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メルクニア戦記  作者: 風花
第一章
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敗走の轍

 アイアン・ピークの断崖が、フランの仕掛けた爆破によって白煙に包まれるのを、クリスは馬上の背から振り返り、血を吐くような思いで見つめていた。

 崩落する巨石が、四男を残した戦場と自分たちの間に、絶望という名の境界線を引いていく。轟音と共に、フランの姿も、追いすがる帝国の軍勢も、すべてが土煙の向こう側へと消えた。


「……フランッ!!」

 クリスの叫びは、吹き荒れる北風にかき消された。

 馬車の中では、意識を失った長男カルムが激しい振動に揺られ、次男ライルが折れた矢を肉に食い込ませたまま、うわ言のように「……すまねえ、フラン……」と繰り返している。

 王国最強と謳われたメルクニアの精鋭たちは、今や傷ついた獣のように、泥にまみれて南へと這いずっていた。

 王都へと続く街道は、春の雨によって深い泥濘と化していた。

 クリスは、自分の肩に深く突き刺さった矢を、手綱を握ったまま引き抜いた。溢れ出す鮮血が雨に洗われ、足元の泥を赤く染める。


 彼の脳裏には、最後に見たフランの瞳が焼き付いて離れない。あの、感情を排した冷徹な軍師が、自分たちを逃がすために見せた、静かな決意。

(……お前は、最初から知っていたのか。……私たちが、お前を救いに来ることさえも、お前の『盤面』の一部だったというのか……!)

 クリスは、自分たちがフランを「人の心がない」と断じた過去の傲慢さを呪った。

 自分たちが「誇り」や「騎士道」に酔っていた間、フランは独り、一族が生き残るための「最も汚い、しかし最も確実な道」を、自らの命をチップにして描き続けていたのだ。


 三日三晩、一睡もせず、馬を三頭潰して、彼らは王都セント・ルミナスの城門へと辿り着いた。

 婚礼の余興の飾りがまだ街の隅に残る華やかな城門に、血と泥にまみれた馬車が突っ込む。

「……開けろ! メルクニアだ! 三兄が帰還したぞ!」

 門番たちの静止を振り切り、クリスは王宮の中庭へと馬車を滑り込ませた。

 そこには、急報を聞きつけて駆けつけた父エジル、そして五男エルム、六男ウルフ、七男ガイン、八男マリスの姿があった。

 馬車の扉が開き、崩れ落ちるようにして降りてきたクリスの姿に、弟たちは息を呑んだ。

 かつての凛々しい姿はどこにもない。鎧は砕け、全身から血を流し、その瞳には底知れぬ絶望が宿っていた。

「……クリス兄上! カルム兄上は!? ライル兄上は!? ……それから、フラン兄上はどこに!?」

 駆け寄るマリスを、クリスは血まみれの手で突き放した。

 続いて馬車から運び出される、物言わぬ肉塊のようになったカルムとライルの姿を見て、ガインは絶句し、ウルフはその場に膝をついた。

「……父上……。……申し訳、ございません……」

 クリスは、エジルの足元に崩れ落ち、泥の中に額を擦り付けた。

「……アイゼン要塞は陥落。……四男フランは、我らを逃がすため、独り敵陣に残り……道を塞ぎました。……その後の安否は、不明。……生きて、いるかどうかも……」

 王宮の空気が、一瞬で凍りついた。


 最強の兄たちが敗れ、一族の「智」であるフランは地獄の底に消えた。

 婚礼の五日後、メルクニアが手に入れたのは、輝かしい未来ではなく、一族の歴史上、最も惨酷な「敗北」という現実だった。

 エジルは、何も言わなかった。

 ただ、震える手でクリスの肩を掴み、北方の空を――愛する息子が消えた、あの闇を、静かに見据えていた。


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