表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メルクニア戦記  作者: 風花
第四章
65/113

黄金の檻

 数日前まで、アイゼン要塞はメルクニアの獅子たちが血を流して勝ち取った、誇り高き「最前線」であった。しかし今、そこは見る影もなく塗り替えられている。

 無骨な石壁には戦場には不釣り合いな金糸の垂れ幕が下ろされ、兵たちの寝床であった広間は、王都から運び込まれた高級家具と、譜代貴族たちが持ち込んだ贅沢な酒の匂いで満たされていた。

 王宮の使用人が、傷ついたメルクニアの将兵を乱暴に押し除ける。

「邪魔だ、どけ! 陛下の御食卓を汚す気か!」

 前線で死線を潜り抜けてきた兵たちは、自分たちの居場所を奪い、手柄を当然のように享受する「よそ者」たちを、殺意の籠もった沈黙で見つめていた。


 要塞の中央会議室。

 上座に鎮座する国王ユヌベクスは、以前の「アムル併合」の際にメルクニアを謀略で追い詰めた時と同じ、湿り気を帯びた眼光を放っていた。

 その左右を固めるのは、メルクニアを「成り上がりの外様」として憎む譜代の老将・ヴォルガ侯爵の一派である。

「――して、エジル卿。四男フランの件、誠に……誠に同情を禁じ得ぬ」

 ユヌベクスが重々しく口を開いた。その声には、一族の悲劇を悼むような「完璧な芝居」の響きがあった。

「帝国から流れてきた不吉な噂、予の耳にも届いている。奴が帝都で重用されているという話……信じたくはないが、火のない所に煙は立たぬ。もしや、帝国はあの賢明なフランを使い、メルクニアを懐柔し、王国から引き抜こうとしているのではないか?」

 エジルは膝を突き、言葉を失った。王はフランの生存を喜んでいるのではない。フランが帝国で地位を得たことに対し、メルクニア一族の離反を危惧すると同時に、「メルクニア一族全体に反逆の疑いをかけ、永遠に自分の監視下に置くための楔」として利用しようとしているのだ。

「陛下、あり得ませぬ! フランは我らを逃がすために――」

 次男ライルが叫びかけるが、ユヌベクスは優雅に手を挙げてそれを制した。

「分かっている、ライル卿。予は貴殿らを信じたい。だが、王国の法と譜代の将たちの疑念を払拭せねばならぬ。……ゆえに、今回の親征は『メルクニアの忠義を証明するための場』とする」


 ユヌベクスは、卓上に広げられた地図に細い指を置いた。

「フランという天才が帝国側にいるのであれば、奴は必ず身内の甘さを突いてくる。ゆえに、メルクニアを攻勢に出すわけにはいかぬ。それは、フランへの『手土産』を持たせるようなものだ」

 三男クリスが、王の言葉の裏にある残酷な合理性に背筋を凍らせた。ユヌベクスは軍事の素人だが、「人間を縛る方法」については天才的だった。

「エジルよ。貴殿らには、予を護衛する『絶対の壁』となってもらう。この要塞に留まり、陛下を害しようとする者が一兵たりとも通らぬよう、一族の命を賭して守れ。攻勢は、ヴォルガ侯爵率いる王軍本隊が行う」

 会議室に衝撃が走った。

 鋼鉄卿という怪物を相手に、戦場を知らぬ譜代の将を突撃させ、熟練のメルクニアを「王の警護」という名目で要塞に釘付けにする。それは、軍事的には自殺行為だが、政治的には「メルクニアを王の盾として使い潰しつつ、手柄は譜代に与える」という完璧な策だった。

「陛下! 鋼鉄卿は健在です! 奴の戦術を分かっていない者が打って出れば、この要塞ごと孤立します! これは……これは『邪魔』でしかありません!」

 クリスが激昂して叫んだ。しかし、ユヌベクスは細く目を細め、不気味に微笑んだ。

「『邪魔』か。予を守ることが、貴殿らには邪魔か? ……もし攻勢を望むなら、まずフランが『反逆者』であることを公式に認め、その首を自ら獲ると誓うか?」

 沈黙が部屋を支配した。

 フランの生死、そして真意が不明な今、その誓いは兄弟の縁を断つに等しい。

 エジルは拳を震わせ、頭を床に擦りつけた。

「……承知いたしました。陛下。メルクニア、命に代えて陛下をお守りいたします」

 背後には、メルクニアを「反逆予備軍」として監視し、足枷となる謀略の王。

 前方には、鋼鉄卿の武力と、フランが整えた無慈悲なシステム。

 

 王国軍はもはや、外敵と戦うための組織ではなかった。

 互いに疑いの視線を向け合い、家族の絆すらも「弱点」として利用される、黄金の檻へと変貌していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ