ご招待
天下谷さんの〝不幸〟を察知するだけならば、実際のところ距離は関係ない。
頭の片隅にでも常に彼女のことを置いておけば、どれだけ離れたとしても僕の耳に『足音』は届く────ただ、それでは僕の手が届かない。
大きな不幸は足音も比例して大きくなり、それ即ち遠くからでも聞こえてくる……つまり、察知できるタイミングも小さなモノより基本的には早くなる。朝方から警戒を続けていた、まさしく今日のことなどが好例だ。
ただし、困ったことに、経験上その法則は絶対ではない。
これまでに何度か、前触れなく、突如として轟音めいた『足音』が生まれたことがある。……片手で数えられる程度だが、どれもこれも酷い不幸だった。
つまりは余程のこと。普通ではない〝不幸〟を背負っている天下谷さんに関しては、滅多にないことだからと油断すべきではないだろうと僕は判断した。
だからこそ、本気で彼女を助けるのであれば、常に彼女の傍に居る必要がある。
だからこそ……、
「────ぁ、あの。芳野君……?」
「ん、おかえり」
「はい。えと、その……お話、してきました。おばあちゃん────今、二人で暮らしていて、私の面倒を見てくれている、祖母なんですが」
「うん」
「…………とりあえず、連れてきなさい。と」
まあ、人としての道理というか。女の子に男が……あちら視点、どこの馬の骨とも知れない男が、どう取り繕っても外面的には『付き纏う』ことになるのだから。
「わかった。ありがとう」
最低限。御挨拶という形で、ご家族には筋を通しておく必要があるだろうと。
然らば、僕は頷き立ち上がり────
「説明は、どこまで?」
「……で、出来る限り? ……は、頑張った、つもりです」
「了解。期待しておくよ」
自信なさげに先導する天下谷さんの後について、窓さえも無い『部屋』を出た。
◇◆◇◆◇
今日の分は、既に〝不幸〟を消化していたこと。
加えて、僕という不幸探知機が新たに傍へ侍ったこと。
その二点を踏まえても、天下谷さんは自分が母屋へと上がることを躊躇っている様子だった。聞けば、ただいまを言いに行った際も僕のことを説明しに行った際も、屋内には入らず外から……縁側の戸越しに、ご家族と会話をしたらしい。
不幸との兼ね合いが、徹底している……まあ、当然のことか。
まだ僅かな時間しか関わりを持っていないが、流石にわかる。学校で一人きり、遅くまで時間を潰していたのもそう────おそらく彼女は、
自分が〝不幸〟に遭うことよりも、
他人を〝不幸〟に巻き込むことこそ、恐れているのだ。
……でも、というか、だからこそ。
「────……、うぅ……ぁ、あの、ほんとに」
「大丈夫。静かだよ」
今が異常に異常を重ねている状況であることを、容易に示す異常として。半ば強引になってしまったが、天下谷さんには僕諸共に母屋の玄関を潜ってもらった。
二言は無い。大丈夫だ────たとえ何が起ころうとも、僕は約束を違えない。
然して、そんな風に僕が『なんだこいつ』と引かれて然りなほど堂々と自信を晒しているからだろう。押し切られた天下谷さんも、よくよく見れば、
「も、もう、信じますけど…………うぅ、朝以外で此処にいるの、変な感じ……」
今や、少なくとも心の底から怯えている様子はない。
プラス要素だ。ご家族……これから合わせてくれるという御祖母様の目にはきっと、僕の姿が完膚なきまで孫娘を誑かしかけている詐欺師か何かに映るだろう。
無印象よりは、幾分かマシである。
警戒を以って、僕の言葉も真剣に精査してくれるはずだ────と、
「え、と……芳野君」
先の独り言から察するに、常日頃から危ない時間帯に母屋へ立ち入ることがないのだろう。落ち着かなさげな天下谷さんが、一枚の障子戸の前で足を止めた。
然して、その内から漏れ出しているのは照明の光と人の気配……まあ、問うまでもなく。この部屋に御祖母様がいらっしゃるのだろう。
ならばと、問わず。怯むこともなく頷けば、いよいよ以って呆れの風味を隠さなくなってきた天下谷さんも頷き返し────トントンと、軽く戸を叩いて。
「あの……おばあちゃん?」
声を掛ければ、部屋の内からは些細だが驚きの気配。
おそらくは、この時間に家屋の内から孫娘の声を聞いたという非常事態に対しての驚きなのだろう。……じゃあ逆に、このパターン以外で僕はどうやって面通り叶う手はずだったのかと、今更のこと意味もなく気にならないでもないが。
「つ、連れて、きました……」
それはまあ、例によって後に回そう。今、これからは────
「────えぇ、はい。お入りくださいな」
一拍を置いて障子戸の奥から聞こえてきた、優しげな声音に向き合うとしよう。




