その先の道へ
ヴィリディアは、静かに眉を下げた。
リリアを見つめるその瞳には、慈しむような光が宿っている。
『……リリア。
指輪を得たことで、あなたの中に眠っていた力は、すでに目覚め始めています』
そう言って、ヴィリディアはリリアの右手へ視線を落とした。
白と緑の指輪が、淡い翠の光を宿している。
『ですが――真の覚醒までは、まだ遠いでしょう』
「では……どうしたら、いいのでしょうか」
思わず尋ねたリリアに、ヴィリディアは首を振る。
『私が道を示せば、あなたはその道を歩くだけになってしまう』
「……え?」
リリアの声に焦りが混ざる。
「私は……エルヴィン様の呪いを解きたいのです。
母も、カディオン様も、ザレイル様も救いたい。
だから、だから、一日でも早く力を身につけなければ……」
母が待っている。
そして何より、すぐ傍にいるエルヴィンを救いたい。
その想いが、リリアを急かしていた。
しかしヴィリディアは、再び静かに首を横に振った。
『救いたいと思う心は、とても大切です。
けれど、焦りは時に、命を見えなくします』
「……え?
命、ですか……?」
『ええ』
ヴィリディアは微笑む。
『あなたはこれから、森を出て、長い旅をするのでしょう?』
「はい」
『ならば――歩きなさい』
あまりにも簡潔な答えに、リリアは目を瞬いた。
「……歩く……?」
『そうです』
ヴィリディアは、優しく頷いた。
『人に出会いなさい。命を見なさい。
傷ついたものがあれば、目を背けずに見つめなさい』
その声は静かだった。
『小さな命にも、大きな命にも、同じように耳を澄ませるのです。
そこにある想いを知ろうとすること。
それが、あなたの力を育てていくでしょう』
「……それをすれば、私は覚醒できるのでしょうか」
ヴィリディアは答えなかった。
ただ、リリアの手を取り、その指に嵌められた白と緑の指輪へ、そっと触れる。
淡い光が、指輪の奥で揺らめいた。
『それを決めるのは、私ではありません』
「……」
『あなた自身です』
その言葉は、不思議なほど静かに、リリアの胸へ落ちてきた。
ヴィリディアは、エルヴィンへ目を向ける。
『あなたが救おうとしている人も、また一つの命です』
エルヴィンは一瞬だけ目を伏せた。
そして、静かにリリアの隣へ歩み寄る。
「つまり……我々の旅そのものが、リリアにとっての道になるということですか」
『そうです』
ヴィリディアは頷いた。
『あなたたちが向かう先には、きっと多くの出会いがある。
その一つ一つが、彼女の中に眠るものを呼び起こしていくはずです』
リリアは自分の胸元へ手を当てた。
何かが、ほんのわずかに震えている。
まだ名前も分からない、小さな何か。
「……私、分かるでしょうか」
『ええ』
ヴィリディアは優しく微笑んだ。
『あなたが本当に必要なものに出会った時には、きっと』
そして、一歩だけ後ろへ下がる。
木々の隙間から差し込む光が、その姿を淡く包んだ。
『森の巫女とは、命を従わせる者ではありません。
命と命の間に立ち、失われかけた繋がりを見つける者なのです』
リリアはその言葉を胸に刻んだ。
力を得ることばかり考えていた。
強くなれば、すべてを救えると思っていた。
けれど――本当に必要なのは、力だけではないのかもしれない。
「……歩いてみます」
リリアは、ゆっくりと顔を上げた。
「分からなくても。迷っても。
……自分で見つけられるように」
ヴィリディアは満足そうに目を細めた。
『それでいいのです』
その瞬間、森を一陣の風が駆け抜けた。
花々が揺れ、木々の葉が一斉にざわめく。
淡く光る花々が揺れ、木々の葉が一斉にざわめく。
『さあ、行きなさい』
ヴィリディアの声が、静かな森に溶けていく。
『あなたの答えは、この森の中にはありません』
リリアはエルヴィンを見た。
彼もまた、穏やかに頷く。
二人は並んで、森の出口へ向かって歩き始める。
その背中を、ヴィリディアは静かに見送っていた。




