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メルクニア戦記  作者: 風花
第一章
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鋼の軍神

 盛大な婚礼から、五日が過ぎた。

 王都は、メルクニア一族と王家の結びつきを祝う空気がようやく落ち着き、穏やかな日常を取り戻しつつあった。ウルフやマリスも、伴侶との新しい生活に馴染み始め、一族の未来は盤石であると誰もが信じて疑わなかった。


 その平穏が、一頭の疲れ果てた軍馬の嘶きによって、無残に切り裂かれた。

 王宮の正門を、血と泥にまみれた伝令兵が突き進む。馬は中庭で泡を吹いて倒れ、男は這いずるようにして謁見の間へと担ぎ込まれた。そこには、朝の評議に集まっていた国王と、父エジルの姿があった。

「申し上げます……! 五日前、北方駐屯地『アイゼン要塞』にて、帝国ゼノス重装騎兵団と接触……! 隔離中であったフラン様を救出すべく急行したカルム様、ライル様、クリス様率いる守備隊がこれを迎撃しましたが……!」

 伝令兵の声は、極限の疲労と恐怖で掠れていた。エジルは表情を変えず、しかし周囲が凍りつくような威圧感を放ちながら一歩前へ出た。

「五日前だと? ……安否を申せ。隔離先とはいえ、フランが守り、三人の兄が合流したのだぞ。容易く抜かれはせぬはずだ」

「……カルム様、敵将との一騎打ちの末に腹部を貫かれ、意識不明の重体! ライル様も、殿を務められ全身に矢を受け、戦線離脱! ……孤立していたフラン様は、兄上方を救うために自ら囮となり、残存兵力を率いてアイアン・ピークの断崖へと撤退……! 現在、クリス様と共に、崩壊寸前の陣地で敵の総攻撃を食い止めております……!」

 謁見の間が静まり返った。一人でアイゼンを守っていたフランと、彼を案じて駆けつけた最強の三兄弟。メルクニアの「武」と「智」が最悪のタイミングで一箇所に集まり、同時に無力化されたという。

「……信じられん。フランが居て、カルムとライルが合流しても尚、抑えられなかったというのか?」

 エジルの問いに、伝令兵は絶望を込めて首を振った。

「敵の指揮官……ゼノス帝国の『鋼鉄卿』と呼ばれる男が、あまりに強すぎました。フラン様が孤立無援の中で仕掛けた幾多の罠を、その男は武力という一点で力ずくで叩き割り、最短距離で本隊を狙ったのです。……メルクニアの精鋭が、赤子のように翻弄されました」


 その頃、王都のメルクニア宿舎。

 急報を聞きつけた兄弟たちが集まっていた。五男エルム、六男ウルフ、七男ガイン、そして八男マリス。彼らの顔からは、五日間の幸福な余韻は一瞬で消え去った。

「……嘘だろ。あの兄さんたちが、フラン兄上のいる要塞へ駆けつけてなお、負けた……?」

 ガインが、信じられないといった面持ちで声を震わせた。武骨な兄たちと、冷徹な四男。彼らが合流すれば、どんな苦境も覆せると信じていたのだ。その信頼が、自分たちが祝杯を挙げている間に、地響きと共に砕かれた。

「……相手の将が、我々の想像を絶する怪物だったということだ」

 ウルフが、低く鋭い声で言った。

「……フラン兄上の計算を上回る『力』が、この世には存在した。兄さんたちは隔離されたフラン兄上を救おうとして無理な突撃を敢行し、フラン兄上はその兄さんたちを守るために自分を削った。……結果、全員がその怪物に飲み込まれたんだ」

「……俺たちが行くしかないのか?」

 エルムが顔を青くしながら問いかける。だが、その場にいる全員が理解していた。カルムやライルを圧倒し、フランの知略すら蹂躙する化け物に、自分たちが今すぐ立ち向かって勝てる道理がないことを。


 王宮の奥底で、エジルは静かに自分の大剣を手に取った。

 今の王国で、その「鋼鉄卿」と対等以上に渡り合えるのは、もはや自分一人しかいない。だが、家長である自分が王都を離れれば、一族の政治的基盤は揺らぐ。

(……フラン。貴様を一人にしたことが、これほどの裏目に出たか。……そして貴様は、自分を捨てた兄たちを救うために、またしてもその知略を『献身』に使い果たしたのか)

 エジルは、遠く北方の空を見据えた。

 最強の牙が折れ、最高の知恵が追い詰められたメルクニアの一族。

 彼らが直面したのは、単なる戦争ではない。一族の価値観そのものを根底から破壊する、絶対的な強者による「解体」の始まりであった。


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