森の入口
翌朝早く。
まだ空が淡い青に染まる頃、リリアたちは宿を発った。
目指す先は――森の民が暮らしていたという、北の森。
馬車の車輪が、静かな街道を規則正しく刻んでいく。
窓の外を流れる景色は、次第に緑を増していた。
なだらかな草原は次第に木々の多い土地へと移り、朝露に濡れた葉が、朝日を受けてきらきらと輝いている。
遠くに連なる山々には薄く雪が残り、その麓には深い森が広がっている。
リリアは窓辺に座り、しばらくその景色を眺めていた。
「……リリア」
隣から声がする。
「緊張しているな?」
リリアは少し驚いたように振り向き、それから小さく笑った。
「あ……はい。
分かりますか?」
リリアは苦笑する。
「どうしても、いろいろ考えてしまって……。
昨日は、なかなか寝付けなかったのです」
自分の知らない過去。
母のこと。
考えれば考えるほど、胸の奥がざわめいた。
エルヴィンはただ穏やかに頷くと、静かにその手を取った。
「そうか」
大きな手の温もりが、指先から伝わってくる。
「無理はするな」
「……はい」
リリアは微笑んだ。
「ありがとうございます、エルヴィン様」
それだけで、不思議と心が落ち着いた。
やがて馬車は森の入口へ差しかかる。
*
木々の間から、古い修道院が姿を現した。
石造りの小さな建物だった。
窓からは、暖かな光が漏れている。
クラリーチェが事前に先触れを出していたこともあり、馬車が止まると、修道院長自らが出迎えに現れた。
「ノワール公爵様……ようこそお越しくださいました」
白髪の穏やかな老女が、深々と頭を下げる。
「わたしは、ここの院長をしております。ベアリートと申します」
その隣には、若い修道女が控えていた。
「そして、こちらはシスター・フィリーナ。
さあさあ、外は冷えます。どうぞ中へ」
一行は修道院へと入る。
扉が閉まると、冷たい外気が遮られた。
中では暖炉の火が赤々と燃えており、古い木の床や壁が、柔らかな橙色に照らされていた。
「暖かい……」
リリアが思わず呟く。
「どうぞ、ごゆっくりなさいませ」
ベアリートが微笑む。
エルヴィンがベアリートへ向き直った。
「ベアリート殿。突然の来訪ですまない。こちらは妻のリリア。
そしてクラウスとクラリーチェだ」
「ご丁寧にありがとうございます」
「一夜の宿をお貸し願いたい」
「ええ。喜んで、公爵様」
ベアリートは穏やかに頷いた。
「こちらへは、視察と伺っておりますが……」
「……ああ。そうだ」
エルヴィンが答える。
けれど、その言葉を聞いたベアリートは、少しだけ目を細めた。
「差し出がましいことを申し上げますが……」
そして、リリアへ視線を向けた。
「森の民の地へ、行かれるのですね」




