよう徹してきたのだから。
斯くして、彼女の〝これまで〟は称賛して然るべきだろう。
────けれども、彼女の〝これから〟を同じにする気が僕には無いので。
集合から暫く。そう多くはない選択肢の中から服飾関連のテナントが多く入るショッピングモールを選び、物色を開始してから早一時間弱。
『美少女の服選び』という面白案件を与えた結果。不景気な面を早々に晴らした隼太に先導させるまま、辿り着いたリーズナブルな学生向けブランドの店内にて。
「────……、………………ぁ、……ぁの……」
ピコンと、事前着信一軒。
『着ました』というメッセージを受け取り、男二人で馳せ参じたのは試着室前。気配を感じたのだろう、カーテンの奥から聞こえてくるのは、か細い声。
「心配しなくても、俺は変な目で見たりしないよ? 律はともかく」
然らばと、内側から伝わる躊躇と緊張を読み取ったのだろう、なんとも隼太らしい馬鹿を宣うバカの隣。むしろファッション云々の役に立たない僕は席を外しておいた方が、男二人に披露させられるよりも良いのではと提案しかけた折────
「…………、…………っ……──────んぇいっ……‼︎」
シャッと、思い切りを感じさせる勢いでカーテンが引かれた。
然らば、そこに立っていたのは……。
「い……如何、でしょう…………」
九月。しぶとく暑い日が続く夏の終わり際に滑り込むような、こってこて純白のサマードレスを身に纏った天下谷小幸────なんて、そんなわけがなく。
フリフリも、ヒラヒラも、キラキラも無し。
当然というか、道理というか、そんなものを天下谷さんが……常に〝不幸〟を警戒する天下谷小幸が、男に煽てられて着ようはずがない。
そして僕も隼太も、そんなものを彼女に着せようとするはずがない。なにか致命的な〝不幸〟が突如襲来したとして、枷になるような服装は論外だからだ。
つまるところ────
「こ、こういう格好……私、したこと、なくて…………」
「「おぉー」」
彼女に着せるべきは、とにかく動きやすく、身を守りやすい格好。
即ち、色々な意味で実用性重視。
着心地を最優先したシンプルなブラウスに、走る動作を阻害せず尚且つ丈夫な生地で肌を守るストレッチデニム、そして夏用クール生地の長袖帽子付きパーカー。
総じて言うなら、動きやすそうではあるが野暮ったい。
ボーイッシュともまた違う、人によっては至極単純にダサい有様になってしまう類の────所謂『ガチガチに守り過ぎて逆に攻め化している』着こなし。
なにが所謂なのかは、僕にはわからない。全て隼太の言だから……ともあれ、
「流石、素材が違うと映えるなー」
「いいと思う。似合ってるよ天下谷さん」
着る者が着れば、難点やマイナスなど全てプラスに転化してしまうらしい。実によく似合っているというか、着慣れていない感まで含めて完成しているというか。
隼太に釣られて、僕の口からも素直に称賛が転がり出るほどの仕上がりだ。
「っ…………、……そ、そです、か」
然して……男子二人に慣れない装い姿を見せて、居心地が悪いのだろう。フードに繋がるパーカーの紐を両手で握りながら、天下谷さんは顔を背けてしまった。
────と、
背けたかと思えば、僕たちから外れた視線が僅か一秒で帰ってくる。はて、どうかしたのかと彼女が一秒前に見たであろう方向へ目を向ければ……。
「…………出よっか?」
「はは、だな。────天下谷ちゃん、それ決定でオッケー?」
「ぇぅ、あの、はい……着心地も、いいですので……はい、買います…………」
人混みと言うほどではないが、ギャラリー有り。
ショップの女性店員数名が……なんと表すべきか。まるで〝獲物〟でも見るような熱い視線を、初心を曝け出している美少女に注いでいたものだから。
「っし、んじゃ値札切ってもらおう。そのまま着てけばいいからさ」
「はい、あの、よろしくお願いします……」
目的の達成を見て、迅速に退散。
真新しい装いを身に纏い、制服は名残惜しそうな店員さんたちに頂いた紙袋に入れて、そそくさと逃げ去らんとするように小走りの天下谷さんと共に。
さて、服はヨシ。では、これより改めて休日散策を────
「じゃ、次は律の番だぞ。逃がさねえからな万年制服着潰し二号」
「はい、次は芳野君の番です。…………ぇ、それ、一号は誰……? 私……?」
「…………お手柔らかにね」
────開始しようという誤魔化しは、どうにも効かないようで。
澄まし顔でショッピングモールの出口を目指そうとした僕は、即座に制服の両袖を被捕縛。有無を言わせぬ勢いで、二人に仲良く引き摺られていった。
別に中性的なわけでもない純美少女がボーイッシュだったり野暮ったい服装を可愛いのゴリ押しで着こなしてるの、好きです。
お前も好きだろ。また来週。




