森に残された記憶3
ヴィリディアは、静かに微笑んだ。
その微笑みには、長い年月を見つめ続けてきた者だけが持つ、深い慈しみがあった。
『リリア。あなたの母、モリエラは――フィリーナの父、カディオンと共に、皆を逃がし、ここへ駆け込んだのです』
リリアの胸が、小さく震える。
ヴィリディアはそこで言葉を止めた。
『……ですが』
翠の瞳が、わずかに伏せられる。
森を渡る風が、木々の葉を静かに揺らした。
*
炎に追われる森の民たち。
泣き叫ぶ子どもたちを抱え、傷ついた者たちの手を引きながら、モリエラとカディオンは森の奥へ走っていた。
背後には、燃え盛る炎。
二人とも、すでに満身創痍だった。
特にモリエラは、森の巫女として、己の力を常に使い続けていた。
結界を開き、傷ついた者を癒やし、逃げ道を作り、森へ助けを求める。
そのすべてが、彼女の生命を少しずつ削っていた。
それでも、モリエラは立ち止まらなかった。
「あと少し……!」
カディオンもまた、ふらつく身体を支えながら叫ぶ。
「モリエラ、もういい! 君まで倒れてしまう!」
「だめ……!」
モリエラは首を振った。
「まだ、逃げていない人がいるもの……!」
やがて二人は、辛うじて森の結界内へと辿り着いた。
けれど――。
結界を越えた瞬間、二人の身体から力が抜けた。
モリエラが、その場に膝をつく。
*
『二人がここへ辿り着いたときには、すでに魔力が限界を迎えていました』
ヴィリディアの声は穏やかだった。
だからこそ、その言葉の奥にある悲しみが、かえってはっきりと伝わってくる。
『特に、モリエラの消耗は激しいものでした。
ここまで辿り着けたことさえ、奇跡に近かった』
リリアは、ぎゅっと手を握った。
「……では……」
『ええ。
あと少し遅ければ、二人ともこの世界に留まることができなかったでしょう』
ヴィリディアは二人の姿を見て悟った。
このままでは、二人の身体も、魂も……すべてが世界の流れから零れ落ち、消えてしまう。
だからこそ――。
ヴィリディアは、禁じられた術を選んだ。
この世とあの世。
生と死。
その境にある場所――「あわい」へ。




