鋼鉄の潮流、北へ
王都。そこは極寒のアイゼン要塞とは対照的な、石造りの壮麗な街並みと権謀術数が渦巻く場所だった。中央貴族たちは、メルクニア家を「厄介払いされた捨て石」と見なし、その全滅の報を今か今かと待っていた。
だが、その冷笑を、泥と乾いた血にまみれた二人の若者が引き裂いた。
「――メルクニア家七男ガイン、八男マリス! 帝国軍副官ヴォルガを討ち取り、帰還いたしました!」
謁見の間、居並ぶ重臣たちの前でガインが絶叫した。差し出された副官の兜と、軍神の陣形を崩した証左となる戦域図を前に、大臣たちは言葉を失う。王国軍が十年来、一度も成し遂げられなかった「帝国の将を屠る」という戦果。それを、追放同然に送り出された五千の軍勢が、開戦早々に成し遂げたのだ。
もはやメルクニアを「反乱の嫌疑ある一族」として放置することは、この不世出の軍功を無視することであり、王家の権威そのものを損なう事態へと一変した。
この勝報に、王都で牙を研いでいた上位の兄たちが即座に反応した。
長男カルムは、負傷して病床にあるという噂を撥ね退けるような冷徹な眼光で、即座に貴族院への根回しを開始。次男ライルは、古傷を抱えながらも重厚な甲冑を再び身に纏い、三男クリスは王都に駐屯する自身の息のかかった騎士たちを糾合し始めた。
「父上と弟たちが、命を削って道を作られたのだ。長男として、これ以上の遅参は末代までの恥となろう」
カルムは、メルクニア家への支援を渋る文官に対し、事実上の脅迫に近い弁舌で軍備と兵糧の即時供出を認めさせた。彼らにとって、これは単なる「国防」ではない。家長エジルの期待に応え、囚われたフランを奪還し、一族の誇りを完全に取り戻すための、一世一代の勝負だった。
王都に留まっていたイザベラも、メルクニアの屋敷でこの報に接する。彼女はガインから、戦場でのウルフの様子を聞き出した。かつて自分の腕の中で怯えていた繊細な少年が、今や「戦場の眼」として覚醒し、軍神と対峙している。その事実に、彼女の胸の奥で、歪な独占欲とは異なる熱い期待が込み上げる。
「……あの子が、そこまで。ならば、私がすべきことは一つね」
彼女は王家へ通じるあらゆる人脈と、メルクニア家が蓄えてきた資金を惜しみなく投入した。救援軍の補給路を確保し、最新の重装甲を前線へ届けるための手配を、一夜のうちに完了させる。それは、戦場に立てぬ彼女なりの「戦い」であった。
ついに王家は、王都の主力たる重装軍団二万の出陣を決定した。その先陣を切るのは、積年の屈辱を晴らさんとするメルクニアの上位三兄たちが率いる精鋭部隊である。
「今しばらくお待ちください、父上。……そしてフラン、我らメルクニアが、全員で迎えに行くぞ」
王都の巨大な門が開き、鋼鉄の潮流が北へと向かう。
一方、アイゼン要塞の鋼鉄卿もまた、地平線の彼方から「王国の本気」が近づいていることを、空気の震えから察知していた。彼が望んだ通り、舞台は整った。メルクニアという家の全ての力が、今まさに極北の地に集結しようとしていた。




