光を探す旅
リリアたちは、とある街に滞在していた。
北の森を離れてから、幾つもの町や村を越えてきた。
急ぐことなく、その土地の景色を眺め、食事を楽しみ、人々の営みに触れながら、少しずつ旅を続けている。
以前のリリアなら、きっと一刻も早く次の目的地へ向かおうとしただろう。
けれど今は違った。
道端に咲く花に足を止めたり、市場で見つけた珍しい果物に目を輝かせたり。
時には、何をするでもなく窓辺から夕暮れを眺めることさえあった。
その姿を見守るエルヴィンたちの表情も、どこか穏やかだった。
「リリア様」
隣を歩いていたクラリーチェが、嬉しそうに声をかける。
「ここを抜ければ、いよいよ私たち一族の領地になります」
「そうなんですね!」
リリアの顔がぱっと明るくなる。
「楽しみです、クラリーチェさん!」
「ふふ。きっと気に入っていただけますわ」
クラリーチェは微笑んだ。
その隣では、クラウスも心なしか表情を和らげている。
――この地へ向かうことが決まったのは、数日前のことだった。
*
北の森にある修道院。
静かな夜。
暖炉の火が、古い石造りの部屋を柔らかく照らしていた。
窓の外では、月明かりが深い森を淡く照らしている。
「クラウス」
「はい」
エルヴィンはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「我々は……目的を急ぎ過ぎていたのかもしれないな」
クラウスは、すぐにその意味を察した。
「ヴィリディア様のお話、ですね」
「ああ」
エルヴィンは小さく息を吐いた。
「確かに……そうかもしれません。
私たちは、奥様のお心に焦りを抱かせてしまっていたのでしょう」
「……」
「一刻も早く力を得なければならない。そう思わせていたのかもしれませんね」
ヴィリディアの言葉が、二人の胸に残っていた。
――焦りは、時に目を曇らせる。
「リリアは、自分が強くならなければならないと思っている」
エルヴィンは静かに続けた。
「母君とフィリーナの父、ザレイルをも救い、そして私の呪いを解く。
そのためなら、自分のことさえ後回しにしてしまうだろう」
クラウスは何も言わず、頷いた。
「だが、ヴィリディア様は仰った。旅こそが、リリアの光へと繋がると」
その言葉を、エルヴィンは何度も心の中で反芻していた。
「ならば……急ぐ必要はないのかもしれない」
「公爵様……?」
「リリアには、心穏やかに過ごしてほしい」
その声には、強い願いが込められていた。
それは、夫としての偽りのない願いだった。
幸いにも、リリアの歌はエルヴィンの中にある血の渇望を穏やかに抑えている。
今すぐ何かを成さなければならないわけではない。
「だったら……あらゆる場所を巡ってみたいと思う。知らない土地へ行き、様々な人と出会い、様々なものを見る旅を」
クラウスはしばし考えた後、穏やかに微笑んだ。
「私も賛成です」
「そうか」
「それでしたら、最初の地に一つ、提案がございます」
「ああ。聞かせてくれ」
*
そうして――今に至る。
一行は街道を抜け、豊かな緑が広がる土地へ入っていた。
穏やかな風が麦畑を撫でていく。
遠くにはなだらかな丘が連なり、陽の光を浴びた畑には、たわわに実った作物が揺れていた。
「綺麗……」
リリアは窓の外を眺めながら、思わず呟いた。
「穏やかな場所ですね」
「はい」
クラリーチェが嬉しそうに頷く。
「私たちが幼い頃から、変わらない景色です」
やがて馬車がゆっくりと速度を落とした。
街道の先に、大きな館が見えてくる。
クラウスとクラリーチェの故郷――アシュレイト家の領主館だった。
重厚な扉が開く。
そこから現れたのは、堂々たる偉丈夫だった。
彼は一行を認めると、深々と頭を下げる。
「兄上」
クラウスが声をかける。
「お兄様、お久しぶりでございます」
クラリーチェも続いた。
男は顔を上げると、二人を見て嬉しそうに微笑んだ。
その表情には、懐かしさと喜びが浮かんでいる。
「お前たち、元気そうで何よりだ」
そして彼は、ゆっくりと視線を巡らせる。
そして改めて姿勢を正した。
「公爵様。ご無沙汰しております」
続いて、その視線がリリアへ向いた。
「そして――リリア様。お初にお目にかかります」
穏やかな声が響いた。
「クロード・アシュレイトと申します」
リリアは少し緊張しながらも、丁寧に頭を下げた。
「初めまして、クロード様。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
旅の目的地は、まだ遥か北。




