届かぬ咆哮
血煙が舞う戦場から一騎、要塞の階段を駆け上がってくる影があった。七男ガイン・メルクニア。
一族の誰もが認める猪突猛進の気性を持ちながら、その得物は繊細な細剣だった。激情を一点の切っ先に凝縮して放つその突きは、鋼鉄卿の兵たちを幾度も退けてきた。
「どけ! 陛下に直訴がある!」
ガインは制止する近衛兵をレイピアの柄で殴り飛ばし、ユヌベクス王が鎮座するテラスへ躍り出た。
「陛下! 援軍を! 父上と鋼鉄卿がぶつかっている、今なら背後を突ける! ……なぜ動かない、あんたの娘婿や義理の息子たちが死にかけてるんだぞ!」
その必死の叫びは、王を囲む譜代貴族たちの冷笑を誘った。
「……無作法な小僧だ。一族が王女を娶り、王の温情で命を繋いでいる身でありながら、陛下を『あんた』と呼ぶか。やはり礼節を知らぬ獣の血筋だな」
「黙れ! 兵を出さないなら、俺がこの場で、あんたらの喉を――」
ガインがレイピアを引き抜こうとした瞬間だった。それは交渉が通じぬ絶望からの「脅し」に過ぎなかったが、王を囲む側近たちにとっては、メルクニアの牙を折る絶好の口実となった。
「王への大逆だ! 殺せ!」
側近たちの剣が一斉に放たれる。ガインは神速の刺突で応戦し、一人の喉を貫いたが、多勢に無勢。背後から突き立てられた数振りの刃が、少年の細い体を無慈悲に貫いた。
「……あ、……」
ガインのレイピアが石床に落ち、高い音を立てる。
ユヌベクスはようやく視線を向け、冷淡に言い放った。
「……ガイン。お前は少し、騒がしすぎた。その凶暴さは、一族の服従を妨げる『雑音』だ。……安心せよ、ウルフもマリスも、残った兄弟たちは予が正しく教育し直してやる」
ガインの体は、冷たい一瞥を浴びながら城壁から崩れ落ちた。マリスが最も慕った「賑やかな兄」の一人は、戦場ではなく、主君の足元で物言わぬ肉塊となった。
眼下の雪原。エジルは、愛する息子たちの気配が次々と消えていくのを、本能で感じ取っていた。
目の前には、黒鉄の巨影――「鋼鉄卿」。
かつて副官ヴォルガを殺された軍神は、その仮面の奥から、地獄の底のような威圧感を放っている。
「おおおおおおお!!」
エジルは盾を捨て、折れた大剣を両手で握り直した。
家族を守るため、すべてを飲み込んでアーシアに降りた。その結果が、息子たちの骸の山か。
エジルは死を覚悟した猛進を見せる。鋼鉄卿の剣がエジルの脇腹を抉るが、エジルはその刃を肉で受け止め、固定した。
「……捕らえたぞ、軍神ッ!」
至近距離。エジルは腰に隠し持っていた短刀を抜き、鋼鉄卿の兜のバイザーの隙間へ突き立てた。
確かな手応え。鉄と肉が削れる感触。
だが、軍神は沈まなかった。
鋼鉄卿は、首に刃が食い込んだまま、エジルの胸を左拳で打ち抜いた。さらに、強引に引き抜いた黒剣が、エジルの心臓を正確に貫く。
「……見事だ、メルクニア。……だが、ここまでだ」
エジルの巨躯が、雪原に膝を突いた。視界が白く染まっていく。
「……すまん、マリス……。……フラン、あとは……頼んだぞ……」
老獅子の命が、朱き雪原に溶けて消えた。
エジルの戦死を確認した瞬間、城壁の上でユヌベクス王が立ち上がった。
「よし。……全軍、進軍! メルクニアの残存兵を『保護』せよ! 抵抗する帝国軍は、我が娘婿たちを守るために徹底的に磨り潰すのだ!」
それは救出などではなかった。
邪魔な長老と不穏分子を排除し、心折れた残りの兄弟たちを「守ってやった恩」で縛り上げる、王の卑劣な収穫祭の始まりだった。
王国の譜代兵たちが、死に体となったメルクニアの生存者たちを取り囲むために雪原へと雪崩れ込んでいく。
「父上……!!」
エジルの亡骸を抱き、慟哭するマリス。その背後に、王国の軍勢が「救済」という名の新たな鎖を持って迫っていた。




