森の異変2
「ノ、ノワール公爵様!?」
クロードが絶句する。
「いけません!
領主館なら安全です。どうか、ここに――」
「いや」
エルヴィンは静かに首を振った。
「私も戦う」
「しかし……!」
クロードが言葉を重ねようとした、そのとき。
エルヴィンの隣から、一人の少女が姿を現した。
「私も、参ります」
「なっ……!
……リ、リア……様っ?!」
今度こそ、クロードは言葉を失った。
リリアは静かに微笑む。
「私も、参ります。案内してください」
その声には、迷いがなかった。
*
数刻前。
リリアの寝室の扉が、静かに開いた。
「リリア」
「エルヴィン様……!」
そこに立っていたエルヴィンの姿を見た瞬間、リリアはすべてを悟った。
「……森、ですね」
エルヴィンは答えず、ただ、妻をそっと抱きしめる。
いつもより、少しだけ強い腕。
「……リリア」
耳元で、低い声が響く。
「ここは、クラウスとクラリーチェの故郷だ。
彼らを助けたい。
何より、私は夜目が利く。だから――」
リリアは黙って彼の胸元に頬を寄せた。
「……私は、行こうと思う」
リリアは、その胸元で静かに頷いた。
「エルヴィン様……」
顔を上げる。
「お一人では、行かせません。
私も、共に参ります」
「リリア……っ?!」
エルヴィンの表情が険しくなる。
「危険だ。君は――」
そこまで言って、彼は言葉を止めた。
見つめ返してくるリリアの瞳。
「……分かっています」
リリアは、一歩も退かなかった。
エルヴィンはしばらく彼女を見つめていたが、やがて観念したように息を吐く。
抱きしめる腕に、力がこもる。
「……分かった。
私の傍を離れるな」
「はい」
エルヴィンは、リリアの髪にそっとキスを落とす。
「……絶対にだ」
「……はい。お約束します」
遠く、森の方角から不穏な魔力が立ち昇っている。
けれどその中に、リリアには別のものを感じていた。
苦しみ。
怯え。
そして――助けを求める、かすかな声。
その瞬間。
リリアの右手にある指輪が、淡い翠の光を放った。
エルヴィンは息を呑む。
光は指輪から溢れ、リリアの身体を包む。
そして、その瞳にも――美しい翠の輝きが宿った。
「……リリア」
エルヴィンは言葉を失った。
目の前にいるのは、守られるだけの妻ではない。
森の民の血を受け継ぎ、森と繋がる者。
リリアは、静かに告げた。
「行きましょう」
「ああ。共に」
エルヴィンは、頷いた。
*
そして現在。
エルヴィンは、手綱ごと、リリアの手を握った。
リリアも、その手を強く握り返す。
そして――
一行は、魔獣の森へ向かって駆け出した。
馬を駆るエルヴィンの腕の中で、リリアは唇を引き結ぶ。
(行かなくては……!)
その瞳は、強く前を見つめていた。




