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メルクニア戦記  作者: 風花
第六章
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貪欲なる盲目

 ポロック侯爵は、自身の屋敷の私室で、上質なワインを傾けながら何枚もの書状に目を通していた。

 アイギスの夜を彩る豪奢なシャンデリアの光が、彼の顔に刻まれた、名門貴族としての尊大さと確信に満ちた満足感を照らし出している。

「くっくっく……。あの若造、案外『王』の器であったか」

 彼が指でなぞっているのは、レオナールの署名が入った「軍事施設維持費の最適化案」と「地方領主への徴税権の再編令」だ。

 ポロックにとって、レオナール第一王子は、かつての青臭い正義感をどこかに捨て去り、ようやく「現実的な統治」を理解した男になったように見えていた。

 レオナールが「改革」の名の下に、反抗的な地方貴族の力を削ぎ、軍の拠点を整理する。その過程で生じる利権や資産を、王都に忠実な、ひいてはポロックに近い者たちが管理する形に作り変える。

 これはポロックに言わせれば「国の膿を出し、中枢を強固にする」正当な政治工作であった。レオナールが「旧式」として廃棄した武具を、ポロックの手を経て再分配するのも、彼からすれば「無駄な資産の流動化」に過ぎない。

「陛下はあのように疑り深くなられているが、もったいない話だ。あの冷徹な働きぶり、まさにアーシア王家と我ら貴族が一体となり、この国を永遠のものとするための執務ではないか」

 ポロックは、レオナールの背後に潜む「空洞」には微塵も気づいていなかった。

 彼にとって重要なのは、秩序の刷新によって自分たちの発言力が盤石になることであり、アーシアという国の軍事的な「実戦経験」が失われていることなど、些細な懸念でしかなかった。兵士が若返り、練度が落ちたとしても、規律正しく並ぶ儀仗兵の列が美しければ、それが国の威信だと信じていた。


 そこへ、一人の男が影から音もなく現れた。ポロックが独自に雇っている密偵だ。

「……侯爵、例の『廃棄武具』の輸送についてですが」

「ああ、あの件か。何か不手際でもあったか?」

「いえ、輸送ルートを管理する商会からは、予定通り『処分完了』と『劣化による廃棄』の報告が上がっております。北への街道で、一部の荷車の数に不自然な点があるとの報告もございますが……現場の端役が小遣い稼ぎに横流しした程度かと」

 ポロックは満足げに頷いた。

 レオナールが、自分に利権を握らせることで、輸送ルート全体を「侯爵の責任範囲」というヴェールの下に隠していることなど、夢にも思っていない。むしろ、王子が自分を「アーシアを共に支える重鎮」として頼り、便宜を図っているのだと信じて疑わなかった。

「よい。王子も賢い。私を敵に回すより、私という盾を得て王権を盤石にする道を選んだか。……あの男が冷酷に秩序を敷けば敷くほど、我らアーシアの正統なる支配は揺るぎないものとなる」

 ポロックは、窓の外に広がるアイギスの夜景を見下ろした。

 美しい街並み、整然とした近衛兵。すべてが、より強固に、より美しく統制されていくように見えた。


 彼は気づかない。

 自分が「盤石な石垣」だと思って積み上げているものが、実はレオナールによって中身を抜かれた、ただの薄い皮皮かわの集積であることを。

 そして、自分がアーシアという船を補強しているつもりで、実はレオナールが穿った穴を、自らの私欲という名の蓋で覆い隠し、浸水を早めているだけだということを。

「アーシアは、さらなる高みへ行けるぞ……。私の代でな」

 ポロックは、空になったグラスに再び赤い液体を注いだ。

 その色は、完成されゆく王国の秩序のようでもあり、あるいは内部から静かに死に至る臓器の色にも似ていた。


 静謐なる崩壊の序曲。その最も信じがたい「共犯者」は、破滅へのカウントダウンを、栄華へのファンファーレとして聞いていた。

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