森に残された祈り
一行が森を抜ける。
その瞬間――視界が、大きく開けた。
森の奥に抱かれるようにして広がっていたのは、本来ならば、どこまでも穏やかで美しい緑の大地だったのだろう。
けれど今、その面影はひどく静かな姿で残されていた。
古い石造りの家々は、いくつも崩れ落ちている。
壁には黒く煤けた跡が残り、焼け焦げた梁が、折れた骨のように地面へ横たわっていた。
扉は乱暴に叩き壊され、窓は砕けている。
少し離れた場所には、水車があった。
水路に架かっていた木橋は崩れ、車輪は半ば水に沈み、苔に覆われていた。
大地のあちこちにも、黒く焼けた跡が残っていた。
人の手によって踏み荒らされ、燃やされ、奪われた場所。
時間から置き去りにされてしまったかのような場所。
「……」
誰も言葉を発しなかった。
フィリーナは、ただ静かにその光景を見つめている。
「ここが……」
クラリーチェが、ぽつりと呟いた。
「森の民の里……」
エルヴィンは何も言わなかった。
ただ、焼け跡を見つめる瞳に、深い痛みが浮かんでいる。
かつてここには、笑い声があったのだろう。
朝になれば水車が回り、人々が行き交い、子どもたちが小川のほとりを駆けていたのかもしれない。
けれど、その暮らしを人の手が奪った。
恐れや憎しみに突き動かされた者たちが、この場所へ押し寄せた。
家々を壊し、火を放ち、森の民が築き上げてきたものを焼き払った。
それでも――。
すべてが失われたわけではなかった。
焼け跡の隙間から、淡い光を放つ花々が咲いている。
小さな花弁が、風に揺れるたび、柔らかな星のような光をこぼしていた。
そのすぐ傍を、澄みきった小川が流れている。
水は何事もなかったかのように、静かなせせらぎを奏でていた。
荒れ果てた集落の中に残された、命の息吹。
それらが、かつてこの場所がどれほど美しい土地だったのかを、今も静かに語っている。
リリアは、息を呑んだ。
胸の奥が、強く締めつけられる。
「……こんな……」
言葉が続かなかった。
その時だった。
右手の指輪が、淡い緑色の光を帯びた。
「……!」
指輪から伝わる温もりが、ゆっくりと身体へ広がっていく。
胸の奥が、温かく震えた。
なぜだろう。
その温もりには、懐かしさがあった。
まるで、ずっと遠い昔から知っていた場所へ、ようやく帰ってきたような――。
『……お帰りなさい』
ふいに、そんな声が聞こえた気がした。
リリアは目を見開く。
「……今……?」
答える者はいない。
風が、木々の葉を揺らしているだけだった。
それでも。
その声は、確かに胸の奥へ届いた。
リリアは、何かに導かれるように、一歩を踏み出す。
「リリア?」
エルヴィンが声をかける。
けれどリリアは答えなかった。
指輪が、ふっと熱を持った。
『おいで……』
また、聞こえた。
今度は、はっきりと。
「……」
リリアは、森の奥へ向かって歩き始めた。




