旅立ちの決意2
今度はクラリーチェが、少しだけ頬を膨らませるようにして言った。
「まさか、公爵様。
この私たちに『屋敷で留守番をしていろ』などと仰るおつもりではありませんよね?」
「……」
エルヴィンが黙る。
クラリーチェはにこりと笑った。
「ご安心くださいませ。
この屋敷を任せられる、信頼できる者たちは、すでに育てております」
クラリーチェは胸を張った。
「長い旅になるかもしれないのでしょう? でしたら、なおさらです。
リリア様のお傍には、私がいたほうがよろしいでしょう?」
「クラリーチェさん……」
リリアは目を潤ませた。
自分のために、そこまで言ってくれる。
それが嬉しくて、胸が温かくなる。
クラリーチェはそんなリリアへ、いつもの優しい笑顔を向けた。
「それに……」
少しだけ声を落とす。
「私は、リリア様のお世話をするのが好きなのです」
「まあ……」
リリアが思わず笑う。
重かった空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
*
胸を張るクラリーチェの隣で、クラウスも頷く。
「我々が不在の間も、領地と屋敷が滞りなく回るよう、手配は可能です」
「どうか……」
クラリーチェが一歩近づく。
「私たちも、お連れくださいませ」
その言葉に、リリアは胸が温かくなるのを感じた。
自分たちだけではない。
共に歩いてくれる人がいる。
未知の土地へ向かう旅。
そこにどんな危険が待っているのか、まだ誰にも分からない。
それでも――
彼らが共に来てくれるということが、こんなにも心強い。
エルヴィンは二人を見つめ、やがてふっと笑った。
「ははは……そうか」
肩の力を抜くように息を吐く。
「それは……とても頼もしいな」
クラウスが静かに頭を下げる。
「お任せください」
「分かった」
エルヴィンは頷いた。
「では、数日のうちに出発したいと思う。準備を」
エルヴィンの言葉に、クラウスの表情が引き締まる。
「はっ!」
「かしこまりました!」
クラリーチェも深く頭を下げた。
やがて二人が部屋を出ていく。
扉が閉じると、執務室には再び静けさが戻った。
リリアは窓の外へ目を向ける。
ノワール領の夜。
見慣れた景色も、数日後には遠く離れることになる。
遠い彼方には、雪を抱いた山々が連なっている。
その先に、彼らが向かう森がある。
リリアは窓辺に立ち、静かに夜空を見上げた。
「……いよいよですね」
「ああ」
エルヴィンが答える。
「怖いか?」
リリアは少しだけ考えた。
そして、彼の手を握る。
「……怖くない、と言えば嘘になります」
素直な言葉だった。
「でも」
リリアは微笑む。
「エルヴィン様と一緒なら、大丈夫です。
きっと、答えはあると思います」
エルヴィンはその手を、もう一度強く握り返した。
「そうか……そうだな。
二人で見つけよう」
「はい」
二人の間に、静かな温もりが満ちる。
遠い北の果て。
まだ誰も知らない森へ。
過去に置き去りにされた真実を求めて――
そこに待つものが希望なのか、さらなる試練なのか――まだ誰にも分からない。




