旅立ち2
「エリ、ス……?!」
あまりにも強い抱擁だった。
リリアは、その腕に込められたものに気付く。
心配で。
寂しくて。
そして――どうか無事で帰ってきてほしいという、言葉では到底伝えきれない願い。
エリスは、リリアの背にそっと手を添えたまま、しばらく離れなかった。
その抱擁には、これまで共に過ごした日々のすべてが詰まっていた。
リリアもまた、エリスの背に腕を回し、目を閉じる。
肩越しに伝わる温もりが、胸の奥へと沁みていく。
しばらくして、エリスはようやく身体を離した。
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
目元を潤ませながら、それでもエリスは微笑んだ。
ただ、リリアの手を両手で包み込む。
「……リリア様。どうか……」
声が震えた。
「お身体に、お気をつけくださいませ……」
そして、深く頭を下げる。
「お帰りを、心よりお待ちしております」
リリアは胸がいっぱいになり、微笑んだ。
「……ありがとう、エリス」
その言葉以上に、伝えたいことはたくさんあった。
けれど今は、それだけで十分だった。
「必ず、帰ってきます」
リリアは、エリスの手を優しく握り返した。
「皆さんの待つ、この場所へ」
*
翌朝。
空は、澄み渡っていた。
屋敷の前には、一台の馬車が停まっている。
荷物を積み終え、クラウスが御者席へ腰を下ろす。
「準備は整っております」
「……そうか。いよいよ、だな」
エルヴィンが答え、馬車へ乗り込む。
続いてリリアも、その手を借りながら乗り込んだ。
そのすぐ傍らには、馬車に寄り添うように、クラリーチェが馬に跨っている。
「では、参りましょう」
クラウスが手綱を握る。
馬車が、ゆっくりと動き始めた。
「リリア様!」
後方から声が飛ぶ。
振り返ると、エリスをはじめとした使用人たちが、皆でこちらを見送っていた。
「お気をつけて!」
「必ずお戻りください!」
「いってらっしゃいませ!」
次々に届く声。
リリアは窓から身を乗り出すようにして、何度も手を振った。
「皆さんも、どうかお元気で!」
エルヴィンもまた、静かに手を上げる。
「留守を頼む」
「お任せください、公爵様!」
声が重なる。
馬車は少しずつ速度を上げていく。
車輪が石畳を踏み、少しずつ屋敷から遠ざかっていく。
リリアは窓から、いつまでも皆の姿を見つめていた。
エリスもまた、ずっと手を振り続けている。
やがて、屋敷が小さくなった。
リリアはそっと胸元へ手を置く。
胸の奥に、温かなものが広がっていく。
帰る場所がある。
待っていてくれる人がいる。
だから――どんな遠い場所へ行っても、きっと大丈夫。
森の民の指輪が、朝の光を受けて淡く輝いた。
「……行きましょう、エルヴィン様」
「ああ。
我らの――答えを探しに」
エルヴィンが、隣で静かに妻の手を取った。
リリアはその手を握り返す。
馬車は、北へ。
遥か遠く――氷と影に覆われた地へ。
失われた歴史と、自分たちのルーツを求めて。
長い旅が、今、始まった。




