放逐という名の凱旋
王都の北門。そこを通り抜けようとする行列は、あまりに静かで、あまりに寂寥感に満ちていた。
ボロボロの荷車を引く五十人ほどの傷病兵。その先頭を行くウルフ・メルクニアの姿は、鎧も着けず、まるで憑き物が落ちたかのような無気力なものだった。
街道を埋めた民衆は、ただ黙ってその光景を見守っていた。
彼らは知っている。目の前の男たちが、帝国の脅威から王国を救った立役者であることを。だが、彼らは同時に、王宮が下した「沙汰」の内容も知っていた。
『メルクニア家は、アイゼンの激戦により、その武門としての血をほぼ流し尽くした。王は彼らの献身を称え、残された者たちが戦の喧騒を忘れ、北方の地にて静かに余生を過ごせるよう、特段の配慮をもって「隠居」を許すものとする』
それは、文字通りの「功い済まし」であった。
戦う力を失った英雄に、もはや王都に居場所はない。利用価値がなくなった道具を、体面を保ちつつ物置へと片付ける――そんな王家の冷徹な意図を、民衆も肌で感じ取っていた。
だからこそ、民衆は声を上げることができなかった。
彼らを称えれば、それは「まだ隠居させるには早い」と王に異を唱えることになり、彼らを蔑めば、それは己の恩知らずを露呈することになる。
民衆が抱いたのは、感謝でも怒りでもなく、「見捨てられた英雄」への、どうしようもない気まずさと無力感であった。彼らの視線は、ただただ重く、ウルフたちの背中に突き刺さっていた。
その様子を、城壁の上からレオナール王子が見下ろしていた。
隣で満足げに鼻を鳴らすポロック侯爵が、薄笑いを浮かべながら口を開く。
「……ご覧ください、殿下。あれが英雄の末路です。民も現金なものだ、もはや誰一人として彼らに縋ろうとはしない。アイゼンでメルクニアの財も兵も尽きたと分かれば、これほど速やかに『過去』へと追いやれる。……実に、効率的な処置でしたな」
レオナールは、ポロックの言葉を無表情に聞き流した。
ポロックや王は、メルクニアを「使い古された剣」として箱に詰めたつもりでいる。だが、レオナールには分かっていた。この静かな離脱は、ウルフやセシル、そしてマリスが望み、誘導した「最高の逃走劇」であることを。
「……そうだな。卿の言う通り、もはや彼らには何も残っていない。追い払う手間が省けたというものだ」
レオナールは冷淡に言い捨て、背を向けた。
彼は自分の権限を用い、アルザスまでの街道にある検問所に対し、「隠居する功臣を煩わせるな」という名目で、厳重な荷物検査を省略するよう通達済みだった。ポロックが調べた「ボロ布と農具」の奥に、王国の心臓を貫く「知恵」が隠されていることなど、誰も知る由はない。
王都から数里。監視の目が完全に途切れた森の奥。
ウルフは足を止め、深く息を吐いた。先ほどまで肩にのしかかっていた、敗残兵としての「重圧」を脱ぎ捨てるように、その背筋が真っ直ぐに伸びた。
「……皆、よく耐えた。民衆のあの目は、なかなかに堪えたな」
ウルフの言葉に、傷病兵を演じていた男たちが一斉に姿勢を正した。
「ウルフ様。……王宮も民も、我らを『終わった一族』として、心から棚に上げたようですな。これで、誰に邪魔されることもなく、北へ向かえます」
「……ああ。王は我らに『隠居』を与えた。ならば、その慈悲に甘えよう。アルザスの岩山に籠もり、彼らが我らの存在を完全に忘れるその日まで、ひたすらに牙を研ぐぞ」
ウルフは、遥か北にそびえるアルザスの山並みを、静かに、しかし燃えるような意志で見据えた。
第二陣、離脱完了。
王国が「過去」として葬り去った武勇は、今、荒野という名の揺り籠の中で、新たな「怪物」へと生まれ変わろうとしていた。




