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メルクニア戦記  作者: 風花
第一章
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交渉の祭壇

王宮の大広間は、静寂という名の暴力に支配されていた。

 玉座の前で、かつての権勢の影もない文官バドスが、無様に床を這いずっている。その背後には、抜身の剣を提げたエジルと、鉄仮面の如き無表情で彼を見下ろす四男フラン、そして獲物を追い詰めた獣のような静けさを湛えるエルムとガインが控えていた。

「……フラン、待ってくれ! 命だけは助けてくれ! 王を説得し、正式にメルクニアの地位を保障させるから!」

 バドスの見苦しい懇願を、フランは冷たく遮った。

「……バドス殿。貴方はアーシア王に対し、『メルクニアはボスコ渓谷で全滅し、王都の門は私が無血で開く』と約束して支援を取り付けていた。だが、現実はどうだ? 我々は生き残り、貴方が守るはずだった門を自力で叩き壊してここにいる」

 フランはバドスの胸ぐらを掴み、その耳元で氷のような声を響かせた。

「今の貴方は、アーシア王にとって『納品物に欠陥を出した上に、納期も守れなかった無能な商人』だ。……巨額の軍費を投じさせた挙句、この無様な失態。王が貴方の言い訳を聞くと思うか? 貴方の命は、既にアーシアへの『賠償金』として支払われることが決まっているんだよ」

 バドスが絶望に白目を剥いた瞬間、フランは事務的に手を離した。

「……ガイン、エルム。処理しろ。父上の手を汚す価値もない」

 フランの短い下知に応じ、二人の弟が動いた。一族最強の武勇を誇りながら、フランの「理」の前では牙を収める狂犬たち。

「了解だ、フラン兄上」

 ガインのレイピアが、バドスの叫び声を上げる暇もなくその喉元を正確に貫き、続いてエルムの戦斧が、王宮の石畳と共にバドスを物理的に粉砕した。


 バドスの骸を跨ぎ、フランの視線は玉座で震えるアムル王へと向けられた。

 臣下を疑い、国を切り売りして保身を図った暗君。その瞳には王としての威厳など微塵もなく、ただ生への卑屈な執着だけが濁っていた。

「……さて、陛下。貴方もまた、この国の『不純物』だ」

 エジルが驚愕に目を見開く。

「フラン! 陛下に何を……!」

「父上、落ち着いてください。殺しはしません。……ですが、この男をこのまま玉座に座らせておくことは、メルクニアの、そしてアーシアの利益になりません」

 フランは王の前に、既に用意していた「譲位と隠居」の書状を叩きつけた。

「陛下。貴方はたった今、病に倒れ、全権を我が父エジル……あるいはアーシアの息がかかった摂政に委ねることを決意された。……拒むなら、バドスの隣に並んでいただくだけです。死んで伝説になるか、生きて惨めに歴史から消えるか。選んでください」

 王は震える手で、自らの終わりを示す書状に玉璽ぎょくじを押し、その場に崩れ落ちた。こうしてアムルという国は、名実ともに「機能」を停止したのである。



*****



 広間の扉が開き、アーシア軍の将軍ザルクが入城してきた。彼は冷え切ったバドスの死体と、廃人同然となったアムル王を見て、低く笑った。

「……見事だ。腐った王と、狡猾な文官。アムルの毒をすべて抜いてくれたわけか」

「……将軍。父エジルは、王ユヌベクスとの『信義』を重んじています。ですから、我々はアーシアの矛として戦う」

 フランは、ザルクの歩みを止めるように前に出た。

「ですが、バドスがアーシア王を騙して私有化しようとしていた旧メルクニア領については、話が別です。……バドスという契約相手が消えた以上、あの土地をアーシア軍が強引に接収すれば、それは『投降した武門から私有財産を奪う』という、王の名誉を汚す行為となる。……ユヌベクス王は、不名誉な噂を近隣諸国に広めたいとお考えでしょうか?」

 フランは、父の「生真面目さ」を最強の外交カードとして提示した。

「父は約束を守る男です。だからこそ、我々が旧領を『自治領』として管理し続けることが、王への忠誠を証明する最も確実な形となる。……将軍、王にはこうお伝えください。『メルクニアは、アーシアの法を入れぬ代わりに、アーシアに牙を剥くすべての敵を、その法の外で処理する刃となる』と」

 ザルク将軍は、二十歳の青年の皮を被った「老獪な怪物」をじっと見つめ、やがて太い溜息と共に腰の剣を解いた。

「……なるほど。エジル殿の『固い意志』を盾に、自分たちの実利をもぎ取ったか。……いいだろう。旧領の自治権、王に上奏しておこう。バドスの死体という『不純物』を片付けてくれた手間賃だ」

「……感謝いたします、将軍」

 フランは深く一礼した。


 王都アイギスに、冷たい夜風が吹き抜ける。

 メルクニアの領土は守られた。しかしそれは、父の騎士道とは別の、フランが描く冷徹な「生存戦略」によって勝ち取られた、血塗られた勝利であった。

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