慟哭の再起
王都、メルクニア邸の最奥。
アイアン・ピークの惨劇から数日、死の淵を彷徨っていた二人の兄に、ようやく「生」の光が戻ろうとしていた。
「……ライル兄上! 気が付いたのか!」
六男ウルフの叫びが室内に響く。
次男ライルが、肺に溜まった泥と血を吐き出すように激しく咳き込み、目を見開いた。肉に食い込んだ矢の傷跡が、包帯越しに赤く滲む。
「……がはっ……! ……クソ……ここは……」
ライルは、自分の体が清潔なシーツに横たわっていることに激しい違和感を覚えた。彼の記憶は、アイアン・ピークの断崖、フランが仕掛けた爆破の白煙で止まっている。
「……フランは……フランはどうした!? 答えろ、ウルフ!」
荒い息を吐きながら、ライルは弟の胸ぐらを掴もうとして、力なく崩れ落ちた。その瞳には、救えなかった弟への後悔が、濁った炎のように揺れている。
その怒号に呼応するように、隣の寝台で彫像のように動かなかった長男カルムが、ゆっくりと、重い瞼を持ち上げた。
「……騒がしいぞ、ライル」
全身を貫かれた無数の傷。本来なら即死していてもおかしくない重傷を負いながら、メルクニアの長兄としての魂が、彼を現世へと引き戻した。
「カルム兄上……!」
傍らで見守っていた七男ガインと八男マリスが、震える声でその名を呼ぶ。カルムは焦点の定まらない目で天井を見つめ、やがて、部屋の隅で、血に汚れたまま椅子に深く腰掛け、虚空を見つめているクリスの姿を捉えた。
クリスは、自分の肩に突き刺さった矢を抜き、自分たちをここまで運び届けた後、一睡もせずに兄たちの目覚めを待っていた。鎧を脱ぐことさえ忘れ、乾いた返り血にまみれたその姿は、生きながらにして鬼のようでもあった。
「クリス……」
カルムの声に、クリスがゆっくりと顔を上げる。その瞳には、三日三晩馬を潰して走り抜けた執念の残滓が、底知れぬ絶望と共に宿っていた。
「……カルム兄上。……目覚めましたか」
「フランは、どうなった」
カルムの静かな問いに、室内は凍りついたような沈黙に包まれる。
クリスは、血の滲む拳を強く握りしめ、絞り出すように答えた。
「……安否は、不明です。ですが、あの崖を落としたのは……あいつ自身です。私たちを生かすために、あいつは……独りで地獄を選んだ」
カルムは、激痛に顔を歪めながらも、震える腕で上体を起こした。
「……死なせん。あのフランが、無策で命を捨てるはずがない」
その言葉に、ライルが顔を上げ、クリスが顔を上げた。
「エジル殿(父上)に伝えろ。メルクニアの長男、次男、三男……これより戦線に復帰するとな。フランが繋いだこの命……一滴も無駄にはせん」
窓の外では、婚礼の名残である華やかな鐘の音が遠く響いている。
しかし、この部屋にいる三人の兄たちの心は、すでにアイアン・ピークの冷たい北風の中、地獄に消えた四男フランを奪還するための、血塗られた戦場へと戻っていた。




