嵐の晩餐
王都の大宮殿。黄金の輝きを放つ広間は、アーシア王国の栄華を象徴する場所だが、メルクニアの一族にとっては底の見えない泥沼に等しい。
「……エルム、ガイン。貴様ら、その殺気を収めろ。ここは戦場ではないと言ったはずだ」
父エジルが、低く地を這うような声で息子たちを制した。エジルの黒い軍服は、華美な礼装に身を包んだ貴族たちの中で、岩のような不動の威厳を放っている。
「分かってますよ、親父。……だが、あの豚のような貴族どもの視線が気に食わねえ。今すぐその贅肉を削ぎ落としてやりたくなります」
五男のエルムが、巨大な拳を握り締め、不敵に鼻を鳴らした。七男のガインもまた、嘲笑を浮かべながら周囲を睨め回す。
「全くだ。香水の臭いで吐き気がするぜ。……ウルフ、お前はよくそんな平然とした顔でいられるな」
二人の荒々しい兄に挟まれた六男のウルフは、困ったように眉を下げ、静かに溜息をついた。
「……平然なんてしてないよ。ただ、ここで暴れたらフラン兄さんに『損失が利益を上回る』って、また理詰めで説教されるのが目に見えてるからね」
ウルフのその憂いを帯びた端正な横顔は、本人の意図に反して、広間の貴族たちの視線を釘付けにしていた。
その時、広間の喧騒が止んだ。
アーシア王国の第一王女、イザベラがゆっくりと階段を下りてくる。その瞳は新しい玩具を見つけた子供のように無邪気な好奇心に輝いており、迷うことなく一人の男の前で止まった。
「……見事なものね。アムルの猟犬の中に、これほどまでに清廉な月光のような男がいようとは」
イザベラは、家長であるエジルを視界に入れることすらなく、ウルフの目の前に立った。彼女の指先が、ウルフの頬を直接なぞる。ウルフは反射的に身を引こうとしたが、父エジルの厳しい視線に射抜かれ、石のように硬直した。
「……決めたわ。あなたが気に入った」
イザベラは、悪戯っぽく、しかし逆らうことのできない威圧感を纏って微笑んだ。
「……だから、今日からあなたは私のものよ」
宣言と同時に、彼女はウルフの首に細い腕を絡ませ、その胸へと強引に飛び込んだ。
「え……っ!?」
ウルフが驚愕に目を見開いた瞬間、彼の唇は王女の唇によって完全に塞がれた。
広間が、静寂を通り越して凍りついた。
エジルが、エルムが、ガインが、そして王国の重臣たちが、誰も言葉を発することができず、その光景を凝視した。王女自らが、降将の息子を、広衆の面前で抱きしめ、深く熱い口づけを交わしたのだ。
ウルフは顔を真っ赤にし、身をよじって皇女を引き剥がそうとした。だが、彼女の細い腕は意外なほど力強く、彼を逃さなかった。
「……ん……っ……」
イザベラは、口づけを交わしたまま、ウルフの驚きと困惑を愉しむように目を細めた。
彼女はゆっくりと唇を離すと、蒼白になったウルフを、勝利の微笑みで見上げた。
「陛下への奏上は後回しでいいわ。全貴族が目撃した今の儀式こそが、何よりの証明。……メルクニア卿、今日この時をもって、ウルフは私の『婚約者』よ。異論はないわね?」
有無を言わせぬ宣告。
呆然と立ち尽くすウルフと、あまりの横暴に口をあんぐり開けて茫然自失のエルムたち。そして、王国の巨大な権力に搦め取られた愛息を前に、頭を抱えるしかないエジル。
王女の無邪気な掠奪は、メルクニアの一族を、かつてない混乱と「愛の嵐」へと叩き込もうとしていた。




