森に残された記憶4
『……私は、二人を「あわい」へ送りました』
ヴィリディアは、遠い日の光景を思い出すように目を細めた。
「あわい……?」
『この世と、あの世。そのどちらにも属さない場所です。
生と死、現在と過去、その境にある狭間――そこに二人を預けたのです』
ヴィリディアは、静かに続けた。
『時間の流れから切り離された場所ならば、二人の命を繋ぎ止めておくことができる。けれど……』
「……けれど?」
『永遠に留まることはできません。
あわいは、生者が住み続けられる場所ではないのです。
そこから戻すことは、容易ではありません』
リリアは息を呑んだ。
母も、フィリーナの父も、生きている。
生きてはいる。だが……。
ヴィリディアは、静かにリリアを見つめた。
『リリア。二人をこの世へ戻す方法が、一つだけあります』
「……!」
その言葉に、リリアがはっと顔を上げる。
『それは、あなたが森の巫女として――真に覚醒すること』
目を見開くリリアに、ヴィリディアは頷いた。
『森の巫女の力は、命を癒やすだけではありません。
失われかけた命と、この世界との繋がりを結び直すことができる。
世界と世界の境に触れ、再び光を届ける力でもあるのです』
淡い翠の光が、ヴィリディアの羽の縁を揺らめかせる。
『そうすれば……あなたの大切な人たちへ、光を届けることができるでしょう』
リリアは、ぎゅっと胸元を握った。
「私に……できるのでしょうか」
『できます』
迷いのない答えだった。
『あなたは、モリエラの娘なのですから』
その言葉に、リリアの瞳に新たな光が宿る。
ヴィリディアは微笑むと、ふと視線を動かす。
その先にいたエルヴィンを、静かに見つめた。
『あなたたちが求めているものも――その先にあります』
「……え?」
エルヴィンが目を見開く。
『夜の王。吸血鬼の始祖の力を宿す者。そして、その眷属たちよ』
「――!」
エルヴィンだけでなく、クラウスとクラリーチェも息を呑む。
ヴィリディアは、ただ静かに頷いた。
その声が、わずかに低くなる。
『あなたにかかった呪いを解くことができるのは――吸血鬼の始祖、ザレイルだけです』
「ザレイル……」
エルヴィンの表情が強張った。
ヴィリディアは、リリアへと向き直る。
『リリア』
その声は、どこまでも優しかった。
『ザレイルを救いなさい』
「……!」
『彼に、吸血鬼の力を返すのです』
リリアは息を止めた。
『……彼の魂は、未だ冥界にある……』
静かな森に、その言葉だけが残る。
『彼の魂を、冥界からこちらへ繋ぐのです』
リリアは、そっと右手を胸元へ寄せた。
指輪が、淡い翠の光を灯す。
リリアはゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました」
その瞳に、もう迷いはなかった。
「母も、カディオン様も――皆、私が連れ戻します」
そして、必ず。
「……ザレイル様も救います」
森を渡る風が、静かに木々を揺らす。
木漏れ日が揺れた。
それは、森が、これから進むべき道を、静かに照らしているかのようにも見えた。




