森の入り口2
ベアリートの言葉に、部屋の空気が止まった。
クラウスの表情が変わる。
クラリーチェも息を呑んだ。
エルヴィンの目が鋭くなる。
「……なぜだ?」
低い声だった。
ベアリートは動じることなく、リリアの右手を見つめた。
「リリア様のお手にある指輪……」
そこには、母から受け継いだ、白銀と緑の指輪があった。
「それは、森の民の中でも、高位の方が身につけられるものです」
リリアが目を見開く。
「……!」
「その指輪を見れば、分かります」
ベアリートは静かに微笑んだ。
「リリア様は……森の民ゆかりのお方なのですね」
*
ベアリートは暖炉の火へ目を向けると、静かに語り始めた。
「……本当に、悲しい事件でございました……」
その声には、遠い過去を悼むような響きがあった。
「森の民の里が、人の手によって襲われたあの日……」
リリアは黙って耳を傾ける。
炎に包まれた森。
逃げ惑う人々。
焼け落ちる家々。
「私たちは、できる限り彼らを匿いました」
ベアリートの瞳に、深い悲しみが浮かぶ。
「今は、ここにはおりません。
彼らは皆、新しい大地を求めて、散っていきました」
そして、隣に立つフィリーナへ視線を向けた。
「シスター・フィリーナ。
彼女は、半分、森の民の血を引いております」
リリアは驚いてフィリーナを見る。
ベアリートが静かに続けた。
「ですね、フィリーナ」
フィリーナは頷くと小さく微笑んだ。
「はい。これは……院長先生だけがご存じなのですが。
私は、人と森の民との間に生まれた子なのです」
「……そうだったの……ですね」
リリアの声が、かすかに震えた。
ベアリートは穏やかに微笑む。
「この子が、森をご案内いたします」
「フィリーナが……?」
エルヴィンが尋ねる。
「はい。森は、誰にでも道を見せてくれるわけではありませんから。
この子なら、森の奥へご案内できます」
その言葉に、一行は静かに頷いた。
*
馬車を修道院へ預け、一行は馬へ乗り換え、森の中へ入っていく。
先頭をフィリーナ。
その後ろをクラリーチェ。
続いてエルヴィンとリリア。
最後尾をクラウスが務める。
リリアはエルヴィンと同じ馬に乗っていた。
背後から回されたエルヴィンの腕に、すっぽりと包まれている。
「大丈夫か?」
「はい」
背中越しに聞こえるエルヴィンの声に、リリアは微笑む。
「とても……安心します」
エルヴィンは何も言わず、彼女の身体を支える腕に少しだけ力を込めた。
木々の間を、馬がゆっくりと進んでいく。
森の中は驚くほど静かだった。
鳥の声。
葉擦れの音。
蹄が柔らかな土を踏む音。
木々の間から差し込む光は淡く、鳥の声さえどこか遠い。
けれど、不思議と怖くはなかった。
むしろ――懐かしい。
リリアがそう感じた、その時だった。
前方を進んでいたフィリーナが、ふいに馬を止めた。
「……この先です。もう着きます」
「え?」
リリアは顔を上げる。
木々の向こうから、光が差し込んでいた。
一行が森を抜ける。
そして、目の前に広がった光景に――リリアは、息を呑んだ。




