葬列の進軍、技術の継承
北門の検問所には、ポロック侯爵の手下である近衛兵たちが、退屈そうに槍を立てていた。彼らにとって、この葬列は「終わった一族」の敗戦処理に過ぎない。
「止まれ。……ああ、メルクニアの未亡人方か。中を改めさせてもらう」
兵士の一人が、不躾に先頭の馬車の幕を跳ね上げようとした。その瞬間、馬車の窓が開いた。中に座っていたのは、喪服に身を包み、凍てつくような美しさを湛えた正妻セシルであった。
「……兵士よ。その手で、我が夫と息子たちの魂を汚すつもりですか」
セシルの声は低く、そして信じがたいほどの重圧を伴っていた。彼女の膝の上には、エジルが愛用していた傷だらけの兜が置かれている。
「我が一族は、この国の盾となって散った。その遺品を、戦場を知らぬ貴殿らが土足で踏みにじるというのなら、私は今ここで、この兜と共に自害し、王の不徳を全土に知らしめましょう。……通しなさい」
兵士は、セシルの瞳に宿る、狂気にも似た「母の執念」に圧され、思わず数歩後退った。そこへ、馬に乗ったレオナール王子が悠然と現れた。
「通せ。……これは私が許可した巡礼だ。死者を弔うことさえ許さぬ国だと、隣国に触れ回るつもりか?」
王子の登場に、兵士たちは慌てて跪き、門を開いた。レオナールは、馬車の横を通り過ぎる際、一瞬だけ御者台に座る従者に視線を送った。その従者は、顔を深く隠した精鋭のメルクニア兵であった。
門を抜け、王都の喧騒が遠のくと、葬列の空気は一変した。
豪華な装飾が施された大型馬車の内部には、泣き崩れる未亡人など一人もいなかった。
セシルの指示により、座席の下や二重底になった荷台には、メルクニアが代々蓄えてきた金貨の袋、そして王宮の書庫から密かに「回収」した一族の秘匿技術の記録が、ぎっしりと詰め込まれていた。
それは、帝国の重装騎兵の鎧をも貫く「特殊な合金の配合法」や、アイゼン要塞の設計思想を応用した「堅牢な防壁の構築理論」、さらにはエジルが長年書き溜めてきた「地形を利用した対多人数戦術の極意」といった、文字通りメルクニアを「怪物の一族」たらしめてきた軍事的な叡智の結晶であった。
魔法という奇跡が存在しないこの世界において、これら「鋼をいかに鍛え、いかに人を組織し、いかに殺すか」という洗練された技術こそが、最大の武器となる。
さらに、後続の「遺族」を乗せているはずの幌馬車の中には、巡礼者の服を着た腕利きの鍛冶師、土木技師、そして再編されたメルクニアの精鋭五十名が、分解された最新型の強弩と共に潜んでいた。
「……セシル母上。第一関門、突破いたしました」
馬車の並走を装い、一人の騎士が窓越しに声をかけた。それは、変装したウルフであった。彼はまだ王都に残る手筈だが、第一陣の安全を確かめるため、密かにここまで同行していた。
「ええ、ウルフ。……でも、油断は禁物です。ポロックの追っ手が、どこで不審に思うかわかりません」
セシルは膝の上の兜を強く抱きしめた。彼女の役割は、この「メルクニアの種」を、アルザスの冷たい土に確実に植えることだ。
「カリン、リーナ。……準備はいいですね?」
別の馬車に乗る夫人たちに、セシルが合図を送る。
カリンは、袖の中に隠した短剣を握りしめ、かつて息子エルムが愛した部下たちの無事を祈るように頷いた。リーナは、マリスとエレナが後に続くための「目印」を、道端の枯れ木に密かに残していく。
夕闇が迫る頃、葬列は王都を遠く見渡せる丘に差し掛かった。
ウルフは馬を止め、沈みゆく夕日に照らされた王都を振り返った。そこには、父が守り、兄たちが死に、そして自分たちが踏みにじられた「黄金の檻」があった。
「さらばだ、アーシア。……次にこの門を叩く時、我らはもう、お前たちの駒ではない」
ウルフは冷徹に言い捨てると、馬の首を北へと向けた。
その頃、王宮のバルコニーでは、レオナールが独り、北へと消えていく微かな砂埃を見つめていた。彼の傍らには、ポロック侯爵が勝ち誇ったような顔で立っていた。
「殿下、ご覧なさい。これでメルクニアも、ただの葬列となりました。あんな陰気な連中が王都からいなくなって、空気が清々しくなりましたな。……あとは、あの残った息子たちを適当に処理すれば、全ては王のものだ」
「……そうだな。卿の言う通りだ」
レオナールは、手すりを握る拳に力を込めた。
ポロックたちは、馬車の中身が「遺品」ではなく、次の戦いを決定づける「鋼の知恵」であることを知らない。
セシルの涙が偽りであり、ウルフの沈黙が、この不条理な世界を生き抜くための「覚悟の研磨」であることを知らない。
そして、この葬列が、王国という古い皮を脱ぎ捨て、より強靭な存在へと進化するための「儀式」であることを――。
「……私は、ここを地獄に変える。お前たちが、安心して帰ってこられる地獄にな」
レオナールの呟きは、風に消された。
離脱第一陣、アルザスへの進軍開始。
それは、歴史から「メルクニア」の名を一時的に抹消し、代わりに「生存の根」を深く、深く、北の大地に這わせるための最初の一歩であった。
白銀の墓標を背に、黒い葬列は、月明かりの下をひた走る。
その足音は、静かではあったが、大地を揺らす鼓動のように、北の荒野へと響き渡っていた。




