居候準備中
さて、改めて天下谷さんが住んでいた『部屋』を見ていこう。
あれから千雨さんに聞いたところ、元々は物置蔵として使われていたというのが確定した土蔵の構え。内部の広さはワンルーム程度で手の届く位置に窓はナシ。
床には畳が敷かれていたり、所々に風通しを良くしたりなど改善の痕跡は見て取れるが、やはり総合的には部屋というより物置感が強い。
都会に比べれば夏でも幾らか涼しい土地柄、加えて山中ということで空調が無くとも熱中症にはならないだろうが、それでもやはり全体的に武骨な空気だ。
照明もあるし、小さな冷蔵庫も置かれている。つまり電気は通っているが、他にこれといった文明の利器は見当たらず。────本当に、隅々まで最低限。
学校から帰ってきた後、一夜を過ごせれば構わない。
まさしく、そういった目的で用意された部屋とのこと。朝になれば普通に母屋へ行き……まあ、身支度など諸々のことを済ませるらしいので、本当に〝逢魔が時〟から連なる夜を一人で超えるためだけのセーフハウスだったという話だ。
殺風景なのも頷ける。……と、いうことで。
────いざ居候準備と張り切ったところで、言うほど仕事は存在しなかった。
蔵部屋に置かれていた天下谷さんの私物は重ねて最低限であり、主な家具である丸机や冷蔵庫などは引き続き僕が使わせてもらうことになったので据え置き。
運び出すものといえば彼女が使っていた布団一式や幾らかの着替え程度なもので、後に残るのは精々が掃除くらい……だったのだが、然して。
「手伝うって、言ったのに」
「手伝わせ、られません、けど……!!!」
物資移動に関しても、掃除に関しても、結局のところ手伝わせてもらえず。先の宣言を違える形で部屋の外に突っ立ちながら呟けば、ちょうど入口から出てきた天下谷さんが「なに言ってんだコイツ」とでも言わんばかり横目で僕を軽く睨んだ。
いや、言いたいことは分か────
「どこの世界に、ほぼ初対面の男子に、部屋の掃除を許す女子がいると……‼︎」
「……まあ、はい。そうだね」
────わかっているのだが……や、うん。
これ以上は滅多なことを言うまい。元から自覚はしていたことだが、どうやら僕が擁する対女子のデリカシーは基準値に大きく不足しているらしいから。
「ごめんね。面倒を掛けて」
ならばと、では口にできるのは謝罪くらい。そう思い素直に頭を下げれば……僕らにしか見えない白髪を三角巾で覆っている天下谷さんは、大きな瞳をパチクリ。
ジト目を解除したかと思えば、どこか罰の悪そうな顔で目を逸らし────
「……それは、違う。というか」
「うん?」
今しがたの文句とは、少し色の違う不満気をぽつりぽつり。意味が判然とせず首を傾げれば、しかし榛色の瞳は僕から逃げるように距離を取って……。
「も、もうすぐ、済みますから……! 少々、お待ちをっ……」
そのまま、本体も再び部屋の中へ引っ込んでしまった。
「…………はぁ」
女の子が、わからない。やはり、早々に隼太を頼るべきか────というか、今のは何を目的に顔を出したのだろうか。僕の監視だろうか。
ストーカー容疑も完全に晴れたとは言い難い現状、それはまあ並行して覗きの嫌疑を掛けられるのも仕方ないといえば仕方ないのやも……と、
「────芳野君」
ゆったりとした足取りで。隣へ来た天下谷さんが、僕を呼ぶ。勿論それは、今も蔵部屋の中でパタパタと動き回っている気配の主ではなく。
「……すみません。口だけで、手伝えてません」
「ふふ。まあ仕方ないわ。小幸ちゃんも、お年頃だから」
身長は高くないが、腰も背も曲げずスラっとした立ち姿。お元気というか、若々しいというか……どうにも気遣うのが失礼に思えてくるタイプの、淑女様。
「お布団、来客用の新品が一組だけ残っていたから、使ってちょうだいね」
「ありがとうございます。遠慮なく」
母屋の方で僕用の寝具を確かめてくれていた千雨さんが、グッと親指を立てながら朗らかに笑って見せる。────なんというか、好々爺ならぬ好々婆。
頭の回転が並々ならぬだけではなく、こう接してみれば愛嬌のある人だ。
……さて、ちょうどいいタイミングか。
「千雨さん。家賃についてですが」
「あら。そんなこと、気にされたら困ってしまうけれど……」
お孫さんが掃除に夢中になっている、今の内がちょうど良かろうと。居候決定に際して生じる実際的な問題について話し掛ければ、返ってくるのは想定内の反応。
つまり、返しの返しの用意は十全。
「いえ、僕の方で決めた分を毎月……まあ、いつまで居座ることになるかはサッパリですが、お支払いしますので。それを使って僕の面倒を見てやってください」
千雨さん視点、どう言い繕っても僕は『孫娘を助けてくれる恩人』になってしまう。ならば家賃だの何だの対価は貰えないというスタンスに寄るのは分かるが、実際のところ僕と天下谷さんの関係はギブアンドテイクの持ちつ持たれつ。
無償で衣……は別として、食と住を世話になるにあたり無償の厚意など頂戴できない。────そんな環境では、気持ちよく〝善行〟などできるはずがないので。
「すみませんが、よろしくお願いします。男子高校生は、よく食べますよ」
わざとらしく、若さの愚かさを笠に着ながら。恥ずかしげもなく堂々と真正面から頭を下げれば……呆気に取られたような沈黙からの、数秒後。
「あらあら、まあまあ……──これは、小幸ちゃんが敵わないはずねぇ」
「恐縮で────」
了承、と受け取って良いのだろう。
再び朗らかな笑みを浮かべた千雨さんに、こちらも笑顔を返そうとしたところ。
「────すっ、ッぅ……!」
僕は、愛嬌星人に不意打ちで脇腹をつつかれて。
「芳野君、モテるんじゃないの? お人好しで、顔も綺麗で、頭も良さそうだし」
「いえ、あの、モテませっ……あの、ちょっ、すみません、勘弁してく、だっ」
「学生さんって感じがしないのよねぇ。本当に小幸ちゃんのクラスメイト?」
「いえ、クラスは違っ、同級せっ────あの、本当に、脇腹は……!」
……なんというべきか、ここまでやりたい放題を晒してきた、お返しとばかり。そっちがその気なら遠慮も容赦もしないわよとばかり。
つつき回され、弄り倒され……──暫くの後。
「────すみません、お待たせしま……え、なにやってるんです?」
蔵部屋から顔を出し二秒でスンと真顔になった天下谷さんに助け出されるまで。
振り返ってみれば、急も急、突然も突然の異常時に際して。僕は好々婆なりに急を要した『これからよろしく』なのだろう可愛がりを、甘んじて受け続けた。
即断即決の独断で居候決定とか、主人公の境遇がサッパリわかんねぇって?
わかんなくていいので、どうぞ天下谷さん視点で流されるまま、なんなんだコイツ結局どういうアレなんだと思いつつ、ゆるゆる甘々お楽しみあれ。
また来週。




