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メルクニア戦記  作者: 風花
第一章
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異質の残照

王都アイギスの城門を背に、メルクニアの軍勢は帰路についていた。

 本来ならば、絶望的な状況から旧領安堵という最高の結果を勝ち取った「凱旋」に沸き立つはずの行軍である。だが、馬蹄の音だけが虚空に響く道中の空気は、重く冷え切っていた。

 兄弟たちの視線は、無意識のうちに列の端を静かに進む四男フランへと注がれていた。

 彼は返り血一つ浴びていない。自ら剣を振るうこともなく、ただ「言葉」と「計算」だけで、宿敵バドスを処理し、十万のアーシア軍を黙らせた。その様は、戦士としての「強さ」ではなく、ただ淡々と不要な枝を切り落とす園丁のような、生理的な不気味さを伴っていた。


 野営の篝火かがりびを囲む夜、その違和感はついに形となって表れる。

「……なあ、フラン」

 口を開いたのは、七男ガインだった。彼は手元でレイピアを磨きながら、一度もフランと目を合わせようとはしなかった。

「バドスを仕留めた時……お前は、あいつが喉を鳴らして死ぬのを、瞬き一つせずに見ていたな。まるで虫けらのそれを見てるみたいに」

 その言葉に、巨大な戦斧を傍らに置いた五男エルムも、重く頷いた。

「俺もだ。……俺たちは荒事には慣れてる。戦場で首を飛ばすのも、武士もののふの仕事だ。だが、お前のやり方は……何て言うか、血が通ってねえんだよ。父上の『信義』さえも、交渉の道具として使い倒した。あれじゃあ、父上の誇りはどうなるんだ」

 エルムの言葉には、フランに対する「恐怖」だけでなく、自分たちが命懸けで守ってきた「武門の価値観」を、あまりにも事務的に解体されたことへの拒絶が混じっていた。そしてその拒絶の根底には、一族の誰もが口に出さない、だが厳然として存在する「壁」があった。

 メルクニアの兄弟たちは腹違いも多いが、皆、然るべき家柄の女から生まれた。だが、フランだけは違う。父エジルが遠征先のどこかで、名もなき女に産ませた「私生児」だ。

「……結局、混じり物には分からねえのかもな」

 三男クリスが、苦い酒を煽りながら吐き捨てた。

「俺たちにとってのメルクニアは、血と誇りの絆だ。だが、お前にとってのメルクニアは、ただの『守るべき機能』でしかねえ。だから、父上の誇りさえも、平然と天秤にかけられるんだ」

 その場に凍りつくような沈黙が流れる。

 長男カルムも、次男ライルも、否定はしなかった。彼らにとって、フランの知略は一族を救った「恩」であると同時に、自分たちとは決定的に何かが違う「異物」への嫌悪感を引き起こしていた。

 フランは、兄弟たちの刺すような視線を真正面から受け止めることもなく、ただ淡々と、手元の帳簿に筆を走らせていた。

「……皆、勘違いをしている」

 フランの声は、夜風よりも低く、感情の起伏が一切なかった。

「……私がメルクニアの血筋にどれほど連なっているかは、計算において重要ではない。私は、メルクニアという家系をこの状況下で残すための『最短距離』を歩いただけだ。バドスを殺したのは、彼を生かしておけば将来的に我々の首を絞めるコストになるからだ。父上の信義を盾にしたのは、それがアーシア軍を足止めする最も強固な障壁だったからだ。……そこに、私の個人的な情緒が介在する余地はない」

 フランは筆を止め、ようやく顔を上げた。その瞳には、月光さえも跳ね返すような、無機質な静寂が宿っていた。

「……兄上たちや弟たちが、私のやり方を『薄気味悪い』と感じるのは構わない。だが、誇りや血筋では、奪われた領地は戻ってこない。……私はただ、メルクニアという組織が、この過酷な時代という演算の中で、潰されずに存続することだけを考えている」

「……それが、家族に対する言葉かよ」

 ガインが吐き捨て、席を立った。エルムも、居心地が悪そうに斧を担いで闇へと消えていく。


 最後まで残った父エジルは、炎に照らされる四男の横顔を、深い悲しみと、言い知れぬ畏怖の念で見つめていた。

 エジルには分かっていた。フランが一族のために「怪物」になったのではない。フランという男は、最初から「怪物」として、メルクニアという器の中に生まれてきたのだということを。そしてその「怪物」を生み落としたのは、自分自身の迷いの一夜であったということを。

「……フラン。お前が手に入れたこの領地は、一族の安息の地となるのか。それとも、お前が次なる帳尻を合わせるための『計算机』となるのか」

「……父上。それは、私一人が背負えば済む問いです」

 フランは再び帳簿に目を落とした。

 彼が書き込んでいるのは、領地に戻ってからの兵糧の厳格な配分計画と、アーシアへの貢ぎ物を最小限に抑えつつ、疑念を抱かせないための「報告書」の文案。

 一族がようやく手にした安堵に眠る中、四男フランだけが、誰とも共有できない孤独な「管理」という戦場に、たった一人で踏みとどまっていた。


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