その歩みの先で
クラウスが、静かにサロンの扉を開いた。
「どうぞ」
促されるまま、リリアとエルヴィンが中へ足を踏み入れる。
そこには、暖炉の火が穏やかに揺れていた。
午後の柔らかな陽射しが窓から差し込み、長椅子や小卓の上に淡い光を落としている。
そして――その光の中で、ひとりの女性が立ち上がった。
「え……?」
リリアは、思わず言葉を失った。
見慣れた柔らかな微笑み。
穏やかな眼差し。
「フィリーナ……さん? どうして……?」
そこにいたのは、修道院で別れたはずのフィリーナだった。
フィリーナは嬉しそうに目を細めると、リリアへ深々と頭を下げた。
「お久しゅうございます、リリア様」
その声を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
リリアの胸に、修道院で過ごした日々が鮮やかによみがえった。
けれど――どうしてここに?
その疑問に答えるように、フィリーナは静かに語り始めた。
*
リリアたちが修道院を発った後。
フィリーナは、何度も焼け落ちた森の民の里へ足を運んだ。
黒く焦げた木々。
崩れた家々。
かつて人々の営みがあった場所には、今もなお、焼け跡の匂いが残っている。
そこに立つたび、フィリーナは胸の奥が締めつけられるような思いを抱いた。
――リリア様。
彼女は、父カディオンを救うと約束してくれた。
けれど、それには森の巫女としての真なる覚醒が必要なのだという。
それはきっと、簡単なことではない。
「私は……」
フィリーナは、静かな森を見つめた。
自分はここで、ただ待っているだけでいいのだろうか。
すべてをリリアに背負わせて、それで本当にいいのだろうか。
ただ、焼け跡に立ち、遠く森を見つめるたびに、その思いは少しずつ強くなっていく。
「私は……」
小さく呟く。
そして、遠い記憶の中にいる父へ語りかけるように、フィリーナはそっと目を閉じた。
「父様……。
私は、やっぱり……父様の娘なのかもしれません」
小さく息を吸い、顔を上げる。
「森の民のために……私も、行きます」
その決意を胸に、フィリーナは修道院へ戻った。
院内へ入り、廊下を進んだところで――ひとりの女性が待っていた。
「院長……様?」
フィリーナが驚いて足を止める。
ベアリートは、いつもの静かな眼差しで彼女を見つめていた。
「気づいていましたよ、フィリーナ」
「……え?」
「あなたが、何を考えていたのか。
答えは、出たようですね」
それは、すべてを受け止めるような、温かな声だった。
その言葉に、フィリーナは目を見開く。
「お行きなさい」
ベアリートは穏やかに続けた。
「リリア様と共に在ることが、あなたの使命です」
「……院長様!」
フィリーナの声が震える。
ベアリートは優しく頷いた。
「さあ、荷をまとめなさい。ここは大丈夫です」
「でも……」
「心配はいりません」
ゆっくりと言い聞かせるように、院長は続けた。
「だって、あなたはきっと帰ってくるって、私は信じていますから」
フィリーナの瞳に、みるみる涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……っ! 院長様!」
胸の前で手を握りしめる。
そして、深く頭を下げた。
「はい。必ず……必ず、帰ってまいります!」
そうしてフィリーナは、リリアたちの後を追い、ひとり、旅立ったのだった。




