魔獣の森3
『リリア! 森へ! 僕の背中に乗って!』
炎に赤く染まる空の下、レヴァフレアの声が響いた。
リリアは、燃え盛る森へ視線を向ける。
「レヴァフレア……いいの?」
『もちろんだよ!』
大きな翼が、力強く羽ばたく。
『さあ! 行こう!』
リリアは迷いなく頷く。
そして、振り返る。
そこにはエルヴィンがいた。
炎を映した瞳で、まっすぐに彼女を見つめている。
その瞳には、ただ、深い信頼があった。
エルヴィンは、力強く頷く。
「リリア」
その声は、騒然とした夜の中でも、不思議なほどよく届いた。
「君を信じてる」
「……はい!」
リリアは微笑んだ。
その翠の瞳が、強く輝く。
「エルヴィン様! 行ってまいります!」
「行っておいで。
……必ず、必ず戻ってくるんだ」
「はい!」
「レヴァフレア。リリアを頼むぞ」
『任せて!』
レヴァフレアが翼を大きく広げた。
次の瞬間、二人の身体がふわりと浮き上がる。
ゴウッ、と風が巻き起こる。
レヴァフレアは一気に高度を上げ、燃え盛る森へと飛翔していく。
「リリア……!」
小さくなっていくその姿を、エルヴィンはしばらく見つめていた。
やがて、ゆっくりと視線を戻す。
「……我が妻は、頼もしいな」
その横顔には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「背を預けるに足る強さだ」
「まことに……」
クラウスが感慨深げに頷く。
エルヴィンはふっと息を吐いた。
「ふふ。私も、無様な姿は見せられんな」
そして、その表情から柔らかさが消える。
そして――その瞳に鋭い光が走った。
「……さて」
エルヴィンはクラウスへ向き直る。
「クラウス」
「はい」
「お前は馬で、この崖を降りられるか?」
クラウスは眼下を一瞥した。
普通であれば、不可能な急な斜面。
「はい。問題ございません」
「フィリーナは?」
「私も問題ありません」
「そうか」
エルヴィンは満足げに頷いた。
そして、その視線をクロードへ向ける。
「聞いてのとおりだ、クロード。
我々は陽動として先に行く」
燃える森の向こうから、魔獣の咆哮が重なって聞こえてくる。
「魔獣の群れをこちらへ引きつける。
その隙に、お前たちは森を回り、逃げている領民を助けろ。
村人たちを一人も取り残すな」
「……こ、公爵様……っ?!」
唖然とするクロードに、エルヴィンは頷いた。
「クラリーチェ。彼らの援護を頼む」
「承知しました!」
クラリーチェは力強く答えた。
エルヴィンは手綱を握り直す。
「よし!」
その声が、夜気を震わせる。
「行くぞ!」
馬が地面を蹴った。
エルヴィンを先頭に、クラウス、そしてフィリーナが続く。
三頭の馬は、ためらうことなく崖の斜面を駆け下りていった。
やがて小さくなっていく姿へ向けて、クラリーチェはそっと呟く。
「……どうか、ご武運を……」
その声を包むように、風が吹き抜けた。
立ち止まっている暇はない。
クロードは顔を上げ、唇を引き結ぶと前を向いた。
「お前たち!」
凛とした声が響く。
「公爵様のお言葉を聞いたな!」
領民たちが一斉に顔を上げる。
「我々も行くぞ! 一人でも多くの者を助ける!」
「おうっ!」
声が重なった。
クロードはクラリーチェを見る。
「頼んだぞ! クラリーチェ!!」
「はい! お兄様!」
馬が一斉に走り出す。
「急げ!」
蹄の音が夜の大地を震わせる。
守るべきものが、そこにある。
――全員を、助ける。
それぞれの場所で、それぞれの想いを胸に。
やがて夜空に、再び大きな咆哮が響いた。




