その歩みの先で3
エルヴィンは、しばし黙ってフィリーナを見つめていた。
やがて、静かに頷く。
「……そうか。まさか、カディオンが存命だったとはな」
その言葉に、リリアは小さく首を傾げた。
「……存命、《《だった》》?」
フィリーナもまた、ゆっくりと頷いた。
「はい。父は、かつて騎士団に所属しておりました。
ですが、魔獣との戦いで大怪我を負い……その後、亡くなったことになっているのです」
思わず声を失うリリアに、フィリーナは穏やかに頷いた。
「ですが、実際は……森の民に命を救われ、その後、あの里で生きることを決めたのです。
父がライレム伯爵家へ戻ることは、ありませんでした」
「そう、でしたか……。
そんなことが……」
*
ライレム伯爵家。
王国でも名の知れた、武門の家柄である。
長兄ジークは騎士団総帥。
次兄グレイは、王家直属の近衛騎士団長。
そして三男、カディオン。
幼い頃から卓越した剣の才を示し、成長すれば兄二人をも凌ぐのではないか――そう噂されていたほどの人物だった。
だが、魔獣討伐で負った大怪我。
その後、彼は亡くなったものとされ、ライレム家の歴史からも、その名は静かに消えていった。
それが、王国に伝えられていたカディオンの最期。
フィリーナは、しばらく沈黙したあと、静かに口を開いた。
「先ほど、父は亡くなったことになっていると申し上げましたが……。
実際には、勘当に近いものだったと聞いております」
「勘当……?」
「はい」
フィリーナは、少し困ったように笑った。
「父は『気楽な三男坊だから、この程度で許されたのだ』と笑っておりましたが」
その横顔には、父を懐かしむような柔らかさがあった。
「それでも父は、もし自分に何かあったとき、私がライレム家へ戻れるよう、あらかじめ話をつけてくれていたのです」
フィリーナは、一度だけ目を伏せる。
「ですから父は、私に剣だけでなく、社交界で恥をかかぬよう、礼儀作法や人との接し方まで、厳しく教えてくれました」
「……そうか……」
エルヴィンが感慨深げに呟く。
リリアは、フィリーナの姿を改めて見つめた。
凛と伸びた背筋。
無駄のない所作。
「でも……フィリーナさんは、ライレム家には戻らなかった……」
「はい」
フィリーナは静かに答えた。
そして、窓の外へ目を向ける。
「どうしても……あの地を離れることはできませんでした。
離れたくなかったのです」
父が選び、自分が生まれ育った場所。
森の民と過ごした日々。
そこに残された父の記憶。
失われた命に、自分は祈りを捧げよう。
「……それで、私は修道院にお世話になったのです」
その言葉に、後悔はなかった。




